35.クロスコンバット
勝負はごく短い時間で決着がついた。
互いに距離を取り対峙したギア。
試合開始と同時にソリア機がその距離を詰めた。
ギア同士の『ブーストクロスコンバット』
サブ動力炉を廻しっ放しで、高出力状態で動き続けブースト技でさらに炉の回転数を上げる。消耗の激しい戦法だ。
ただの取っ組み合いではない。
なぜギアに高性能な手が付いているのか。
既存の軍隊格闘をギア戦闘の練兵に転用しやすいからだ。
二足歩行の兵器はバランスを崩されれば簡単に横転する。
近接戦闘は一触即発。一撃で結果が決まりかねない。
勝負を左右するのは機士の反射神経と運動機能、それをギアに反映するセンスに直感。何より経験と度胸がものを言う。
ソリアがスピードで翻弄する。常にノヴァダの視界の外へ。
対するノヴァダはどっしり構えている。軸を回転するだけで側面からの攻撃を正面で捌く。
機体を上下に揺らす『ポップ』という基本技術のみでソリア機のタイミングを掴んでいる。
この辺は貫禄だ。
しかし、ソリア機がフェイントでひらりと攻撃を躱した。
不規則で無軌道な動きで相手を翻弄し、狙っていたのだろう。
勢い任せの前進を引き出し、その勢いを利用してノヴァダ機を投げた。
だが、ノヴァダ機は中空で態勢を立て直してしまった。
明らかに実力差がある。
シンプルなタックルでソリア機を吹っ飛ばす。
ソリアも負けていない。
アンカーボルトで踏みとどまりタックル後のノヴァダ機へと後ろ蹴り。
『ホースキック』――馬の蹄鉄の如く、ノヴァダ機に足裏のアンカーボルトが食い込む。
ノヴァダ機が吹き飛んだ。
しかしソリア機も同時に横転した。
結果は引き分けだった。
◇
「御見それしました、ノヴァダ卿」
「……見事だった。ソリア少尉」
二人は互いの力量を認め合い拳を合わせる。
文句のつけようのない試合に、全員が拍手と歓声で称えた。
わだかまりは消えたように見える。
いや、大人なノヴァダ卿が解消してくれた。
時間稼ぎも、距離を取っての遠距離攻撃もしなかった。
正面から受けきった。あえてぶつかることでソリアのポテンシャルを引き出した。
「年の功ってやつかな」
「ノヴァダは軍を渡り歩いてきた経験がある。こういうもめ事の諫め方を知っている」
ルージュ殿下もそれを見越して彼を選んだのか。
適当そうに見えてちゃんと考えてる。
いや、この人はフェルナンドの姉で、クラウディアの妹。人材登用能力も半端じゃない。
「どうだ、ドークス?」
「はっ、この勝負。私の負けでございます」
試合は引き分けだった。
しかし、ドークスは自分が負けたと言い切った。
負けたと言いつつ、満足気に笑った。
どしどしとおれに近づいて来る。
ヤバ。
マクベスの背にかくれた。
「負けたぜ。大した奴だ。まさか、風魔法のインジェクターに直接ラインを増設するとはな……動力炉を使い潰すなんて発想は無かったぜ」
「はぁ、ドモっす」
動力炉は魔力を燃料にして火魔法の爆発的エネルギーを運動エネルギーに変換している。
その際、空気の混合でその爆発の威力が増す。
通常、『ブースト』と呼ばれる加速、ジャンプ機構の力はこの火魔法の威力を上げるられるように、魔力供給量を増やす。
おれはここに加え大量の空気が供給されるよう風魔法で空気を発生させる魔力インジェクターにもラインとシフトレバーを増設した。『ターボ』だ。
ピストン運動で圧縮された通常以上の大量の空気で、動力炉内の圧力を跳ね上げた。
『ブースト』が一時的な爆発的力を生むのに対し、『ターボ』は継続的に出力を底上げし、機体の加速を実現した。
ただし、動力炉の摩耗が激しい上に大量の魔力を消費し続ける。
捨て身の戦法だ。
「おれには思いつかん発想だった。いや、たとえ思いついたとしても、おれには機士をそこまで信頼しきれない」
「ただ彼女がぼくの無茶ぶりに応えてくれただけです」
「おれは機体だけを見た。お前は、人間の可能性まで見ていた。完敗だ、グリム」
「ドークス技師長も、あの安定感と感応の良さには確かなものを感じました」
意外といい人そうだ。
同じ技師同士、分かり合える。
「ただ、動力炉を使い潰すっていう発想は頭の中だけにしとけ!」
「ういっ!」
「さっさとオーバーホールするぞ!!」
「ですよね」
ドークスに小脇に抱えられ、おれはドックに連行された。
でも、おれは親衛隊に受け入れられそうだ。
よかった。
「わ、私は認めない……」
「うわっ」
参謀エカテリーナにはどうやら余計に目の敵にされたようだ。
「あ、あんなチューンは邪道。ど、動力炉は、た、高いんだぞ」
「動力炉のターボカスタム。確かにもっと調整しないと実用化は難しいでしょう」
「あ、あんなもの……わ、私の作戦があればひ、必要ない!!」
「それは頼もしいです」
「ぅぐ、ば、馬鹿にして!! 殿下にお、お前は必要ない!! ないったらない!!」
おれも全員と仲良くできるとは思っていない。
「そすか」
疲れてるのでもう解放して欲しい。
「止せ、エカテリーナ。そもそもてめぇがおれを焚きつけた張本人だろうが、陰湿根暗女!!」
「う、うわぁぁ、ど、ドークスが悪口言ったぁぁ!! い、言いつけてやるぅ」
「ガキみてぇなこと言ってんじゃねぇ。30過ぎだろ」
急に真顔になった。怖いな。
彼女は何も言わず振り返らず、とぼとぼと引き下がった。
打たれ弱い。てか30過ぎって!?
「グーリムー!!」
機士たちの声。止まっていたらみんながこちらに集まってきた。
「次はおれの機体を見てくれ」
「いや、おれが先だ」
「私よ!」
「階級ぐらい守れよ!」
おれ、今日帰ってきたばっかなんすけど。
「人気者は辛いな、小僧」
「えぇ、想像してた帰郷と全然違うんだもんなぁ」
早くメアリー先生のご飯が食べたい。
「全員、礼を尽くせ、皇女殿下の御前であることを忘れるな!!」
ノヴァダ卿の一喝で、軍人たちは整列した。
「グリム、次は私の機体だ」
とうとうこの時が来たか。
ドークスに降ろされ、改めてルージュに向き合う。
おれはこの人のギアを最高のものにするために準備してきた。
■状態検知
・機乗力【近距離:12/38 遠距離:8/25】
・魔力量【A】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【身体強化スキル】【感覚強化スキル】
・覚 醒【11/18】
これが帝国最強、現時点で圧倒的なパラメータ。
弱点無し。
しかも、まだまだ発展途上とは。
この人の能力を最大限、いやそれ以上を引き出すギアを造る。
やりがいしかない。
いや、それにしても一々スーパーモデルの表紙みたいに決まってるな。
固まって見ていると、唐突に投げキッスされた。
思わずハートを射抜かれてしまいそうになった。
「あぁ、グリム君!!」
「衛生兵ー!」
「あら、見つめてくるからてっきり、求めてるのかと思って」
射抜かれていた。