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29.5 担当医

 


 医者とは命を預かる仕事だ。

 命に貴賤はない。

 ゆえに、治療の対象が皇族であろうと、蛮人の下民であってもやることは変わらない。

 そう自伝に書こう。


「先生、あのウェール人の男の子なんですけど」

「ああ、ありゃしばらくは起きないだろう。試験委員会の要請で断れなかったが、入院費もただじゃないんだ。どっか適当な市民病院に移しておいてくれ」



 全く余計な患者を受け入れたもんだ。

 治療には金がかかる。

 その金は誰が払う?

 試験委員会はどうせ渋るだろう。不良債権は早めに切り捨てなければな。



「いえ、先生……お見舞いに……」

「なんだ? あのかわいらしいお嬢ちゃんがお礼をしたいというなら時間をつくるが?」

「最低……スカーレット皇女殿下がお見えになっていますが……」

「何ぃ!!? 今すぐ行く!……君、今最低って言ったか?」

「言ってません」



 一体何の用だ?

 皇族の中でも問題児と噂される第三皇女様だ。

 何か気に障ることでもあったら……


 全力で媚を売らねば。


「皇女殿下、これはこれは……このような場所にどういったご用件でしょうか?」

「用件なんて決まってるじゃない。こいつよ。いつ起きるのかしら?」



 おれは全てを察した。冴えに冴えている。



「一生起きなくさせることも可能ですよ」

「グウェン、医者よね? こいつ」

「はい。担当医です」


 顔をひっぱたかれた。



「寝ぼけてないで、さっさとこいつを起こしなさい。治療できなかったら……」

「はいぃ!! 全力で治療に当たらせていただきますぅ!!」



 全くひどい目に遭った。

 てっきり、何かやらかして口封じかもみ消しをして欲しいのかと思ったのに……


 しかし、皇族が見舞いに来るとは、あの小僧何者だ?



 まぁ、治療費と入院費に薬代。

 払ってくれる当てがあっただけよかった。



「先生!!」

「今度はどうした?」

「情報部の方が」

「ま、まさか!! バレたのか!?」

「何がですか? いえ、あの子の病状について知りたいと……」

「ふぅ、ふぅ……そうか……お通ししなさい」

「先生、何かしたんですか?」

「いやぁ、何もぉ?」


 しかし、なぜ情報部が?

 そうか、そういうことか……


 情報部の高官はテスタロッサと名乗った。

 やけにいい女だ。



「先生、彼はいつ頃目覚めますか?」

「順調なら一週間以内に目覚めるかと」

「そうですか。では一つお願いがあります」

「スカーレット殿下とあのウェール人のつながりを探る。そうですね?」

「いいえ、全然違います」

「えぇ?」



 皇族を監視しているんじゃないのか?



「彼は姫の専属技師で、友人なんですよ」

「……え? 皇族とウェール人がですか? あの『悪逆皇女』がですか? 奴隷じゃなく?」

「医師ならば先入観や憶測は控えた方がよろしいかと」



 謎は解けた。

 真実は奇なり。


「……では、情報部はなにを?」

「情報部? ああ、私は確かに情報部の人間ですが、普通に彼が入院したと聞いて具合を知りたかっただけです」

「ああ」



 本当にあの小僧何者だ?

 いい女を惹き付ける未知の物質でも持っているのか?



「でも、そうですね。せっかくですし。これを病室に仕掛けて下さい」



 見たことも無い大きな箱状の機械だ。



「これは?」

「彼の安全のためです」

「よく分からないものを病室には置けません。私はこれでも医者ですからね!」

「患者の奥様と随分仲良くしているようですね、先生?」



 ギクゥ!!



「相手は子爵の奥様とか。思い切ったことをしますね。バレたらお終いなのにね」

「何でも言って下さい。何でもします」



 病室に設置するのは大変だった。

 見舞いで常にいるあのグウェンという子にバレないようにこっそりとベッドの下に忍ばせた。



 ◇


 グリムが目覚めた。

 やっと落ち着ける。のんきな奴め。意味不明な設計図ばかり書いてやがる。おれがどれだけ神経をすり減らして貴様の治療にあたったか知りもしないで。



「先生」

「なんだね?」

「あの子、国家試験合格してます」

「何それすごいな」


 天才かよ。まだ16歳とかだろ。

 あれ? 運ばれてきたとき結構な重症だったはずだが、どうやって合格したんだ?


「先生」

「何だね。もう驚かんぞ」

「スカーレット殿下とフェルナンド皇子がお見舞いに……」

「一体どうなってる?」


 意味がわからん。

 名誉市民といってもウェール人だ。

 天才だからなのか?


 世界でも救ったんじゃないか?



 その後もクライトン家令嬢だの、ロイエン家令嬢だの、見舞いが途絶えなかった。

 誰が保護者で誰が支払いをするのか揉めてやがる。



「せ、先生……」

「もう聞きたくない!!」

「治療費の支払いが」

「誰でもいい。受け取っておけ!! そんでウェール人に寄付でもしとけ!!」

「それが……ルージュ皇女殿下から」

「なんでだ!!!!」



 代理人。と言っても軍の高官がわざわざ手続きに来たらしい。


「そうか、わかったぞ!! あの小僧は、皇帝陛下の隠し子なんだ!!」

「すごい、先生が珍しく冴えてる!!」

「それなら皇族や軍高官や有力貴族が見舞いに来る説明がつく!!」


 やっと納得いった。これで間違いない。


「誰にも言うなよ。気が付いていないフリをするんだ」

「はい……」

「よし、行くぞ。グリム様、本日の検診に伺いました」

「看護師さん、先生の話し方おかしくない?」

「大変申し訳ございません!! この男が御不快なようでしたら如何様にも処分なさってください!!」

「あああ、お、おれを切り捨てる気か、君ぃ!!」

「よくわかりませんけど、静かにしましょうね」


 検診の度に寿命が縮まる。

 もうこれ以上何事も起きないで欲しい。

 早く退院して欲しい。



 そう願って数日。

 幸いグリムの回復は順調だった。


 退院の日。

 大物ばかり大勢が迎えに来て病院は騒然となった。



「先生お世話になりました。大変良くしていただきありがとうございました」

「ええ、ご快復、おめでとうございます。今後のご多幸、ご活躍を切にお祈りしております」



 もう来るなよ。



「ああ、先生」

「はい?」



 あの情報部の女だ。

 あ、あの機械回収に来たのか。あんたももう来るな。


「先入観と憶測、ですよ」

「は?」


 いきなり何の話だ? 何がそんなに面白いんだ?


「グリム君は皇族ではありませんよ」

「……え、そうなんですか……!?」


 看護師がおれの脚を踏んだ。

 おれだって、驚いてるよ。


「ふふふ、あなた方の、ふふ、変わりようは、ふふ、情報部でもかなりウケてましたよ」


 あれ、おれたちは誰にもしゃべってないけど?

 何で知ってるんだ?

 ウケるってなんだ?


「お礼に、あなたの命救っておきました。特別ですよ」



 命……?

 意味深なことを言って女はグリム一行と共に去っていった。



「先生」

「ああ、どうされました、子爵?」

「妻とよろしくやっているそうだな」



 死んだんですけど。

 


「今回だけはこれで勘弁してやる」



 思いっきり殴られた。子爵は事情も何も言わず、それだけで去っていった。

 え? これで済んだ……なんで?

 あ、『命』ね!

 耐えたー!!



「先生、真面目に働いて下さい。腕は確かなんですから」

「……そうする」


 生まれ変わったつもりで人を救おう。



 自伝にはこう書く。医者にとって大事なこと。

 先入観と憶測は持たないこと。

 患者の身分を詮索しないこと。

 患者の妻に言い寄られても手を出さないこと。


 グリム・フィリオンの担当にならないこと。

 

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― 新着の感想 ―
もう出ないだろうけど医者面白いな。いいキャラだ
[一言] 二度と起きないようにもできますが、ツボ。 頭の回転早すぎて空転してるのよ
[一言] これ絶対2度目があるやつやんw
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