37.ハイ・グロウ
噂話。
グリム・フィリオンは終わったらしい。
大口を叩いて行った整備で大失敗。
皇女殿下は大激怒。
彼は己の実力不足を痛感して姿を消したのであった。
「お前、終わったらしいじゃない」
「どうもそうらしいです。ルージュ殿下はお怒りのようですよ」
「姿を消したというなら、私の横にいるお前は偽物か? 曲者なのか?」
「はて? どうなんですかね」
おれたちは視線の先にいる妖怪『ガセネタ流し』を問い質す。
「だ、だって……殿下、あ、扱い辛そう、だろ!」
「下手で悪かったな」
「あ、いえ、い、今のはグリムに言ったのであって、で、殿下に言ったのではなくて、あのあのあの……」
エカテリーナ、この純粋なココロの持ち主にしか見えない悪戯好きの妖精さんは、相変わらずおれのことを眼の敵にしてくる。
ルージュの皇族専用カスタムグロウを整備して数日が経った。
エカテリーナはおれの仕事に不満があって付きまとうか噂話をばらまくかして、おれを追い出そうと画策を続けていた。
「エカテリーナ、どんなにグリムが好きでもお前にはやらんぞ」
「えぇ~、エカテリーナさん、えぇ~、そういうことだったんですかぁ~、えぇ~」
「ち、ちがっ!! こ、こいつ……殿下が苦戦してるのに、全然調整し直さない、から!! あ、怪しいんですよ!!」
「そうなの? 私がギアであれほど思い悩んでいる間、お前は隠れて裏で何しているんだ?」
殿下の眼が迫る。この吸い込まれそうな狼の瞳に捕らえられると何でも話してしまいそうになる。
別にルージュ殿下に隠れているわけではない。情報部の人間であるエカテリーナもそうだが、基地には様々な眼がある。
『ダイダロス』に注目が集まるのは避けたい。
「高感応プロテクトスーツの依頼が多いのです。魔力感応スピードは個人差があるので調整するのに手間がかかってます」
「確かにこのスーツはいいものだ。動きやすくて」
当たり前のように、はだけたプロテクトスーツのままソファを陣取っているルージュ殿下。汗も滴るいい女は構わないが、来客用スペースにこんな刺激的な格好をした美女が居たら、仕事の話できないよ。
殿下はギアから降りると色々と身軽になってここで小休止する。
メイドさんたちが汗を拭き、飲み物を渡し、おれを捕まえて隣に座らせる。
動かした感触とおれの意見をすり合わせる。通常の流れだ。
「機体とスーツの調整は終わってます。やれと言われればやりますが、今殿下が直面しているのは単純なギア廻しのテクニックでしょう」
「そうは言うがな、グリム。あれは手に余る。まともに動かせる者がいるのか?」
エカテリーナは鬼の首を獲ったかのように、罵詈雑言を並べ立てた。
やれやれ、ありもしない噂を流されては迷惑だ。またスカーレット姫から心配の手紙がくる。いや、それは別にいいが、帝都におれの醜聞が書き立てられるのはいい気持ではない。
仕方ない。
百聞は一見に如かず。
おれは高感応プロテクトスーツに着替え、ドックへ向かった。
おれ用に調整してはいないがまぁいいだろう。仕様は熟知している。
「グリム、お前が動かすのか?」
不安そうなルージュ。
嘲笑を浮かべるエカテリーナ。
呆れるマクベスとグウェン。
ドークスと他の作業員たちも。
「この機体は通常の130%出力を可能にした大型動力炉を搭載してます。その出力に耐えうるフレームも合わせ、自然と機体は重くなります」
「ど、動力炉は小型化がじょ、常識!! お、大型化なんてじ、時代錯誤!」
「いや、小型化は確かに進んで扱いやすくはあるが、動力炉の生むパワーも控えめになっている。おれはグリムがやった『ターボ』でそれを補えると踏んでたんだがな。まさか、動力炉をデカくして、ターボもつけるとはな」
重くなった分、操作に要求されるテクニックは倍増したと言ってもいい。
機士には扱い辛いじゃじゃ馬だ。
しかし、これを扱えなければ、次につながらない。
小さくまとまっては『串刺し皇女』のポテンシャルは引き出せない。
「操作系統が増え、感応性も上がってます。いいですか、見ていてください。あ、ゆーっくりやりますよ。動き出しから、こう、動力シフトしていき、サブ動力炉への魔力供給を意識しつつ、各部関節の感応にメリハリをつけて、アクションの発生時、最大パワーに持っていくのです。ここまで大丈夫ですか? 付いて来れてます?」
「全く動いて無いが?」
一歩歩いたじゃないか!! それに腕だって上げちゃったもんね。
パンチだよ。今、パンチしたの!
ハッチを開いた。あっ腕が抜けない。出して。
あ、す、すごい疲れる。魔力持っていかれた。
「グリム君。ある日急に能力が覚醒するとかないんじゃないかな」
「わぁ、衛生兵ー!」
「こ、こいつ、ば、馬鹿だ」
「私にできないことが、お前にできるわけないだろ?」
痛い。ルージュの爪が額に刺さる。動けない人で遊ばないで!
「エンジニアがある日急に機体に導かれてエースになるのはロボット物のお約束なんですよ!!」
「ロボ……とはなんだ?」
「お約束って何の話だ?」
「あ、グリム語ですから皆さんお気になさらず~」
「グリム君、その『ある日急に』を何回繰り返すんだい?」
んだよ、動かしたよね?
見てなかったの?
仕方ない。あまりこれはしたくなかったが。
「マクベス君、お手本見せて~!」
マクベスがギョッとした。
「いや、グリム君、まだ様子を見るって」
「いえ、多分殿下は直感で理解するタイプだから、見たら案外すぐ……」
後ろから肩を組まれた。
「何を男同士でイチャイチャしている? ん? マクベス、お前にはできるというのか?」
二人で視線を交わし、頷き合う。
「グリム君の要求していることはわかっているつもりです。彼の造るものを最初に扱うのはおれですから!」
「……よーし、ならご教授願おうか、天才君……もしできなかったらリザとの関係は諦めるんだな」
冗談半分のこのセリフがマクベスの眼の色を変えた。
マクベスがギアを纏う。
メイン動力炉を一気に回転させる、思い切った魔力投下。
シフトチェンジで動き出す。唸る機体が、静かに構える。
まだメイン動力炉だ。
脚部を曲げ、踏ん張り、タメをつくっている。地面を蹴ってステップイン。この動きに合わせてサブ動力炉へとシフト。
シフトと同時に魔力大量投下。
緩やかな動きからの、目の覚めるような急加速。
『ターボ』が即座に回転数を上げ、キレのある動きへ。
そして、フットブレーキを利用した制動とバランスの維持。
蹴りが放たれる直前。さらなる魔力投下&シフト変更。ここで『ブースト』モードへ。
爆発的な力が加速していた蹴りへと上乗せされた。
その力の伝達は機体が自動でやってくるわけではない。ここが難しい。通常の補助は切っている。記録基幹の補助が働くとこの重い機体の運動性能が殺されてしまう。
感応機への魔力の流れ、魔力量で制御する。
動きの強弱、動力炉からのエネルギー配分さえも。魔力と意識は片脚から胴体を通って、踏み込む脚、そして再び蹴り脚へ。明確な魔力コントロールが、流れるように力を伝達する。
重量級のギアが放った鋭いサイドキック。
一連の動作は一瞬。だが動きの緩急の鋭さは明確にこれまでのカスタムグロウとは一線を画すものだった。
マクベスはおまけに足裏からアンカーボルトを展開してみせた。
「……す、すごい」
エカテリーナはびっくりして尻餅をついていた。
ルージュは……
「一段上がる。そういう感じね。わかった」
苦戦していたルージュ殿下にマクベスの動きを見せて良いものか心配だった。
機体の整備不良ではなく、技能不足だと突きつけているようなものだからだ。
ルージュ殿下が機体を纏う。
あ、野郎二人が着ていた後なのに。
汗臭かったらどうしよう。
そんな思考の切れ間に浮かんだどうでもいいことをかき消す轟音だった。
ルージュ殿下の機体はドックを飛び出し、駆け抜けていった。
動力炉全廻しで、最高速度を出そうとしている。
「な、なんだあのスピードは……!!」
「うわぁ、なんでしょうね」
「いや、お前が作ったんだろう」
おれもびっくりした。
「動力とフレーム以外にも何か手を加えたのか」
「あ、あれは『シナジーゾーン』ってやつだ」
原作アニメでギアが急激な火事場的力を発揮する時があった。リアタイでは『ハイパー』とか『無双タイム』とか呼ばれていたが、後にゲームで名付けられて、ゲームシステムに盛り込まれていた。
機体と機士のテクが合わさって、想定以上の力を発揮する状態。
「はは、やっぱり帝国最強は格が違う……」
まるでおもちゃを見つけた子供みたいに無邪気に走り回るルージュ殿下はひとしきりステップワークや基本動作を確認した後ドックに戻り、拍手で迎えられながら爽快な笑みをのぞかせた。
「グリム、このじゃじゃ馬に名前をつけろ」
「そうですね……では無難に『ハイ・グロウ』でいかがでしょうか」
「気に入った。『ハイ・グロウ』、いい機体だ」
「ありがとうございます」
これは大きな前進だ。次へとつなげられるという自信が生まれた。