36.乗っ取られた我が家
ウェールランド基地に戻り、一日目の夜。
おれたちはようやく自分たちの新たな住まいへと落ち着いた。
軍事先端技術開発研究所ウェールランド支部。
予め準備がなされたこじんまりとした建物と併設された広めのドック。
ウェールランド基地内から事務員や下働きの人もすでに雇い入れられていた。
初日にいきなり夜まで待たせてしまって気まずい。
ここがおれたちの新たな拠点となる。一定の権限が無いと入れないよう区画化され、外には衛兵。
使われていなかった建物を間借りしたようだ。メアリー先生のように軍高官のご家族が住む邸宅だ。
おれたちの部屋は二階にあり、ちょっとした屋敷のようにも見える。
というかお偉いさんが来た時用の応接室まである。
「さて、私の部屋はどこかな?」
「……」
ルージュ殿下が部屋のど真ん中にあるどでかいソファを一人で占領した。
当たり前だが皇族であるルージュ殿下には逗留できるように司令官が特別なお屋敷を用意しているはずだ。
しかし、これはルージュ殿下なりの気の利かせ方なのかもしれない。
なにせ、おれはウェール人、マクベスはスタキア人。
支部の人間はおれたちに不信感を抱くかもしれない。それを危惧しての事なのかもしれない。
そう思っていた。
「私のギアはいつ調整が終わる?」
おれたちは邸宅内を探検することも、自分の部屋を選ぶこともできず、ドックへと引き返した。
どうやら彼女はこの邸宅全て自分のお部屋ぐらいに思っているようだ。
メイドさんたちもいるので、おれたちは部屋を取られ、ドック併設の小屋みたいな事務所で寝ることにした。
遠回しに早く作業しろと言われているようだった。
おれたちに帰る場所はない。仕事を終えるまでは。
上司に当たるおれたちの立場の弱さは事務員さんたちには見せられない。
なめられる。
「グリム様、この書類ですが」
「ああ、これは……」
しかし案外みんなおれたちへの偏見はなさそうだ。丁寧で礼儀正しい。事務員と言ってもそれなりの学を修めた貴族の子息子女ばかりだろうに。
そういう偏見や差別意識が少ない人を選んでくれたのか。
「お前は国家公認技師だろ? 人種なんて関係ねぇよ」
手伝いに来てくれたドークス曰く、国家公認技師というのはかなり上の方の資格なのだそうだ。
「持ってる奴はこの国に100人といねぇ。そのほとんどがパーツの製造権を持つ大貴族か、中央軍事技術管理庁の高官だ。第一、お前はルージュ殿下の専属だぞ?」
「ドークスさんは持ってないんですか?」
「持ってねぇよ。おれは技術屋だ。理論研究はわからん」
「ふぅむ……ドークスって呼ぶね」
「舐めんな小僧、殴るぜ」
「わぁ、わぁ!! ウソでっす!!」
社会的ステータスは上がったが、それを考慮に入れて接するかは人によるのか。
そのあたりは逆に貴族の方が気にしてくれるのかも。
「ところでお前、何してんだ」
「ネジつくってますが?」
「ギアの基幹部品のネジなら、用意してあるだろ」
「ぼくが造った方が品質がいいので」
「確かに、いい腕だな……だが、そんなんで間に合うのか?」
おれたちが話していると、場所にそぐわないいい匂いがした。
嗅いだ記憶がある。
がしりと肩を組まれた。
「楽しく談笑中にすまないなぁ。私のギアはいつ動かせるのかなぁ?」
どうやらルージュは一定期間ギアに乗らないと爆発するギア中毒のようだ。
「殿下、おそらくあなたは自分のギアに物足りなさを感じてきたはずです」
「……ほう?」
ルージュが感心した様子で、圧力を引っ込めた。
「なぜそう思う?」
「このギアは何度も過剰に整備され、その度に殿下の命の鎧となるよう整備が尽くされてきました」
「見て分かるのか?」
「見て分かります。このシンプルで丁寧なライン。動力炉のオーバーヒートを防ぎ、エネルギーロスを防ぐための最適化された設定。無駄の無く最大出力を出せるよう効率化が徹底されている」
それがなぜ物足りなさを生むのか。
「殿下、貴方には工夫が要らない。工夫という複雑化はかえって貴方の足枷になる。足枷を取り払い、シンプルかつダイレクトに機士の力が反映される。これはそういう整備思想です」
「その通りだ。これはフェルナンド皇子が決めた整備基準だ」
ドークスはその整備基準を守り作業に当たってきたってわけか。
「ぼくはそのシンプルな強さを否定します」
「ほう、おもしろい。フェルよりもお前の方が私を理解していると?」
「まぁ、見ていてください」
おれは大見得を切った。
「ならあと二日待ってやる」
「はい、何とか間に合わせます」
ルージュはおれたちの新居に帰っていった。
それにしても二日ね……
「大きく出たな。それでこそおれを負かした男だ」
「さて……」
「何から始める?」
「殿下もいなくなったことですし、ちょっとお散歩してきますね」
ドークスが眉間のしわを深めた。
「……お前は天才だが、狂ってるな」
◇
メアリー先生の手料理が食べたい時が無性にある。
気になってしょうがない。
これでは作業に集中できない。
そこで、おれはメアリー先生のところへご飯を食べに出かけた。
「あらあら、食事はちゃんとしたものが用意されるのでしょう?」
「メアリー先生の料理が一番です」
「まぁ、うれしいですわね。ダグラスは何も言ってくれないし、忙しいと基地から戻って来ませんのよ」
司令官が忙しいのは殿下が来ているから。
その殿下がここに居るのはおれが来たから。
いや、こんなおいしい料理を食べに戻らないのは司令官の責任だな。おれのせいじゃないな。
腹ごしらえを済ませ、ちょっと先生の愚痴に付き合い、お茶を飲んで優雅に過ごす。
久々に落ち着いた時間を過ごせた。
「また来てね」
「はい」
リフレッシュしたところでおれは基地の外へと出かける。
一年で変わったところはほとんどなく、相変わらずがやがやとした街並みだ。
「おう、おめぇ、いい服着てんな」
いきなり絡まれてしまったかも。
「こっちから先はあぶねぇから大通りからだな……あん? お、グリム君じゃねぇか」
「ども」
メアリー先生が炊き出しをしていたとき、揉めて刺された男だった。
男がおれの名を連呼するとわらわらと人が集まってきてしまった。
どういうことか意味不明だ。
「グリム君は、おれたちウェール人の誇りだぜ」
「そうだ。ガイナ人に実力で認めさせた、おれたちの希望だ」
「あんたの噂はよく聞いてるよ。ありがとう、元気をもらったよ」
照れ臭い。
応援されていたとは知らなかった。
「お偉くなっちまったグリム君がこんな裏通りまでどうしたんだい?」
「えぇ、まぁ、ちょっと近況をご報告したい人が居まして」
「……そうかい。おい、道空けろ、てめぇらじゃまだ!!」
集まってきた人たちを男が一喝し、道ができた。誰も話しかけてこなくなった。
おれは野暮用を済ませる。
共同墓地のとある墓にネジを一本供えてきた。
ルージュのギアに使う、基幹部品のネジだ。
とりあえず、途中経過を報告ということで。
◇
おれは久しぶりにフリードマンたちと話した。
彼らは今それぞれ小隊を組織しているので、みんなで集まるのも珍しくなったらしい。
いい機会なのでおれはグウェンとマクベスを紹介した。
「いい子じゃねぇか。グリム、彼女か?」
ウザがらみするフリードマンに対し、この一年の出来事を聞いてくれるクラウス。
おれの女房役を気取るグウェンとノリで対抗するソリア。
唐突に始まるマクベスとフリードマンのギア対決。
盛り上がっていると、ノヴァダ卿がふらっと現れた。
「おれのギアも修理してもらえないだろうか」
「ああ、いいですよ」
ソリアと馬が合い、ノヴァダ卿も交えてみんなで談笑していた。
武勇伝合戦だ。
いやまさか、保存食をわらしべして盗られた軍服を―――
「ルージュ殿下は爆発一歩手前だぜ、グリム」
途中でドークスに抱えられて強制連行となった。
別にサボっていたわけではない。
集中力を高めるために、楽しいおしゃべりで脳を活性化させていたのである。
ほどよい緊張感はパフォーマンスを高める。
自らを追い詰めることによって―――
「あと一日だ。どうするんだ?」
「……最強の機士に合わせた最適なんてものはないんですよ」
「あぁ?」
「自らを最強と自負するのであれば、乗り心地のいい楽さは捨ててもらう」
そうだ。
おれはずっと皇女のギアをいじるために生きてきた。
これはある種おれからの挑戦状。
「それとサボってたことに関係あんのか?」
「まぁ、見ていてください」
作業を開始して半日で改修は終わった。
本当に集中力を高めていた。
嘘だと思った?
時間を掛ければいいものができるわけじゃない。
「こ、こいつは……全く逆だぜ。お前のやったことは反逆だ」
そう言いながらもドークスは止めなかった。
おれの意図が読めたのだろう。
「ルージュ殿下を試す気か?」
「そうです」
おれは自分の命と人生をすでにベットしている。
この先、世界の命運を賭けるのならば、試さねばならない。
彼女の力を。
おれの造る新たなギアに乗れる機士かどうかを。
「あっ、スーツつくるの忘れたっ!」
「おめぇってやつはっ!!」
グウェンにも手伝ってもらい、結局丸一日徹夜して何とか期限までに間に合った。