33.家路
皇族専用列車に乗っておれたちはウェールランドに赴くことになった。
駅にはみんなが見送りに来てくれた。
とはいえ、技師とは裏方。
ほとんどはルージュ殿下目当てだ。
黄色い歓声が飛び交う中おれたちは邪魔にならないようとっとと荷物を運び、列車に乗り込んだ。
「待ちなさいよ」
「姫……それにリザさんも」
リザさんはスカーレット姫殿下と残るようだ。
元々ルージュ殿下が送り込んだ御守り役だったが正式に、彼女の騎士となると誓ったらしい。
おれと交換だなんてもったいないな。
「お前は無茶するでしょうから言っておくわ。向こうで失敗しても私は助けてやらないわよ」
「えぇ、ひどい」
「姫様、素直に言わないとグリムには伝わらないですよ」
いいや、意外とそうでもない。
「……無茶し過ぎる前に帰ってきなさい。お前は弱いんだから。生きてたら、整備の下働きぐらいはさせてあげられるわ」
「それはありがたい。いざってときは養って下さい」
「調子に乗るな」
彼女はいつものように拳を振りかぶる。
おれはガードを固める。
彼女は握り締めた拳を解いて、悪戯っぽい笑みでおれに何かを押し付けた。
親衛隊の徽章。
裏にあるおれの名は削られていて効力はない。礼儀として返却したものだ。
「言わなくてもわかるでしょう」
「光栄です、スカーレット姫」
彼女の眼を通じて過分なメッセージを受け取った。
ノーガードの胸が熱くなった。
同時に差し出した手。
固い握手を交わした。
「帝国のために、その誇りを忘れず職務を全うしなさい。グリム・フィリオン」
「はい。行ってきます」
列車は出発した。
◇
「うぇ~い、マクベス君、うぇ~い」
「なんだよ」
隣の席に座るマクベスにちょっかい。
「いいの? リザさんと全然話してなかったでしょ?」
「……昨日、話した」
おれ知ってるんだ。二人がいつの間にか仲良しになっていたってね。
「ごめん、リザさんが残るとは」
「いいんだ。彼女の騎士としての意志を尊重する」
「えぇ~何の話ですか?」
「いいの、グウェンには関係ない話だ。一生」
「い、一生……!? じゃあ、いいです」
穏やかな気持ちはそう長く続かなかった。
別れ際にもう一つ、女性から贈り物を受け取った。たぶんおれのファンだろう。
白い清楚な服装で、メガネの奥が怪しい細目のお姉さんだ。彼女は恥じらっていたのか、何も言わず、おれに贈り物を押し付けて行ってしまった。奥ゆかしいね。
列車が進み、帝都を出たころ、贈り物が鳴った。
「ちょっとごめん。トイレ。長いかも」
食堂車に移動した。
「もしもし、人違いでは?」
《ひどいわ。乙女の純情を弄んで》
「身に覚えがないので人違いのようですね」
信号増幅装置を基に情報局が作った無線通信機だ。
魔力を増幅する増幅基幹を有しているギアを介さずに動作させるとは感心だな。
《今これが一番安心できる通信なんだよ、グリム君》
「テスタロッサさん、これぼくの魔力すごい吸いますね。早く本題話してもらえます?」
《そうね。まずはこの通信機を持っておいて欲しいということ。一々情報交換のために情報官が動くのはリスクがあるから》
ウェールランドまで信号が届くってことは、中継局か何か作ってたのか。やるね。
「えぇ、それから?」
《フェルナンド皇子の件よ》
「病院でのことですね」
《やっぱり気付いていた? さすがね》
おれのベッドの下に、盗聴装置が仕掛けられていた。
たぶんあの先生辺りの弱みを使って設置させたんだろう。
「あれ、高周波の音が出るので静かだと気づくんですけど、テスタロッサさんは年齢的に聞こえなかった―――あっ、デリカシーデリカシーっ!」
《もう遅いわよ?》
論点はそこじゃない。
「おそらく、皇子も気づいてましたよ」
《やはりそう……君との会話、核心的な証拠は無かったから、もしかしたらと思っていたのよ》
おれが疑っていても、証拠が無ければ動けない。
彼女自身、個人として探るのは大きなリスクだ。それこそキャリアだけでなく命も危うい。
「テスタロッサさん、探りを入れようなどと考えないで下さい。気付かれます」
《大丈夫よ。あの病室では君を盗聴していたことになっているから》
「そうじゃありません。変な事を言うようですが、彼を疑わないことです」
主人公補正。
アニメ放送時は良く言われていた。
フェルナンドはいつも都合よく、何かに気が付く。
偵察、陽動、奇襲……これら全てを予期し、裏をかいた。
ここまでは軍参謀としての明晰な頭脳による予測と受け取れた。理論や理屈に基づいた考察であると。
しかし、カップに入った毒を飲む前に気が付き、熟練の暗殺者の変装を見ただけで見破り、殺しに来た敵と邂逅してすぐさま、その弱みを見抜き寝返らせた。
特殊な分析スキルを持っていると考察されたが、最後までその描写は無かった。アニメ終了後に出たゲーム内でもフェルナンドはエンジニアタイプの闇魔法適性持ちとだけあり、スキル欄は空欄だった。
ファンの間でこういう考察があった。
おそらく、奴は優しい皇子に成り済ますため、限界以上に神経を張り巡らし、野生の動物並の勘で異常を嗅ぎ取っているのではないか。
スキル由来の能力などではなく、サイコパス特有の性質。
そう考えれば、異常な警戒心にも説明がつく。
カップに毒が入っているかどうかではなく、部屋の重い空気で自分への殺意に勘付いた。
暗殺者の変装は無意味だ。同じ異常者はにおいでわかるのだろう。
誰にでも心に抱える闇はある。しかしその闇が大きければ孤独感に苛まれる。周囲からの疎外感も。
本当の自分は誰にも理解してもらえない。そう思ったときふと自分より大きく深い闇が現れれば、共感を抱き惹き込まれる。
フェルナンドは他人の心の闇に付け入る。
正攻法でフェルナンドを倒すことはできない。
「フェルナンドは慈善家で優秀な参謀で、技術者です」
《誰にでも裏はあるわ。無い方が異常よ》
「テスタロッサさん、ぼくを信じて下さい。動かない方がいい」
《……そうね、情報局にもフェルナンド皇子側の人間はいるわ。私も職を失いたくはないから》
「仕事より命ですよ」
《グリム君知っている? 仕事をしないと食べていけないのよ》
知っている。彼女も帝国への忠義と奉仕の精神でこの仕事に命を懸けていることを。
「なら、ぼくが雇いましょうか」
彼女に頼むにはちょうどいい仕事がある。
《……妙な依頼だけど、またマクベスの時みたいに掘り出し物ってことでいいのかしら? どうしてわかるのかそろそろ種明かしして欲しいのだけれど》
「トリックの種が分かっても奇術を見ますか?」
《君の専売特許は軍事工学でしょう?》
「だからプロに頼んでいるんです。これも帝国のためです」
《上手い返しね。わかったわ。私は君の忠実な駒として働きましょう》
そろそろおれの魔力も限界だ。
通信を切ろうとした。
《病室での会話だけど》
「はい」
《皇子は君に随分心を許していたように聞こえたわ。あれも演技なのかしらね?》
それはたぶん、おれの歪みを察知したからだろう。
ある意味でおれも転生して本性を隠している二重生活者だ。
「演技のことならあなたの方が詳しいでしょ。そろそろ、切りますよ」
《ああ、グリム君、向こうに行ったら気をつけて。私の上司が皇女殿下の参謀をしているのよ。かなり変わった人だから》
「そうですか。好きな食べ物とかわかります?」
《いわゆる狂信者よ。殿下の周りにはたくさんいるわ。実力を出し惜しみせず、最初から全力で自分の存在価値を示すことをおすすめします》
「アドバイスありがとうございます」
おれは通信を切った。
言われなくてもそのつもりだ。