34.整備の役目
「ウェール人のガキに何ができるというのだ!!」
司令官や機士のみんな、整備士のみんなから歓迎されるのを想像し、ちょっと照れ臭い。
そんなほんのりと緊張ながらも、期待と喜びが勝り、重い荷物も気にならない心持ちでいざ戻った瞬間だった。
最初だった。
いきなりだった。
司令官や機士のみんな、技師のみんなから歓迎される前に、ルージュ皇女の親衛隊担当技師であるドークスという男が突っかかってきた。
スキンヘッドの屈強な大男がおれを見下ろし睨んでいる。
それに、基地のみんなと親衛隊の雰囲気も悪い。
「説明しろ、エカテリーナ」
ルージュに呼ばれてキョドキョドしながら礼を示したのは小さい女の子、いや……女性だ。
彼女も機士か?
「ド、ドークスは、危惧してるです。ぎ、技師長の彼を差し置いて、ウェール人のぎ、技師を専属にしたので」
「おい、それは誤解だ。おれは技術屋だ。こいつの整備したギアを見た。大した腕だ。だがな―――」
何やら、駐屯兵と親衛隊でギアを使った勝負をしたらしい。結果、親衛隊が勝ったが、基地内ではおれがいれば勝てたという噂が広がっていたという。
「気に入らんのは、負けた原因を技師にしているここの連中の態度だ。この小僧の力で結果が変わると本気で信じてやがる。こんな子供一人に何ができる!?」
そうとうお怒りだ。それはそうだ。
機士の腕前で勝っているのに、おれがチューンしたら敗ける。それはすなわち、技師としておれとの間に相当な差があると言われているようなものだ。
実際に試したわけでもない、むしろ勝っているのにそれを言われては不満も爆発するだろうよ。
ただ、それを理由におれに突っかかられてもなぁ。
「待って欲しい。おれたちは何もそんな噂話などした覚えは……」
「フリードマン、お前は確かに優秀だが、お前こそグリム依存を広めた張本人では無いのか? 皆お前のようになるにはグリムが必要だと言っているぞ」
「いや、それは……」
かなり険悪なムード。
親衛隊は不信感を抱き、ここの軍人たちは困惑している。
「見苦しいな……お前たち」
ルージュの言葉で、皆の間に緊張感が走ったのが分かった。
「情報に振り回されるな。この中に、グリムの力量を信じている者もいれば、疑う者もいる。噂を流してそれを確かめたいと思う者もいるかもしれないな」
ルージュの視線はさっきの小さい女性、エカテリーナに注がれている。
彼女はブルブルと震え、汗はだらだら。
「で、殿下の御傍に、庶民の、ウェール人の、子供がいるなんて……御威光に傷が付きます。わ、私は噂は流して、ななな、流しては……ないです」
絶対お前だろ。
「どうせ誰かに指示して噂を広めさせはしたのだろう? お前は情報部の人間だからな」
もしかして、この人があれ?
テスタロッサさんが言っていた上司のクセ強狂信者か。
周囲の人間は、戸惑っている。
ここまで大ごとになってしまったのに、この対立構造はどうするのかと。
「よしよし、よくやったエカテリーナ。話が早い」
「うぇへへへ、ありがたき幸せ」
エカテリーナは頭を撫でられ満足気だ。
笑い方は気持ち悪い。
「試してみよう。グリムとドークス。整備したギアで対決する」
良くも悪くも、彼女は物事をシンプルに捕らえる癖がある。
今、着いたばっかりなのに。
◇
ルージュは自分が出る。相手はフリードマンがいいと言い始めたが、さすがにそれはとみんなで止めた。
技術云々ではなく別の問題に発展しそうだからだ。
何より、フリードマンが気の毒過ぎる。
ルージュは役職的には機士統括庁長官。帝国にいる機士のトップ。軍で言えば軍総司令官の一つ下。フリードマンは大佐だが末端にいる人間。社長と地方支社の一店舗の一部署の責任者が対決とかあり得ない。
「では、お前だ」
「は、はい……」
ソリアが選ばれた。
「相手は貴公がしろ、ノヴァダ」
「承知いたしました、殿下」
大柄の赤ひげ。
「相手は機士正かよ」
「西方の有名機士だろ」
「アンティゴー家、辺境伯の……」
確かに風格はあるがどうかな?
おれが知らない時点で機士としてはモブ、または短命。
貴族の中には無能も多いからな。
どれ、状態検知で機乗力を確認しよう。
■状態検知
・機乗力【近距離:8/10 遠距離:9/10】
・魔力量【A】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【魔力回復スキル】【身体能力強化スキル】
・覚 醒【9/10】
おれは思わずルージュをにらんでしまった。
彼女は期待に満ちたその狼の目でおれを見つめ返した。
恥ずかしくて目を逸らした。
そこまで期待されても困る。
「グ、グリム君……あのおじさん、すごい強そう」
「実際強いでしょ。ほぼカンストしてるよ」
「今、グリム語はやめてょ……」
親衛隊で一番強い人をぶつけてきたな。
対するソリアは……
■状態検知
・機乗力【近距離:8/10 遠距離:1/5】
・魔力量【D】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【身体強化スキル】
・覚 醒【7/10】
以前機乗力は近接7/10だった。さらに成長したようだ。
「ソリア少佐、近接戦闘だけなら互角に持ち込めるはず」
「わぁ、さすが分析スキル持ち!」
「ですが、距離を取られた終わり、長引いても終わり。勝ち目無し」
遠距離、近距離両方の機乗力が高い。おまけに魔力量がスカーレット並みにある。
スキルも二つ持っている。
ゲームだったら絶対育てただろう。マクベスと同じ万能キャラだ。
「そこは何とか、グリム君の神業でお願いします」
「うーん……」
「えぇ~無理なのぉ!?」
早速ソリアのグロウ・デルタの点検に整備場へ。
オリーブグリーンの如何にもな量産機カラー。しかし実態はソリアのためのワンオフ機。
動力炉やジャンプ機構などの基幹部品のみグロウの純正で、装甲板やバイザー、感応機は旧型を改造した寄せ集めの機体だ。
それが、見事に調和している。ソリアに合わせ、絞るところは絞り、無駄の無い機能美。完璧だ。
さすが一年前のおれ。見事な改造。
いやそれを維持している整備士たちのこの仕事の確かさよ。
■状態検知
総改修段階:【9/9】
・装甲板 【8/9】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:〇 腕部:〇 脚部:〇)
・フレーム【8/9】(インナー:〇 メイン:〇 アブソーバ:〇)
・動力炉 【8/9】(メイン:〇 サブ:〇)
・増幅機 【9/9】(一基:〇 二基:〇 三基:-)
・感応機 【9/9】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:〇 腕部:〇 脚部:〇)
・バイザー【7/9】(シールド:〇 外部視覚:〇)
やっぱり危惧していた通りだ。
機体の整備は完璧。
「やること無いね」
「えぇ~!!」
「いやだって、キチンとメンテされて状態は最高だよ」
多分、あちらのギアもこれと似たようなものだろう。
ルージュ親衛隊のギアを任せられている技師長が、生半可な腕のはずがない。
この一年、おれは自分の整備力が機士の成長を妨げる足かせにもなると学んだ。
そして、おれがギアをチューンすれば状況を打開できるという妄信が確かにある。
勝負を決めるのは機士の技能と直感。それに度胸。
技師じゃない。
「どうするんだ? ソリア」
「私に聞かないでぇ……」
しかしおれは、その常識を常に超えて行かなければならない。
勝負を決めるのは機士。
ならその機士の限界以上の力を引き出させる。
やること無いなら自分で作れ。
「グリム、何をしているんだ?」
「これ以上グロウ・デルタの性能は上がりません。なので、スペックダウンさせます」
ギョとするマクベスとグウェン。
「グリム君? それじゃあ、勝てないんじゃない?」
「策があるのか?」
「まぁ、落ち着けよ。グリムが言うなら勝算があるってことだろ」
フリードマン、確かにそうなんだが。
それじゃあ、おれに依存していると言われてもしょうがないぞ。
「グリム君、笑うなんて余裕じゃん」
「ソリア、機体のバランスが狂うかもしれないです。それとシフト操作を一つ増やしますよ。ですが、扱いこなしてください」
「了解でーす、ボス」
整備士たちもにやにやとこちらを黙って見ている。
誰も止めやしない。
やっぱり、こうだな。
ギアをいじっているこの時間、この整備場に響く心地良い金属音、この場の空気が、一番帰ってきたと実感させる。
機体背面の装甲板を外し、増幅装置も一基取り外した。
「なるほど……軽量化」
「いやでも、それだけじゃ……」
さてここからが本番。
おれはサブ動力炉をいじる。
魔力インジェクターへと一つのラインを直接手元のシフトレバーにつなげる。
マニュピレーターにシフトレバーを追加。
動作チェック。
サブ動力炉がけたたましく唸る。
「お、おい、この音はマズいんじゃ……」
「グリム君、異常音がしますけど……」
機体の振動が大きい。
だが衝撃吸収まで最適化する時間はない。
後はソリアの力を信じるのみ。
■状態検知
総改修段階:【6/9】
・装甲板 【4/9】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:× 腕部:× 脚部:×)
・フレーム【8/9】(インナー:〇 メイン:〇 アブソーバ:〇)
・動力炉 【7/9】(メイン:〇 サブ:△)
・増幅機 【9/9】(一基:〇 二基:― 三基:―)
・感応機 【9/9】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:〇 腕部:〇 脚部:〇)
・バイザー【7/9】(シールド:〇 外部視覚:〇)
グロウ・デルタが不格好な姿になった。
だがこれでいい。
超短期決戦用の特別仕様が完成した。
「ソリア、使いこなしてみせて下さい」
「もちろん」