30.進路
退院したおれが真っ先に向かったのは試験場となっていた中央技術管理庁。
メアリー先生と共に、試験官の方々に謝罪行脚である。
「大変なご迷惑をお掛け致しました」
覚えていないが相当な迷惑だったことだろう。
わざわざウェールランド基地から見舞いに来てくれたメアリー先生。護衛のソリア。
二人お手製の退院祝いのお菓子。
おれが詫びの手紙も出していないと知った途端これらはお詫びの品として取り上げられた。
『私はそんな礼儀知らずに育てた覚えはありませんわよ!』
『私も私も』
叱られてしまった。ソリアは悪乗りというか煽ってるが文句は言えなかった。
先生にも頭を下げさせてしまって、二重で申し訳ないやら情けないやら。
それを見ているソリアが今度は茶化さないのが事の深刻さを物語っており余計に辛い。
無茶をしないと約束できれば良かったのだが、そういうわけにもいかない。
これから無茶をするたびにこの気持ちになると思うと憂鬱になった。
「君は自分がしでかしたことがわかっていないようだな」
「すいませんでした。余計な気苦労をお掛けしたこと、反省してます」
「違うな。全く分かっていないようだ」
ああ、どうしよ?
許してもらえそうにないぞ。
通用するのか? この世界で、土下座は!?
試験官に連れていかれると巨大な整備所に人が集まっていた。
「おお、来たか!」
「やっとか」
「よく来てくれた!」
何事かと呆けていると紙束が渡された。
おれの文字。おれが書いた文章。
おれの提出した論文だ。
目いっぱい注釈と付箋が張られている。
「わからないところがある。これを即軍の正式装備として採用する動きがあるのだが、どうすればいい?」
充血した眼で詰め寄られた。
もしや、おれが入院している間、論文を基に試作品の製造をやっていたのか?
「……実物あるので持って来ましょうか?」
忙しなく動き回る彼らの動きが止まり、資料の山が崩れ落ちた。
何人かが事切れた人形のようにその場で大の字に倒れた。
「だ、大丈夫ですか? しっかりなさって!!」
「衛生兵ー!! 衛生兵はいるかー!?」
これもおれが悪いのだろうか?
聞いてくれればいいのに。
ああ、入院してたから遠慮したのかな?
「君は、自分がしでかしたことがわかっているのか?」
「すいません、本当にすいませんが、正直よくわかってません」
「ギアの標準装備が変わるんだぞ!! 5年ぶりだ!! しかもそれを個人でやりやがったな、ちくしょーめ!!」
メアリー先生とソリアも勢いに圧倒される。
一体どんな感情で話しているのか、察しかねている。
どうやら、中央技術管理庁とその下の先端技術開発研究所にとっては目覚ましい成果ということで歓迎すべき大事件なのだそうだ。
しかし、おれが兵学校の一学生なことが問題で、メンツは丸つぶれ。
所長のコーディが失脚したことも加わってもはやその威信は失墜したと言っても過言ではない。おのれ許すまじグリム。(いや、これはおれのせいじゃ無くない?)
とはいえ、これをきっかけとして技研の予算は倍増するので他の研究もできる、ありがとう! コーディが消えたおかげでちゃんとした研究が評価される希望が出てきた!!―――という愛憎入り乱れた混沌とした感情だったようだ。
わかるか!
「いや待て!!! 入院してたんだから試作品は元からあったってことだな? なぜ試験の時提出しないんだこの野郎!!」
「おれたちの睡眠と健康を返しやがれ!!」
論文で採点って言われたんだもん。
知らないもん。
「ちょっとやめなさいよ、かわいそうでしょう? 気にしないで、グリム君。分からないことがあったら何でも相談していいんだぞ?」
「行き遅れが色仕掛けしてんじゃねぇよ」
「はぁ、誰が行き遅れじゃぁ!! ゴラァ!!」
「抜け駆けはいけないです。誰が質問するか、フェアに決めましょう」
「うっせぇ、早い者勝ちだ!!」
みんな極限状態だ。
妙なテンションの研究者たちがおれたちにそのギラつく獣の眼を向けた。
「はい、どーどー。落ち着きましょうねー」
なだれ込む狂乱状態の天才たちをソリアがちょちょいと牽制して押しとどめた。みんな体力の限界なんだな。無茶する人がおれ以外にも居て安心した。いや、反省はしてます。
「帰りますかぁ?」
「そうですわね……」
「サンプルは後日持ってきます」
許されたのかどうなのか微妙だが、何とか解放された。
疲れたが寮に帰って今度は学校にいろいろ報告しなければならない。
「おめでとう!! 君は我が帝国軍兵学校軍事工学課の誇りだ!!」
大げさなお出迎えが待っていた。
おそらく姫殿下たちの差し金だ。
「グリム君、こんなにお祝いしていただいて、立派になったのですね」
メアリー先生、感極まっているところすいません。
不服そうな訓練生たちが恨めしそうにおれをにらんでます。
みんなやらされてます。すいません。
よろこんでくれているのは特に何もしてくれなかった教師たち。
何もしてないのに彼らの功績になるのか。
癪だが、しょうがない。
メアリー先生が安心して喜んでいるので良しとしよう。
「グリム」
「教官」
お世話になった人もいる。
おれの課題を全部免除してくれた整備指導教官。
「しばらく整備ドックを貸しておいてやる。どう使うかはお前次第だ」
「……感謝します」
「グリム君、こちらの方が技師の先生ですわね? どうもグリム君の保護者のメアリー・クライトンと申します。いつもこの子がお世話に―――」
「おれは何も教えちゃいないですよ。ただこいつが自分で突き進んだだけだ」
「その突き進む道はもとから用意されていなかったはず。彼を自由にさせていただきありがとうございます」
同じ教育者として通ずるところがあるのだろうか。
メアリー先生の言葉に、昔ながらの職人の顔に無骨な笑みが生まれた。
報告を終えて、おれはメアリー先生たちを見送る。
ホテルまで行こうとしたがソリアがいるから大丈夫だと断られた。
「グリム君。ここで認められて頼られて、居場所があるのを知って安心しましたわ。倒れたと聞いた時は気が気ではありませんでしたが」
先生が長い別れを惜しむ言葉を選んでいるのがわかった。
「先生」
「はい」
「ぼくは、ウェールランドに戻ります」
「えぇ? どうして? ここでだってもう生きていけるでしょう?」
「資格は取りました。学ぶべきことも学びましたし、ここからはトライアンドエラーを繰り返す前線が最適な場所です」
決めていたことだ。
帝都は便利だ。しかし、フェルナンドに近すぎる。
そして、秘密を持つには眼も多い。
「よく言ったぞ、グリム君」
返答に困るメアリー先生を後押しするようにソリアが答えた。
「そうですか。なら、待ってます」
翌日、二人は列車でウェールランドに帰って行った。
食べ損ねた昨日の菓子の代わりに、向こうでよく食べた焼き菓子を買って、帰りの馬車の中一人で食べた。
「マズいなー」
「えー、ボウズ。そりゃ上等な店のだぞ」
帝都にもすっかりなじんでしまった。
堂々としているとウェール人であることも気にならない。
「もっとおいしいのを食べてたんですよ。これ要ります?」
「贅沢ものだな。おう、遠慮なく。うめぇーじゃんか」
「いやぁ、故郷の家庭の味が恋しくて」
使命だけじゃない。
ウェールランドに帰りたい普通の理由がおれにもあったのだと気づいた。