28.一進一退
目が覚めた。
いつもと同じく問いかける。
世界はまだ平和だろうか?
ここはどこだ?
酷く、目覚めが悪い。
視界に移る天井はいつもの寮部屋では無い。
視線を横に移す。よだれを垂らして寝ている女がいる。
この寝相に平和を実感する。まだ大丈夫らしい。
「グゥ……ウェ……ン」
「はっ! グリム君……?」
「お……おは、よう」
「はぁ……良かった……」
グウェンが大粒の涙を流して泣き始めた。
彼女の涙を見て、ようやく思い出した。
試験だ。
おれは試験を受けていた。断片的にだが覚えている。
ここは病院か。
倒れたのか。
あれからどれぐらい経った?
「グリム君」
反対側を見るとマクベスがいた。
すごい形相でにらんでいる。
「おれは怒っているからね」
「……あ、マクベス君、今は良いじゃないですか」
「いや、良くはない。あれから一週間経った。その間グウェンはずっと付き添っていたんだ。君がなぜそこまで無茶したのか、目を覚ますのかもわからないままでだ。その気持ちがわかるか?」
その眼を見れば、こんな機械オタクでも人の心は察するに余りある。
おれは間違えた。
いつも、理由を言わずに振り回してきたけど、今回は無茶をする理由を伝えておくべきだった。
責任を負わせたくなかった。
彼らのことを自分がどれだけ信じているのか、それを見誤った。だから、告げるべきことを告げられず、隠すべきことと明かすべきことの選択を間違えた。
いや、言い訳だ。
おれは間違えたんだ。
「ご……めん。心配……かけ、たね」
「いいんですよ今は。無理しないで下さい」
「はぁ……先生を呼んでくるよ」
「二人、共……伝え、たい……ことが、あるん、だ」
おれは二人に、すべてを話した。
この帝国の秩序が、2年後崩壊する。
そして、力を増した『ガーゴイル』によって混乱のどん底に落ちる。
それを回避するためには、密かに先端技術を上回るギアを開発していなければならない。
全ては第ニ皇女ルージュの生死に掛かっている。
上手く喋れていないから伝わったのかわからない。
それに病人のたわごとだと思われるかもしれない。
それでもおれが本気だと、二人には伝えるべきだと思った。
「……なら、さっさと身体を治さないとね」
「一歩前進ですね」
信じてくれてる?
どうして、こんな簡単に信じられる。
頭がおかしいとしか思えない話なのに。
おれが意外そうな顔をしていると、二人は何やら口ごもりどっちが切り出すか譲り合っている。
「グリム君? 君は私から見てもそもそもかなりの変人ですからね」
……え?
「あのな、グリム君。おれたちは君が言っていることを大抵理解していないんだよ」
……は?
「グリム君の突飛な行動はいつものことですし」
「それでも、信じるよ。君はおれたちの恩人で友達だからね」
言葉が出なかった。
いつも分けのわからない事を言って意味不明な行動している変人に付いてきてくれていたのか。
「これから、も……よろしく、ね」
「はいはい」
「わかってますよ」
マクベスが医者を呼びに行き、グウェンが新聞を広げて見せてくれた。
「今はとりあえず、結果を確認しましょう」
『16歳』
『最年少合格』
『史上最高得点』
それは新聞の小さな地方情報の隅に載っていた。
『ウェール人、国家試験に合格』
試験を受け、すでにその結果が出ている。そのことを理解した。
新聞にあるウェール人が自分であることも。
◇
「次やったら殺すわよ」
「ひゃいっ!!」
殴ってから言うとすごい説得力だ。
せっかくちょっと回復したのに。
「姫様、さすがに病人を見舞いに来ていきなり殴るのはどうかと……」
スカーレット姫とリザさんが起きた次の日に来てくれた。
「あんたが無茶したせいで、私がやらせたみたいになってるのよ!!」
「この度は誠に申し訳ございませんでした!!」
「ふん。待って、一発じゃ足りないわ」
拳を鳴らすスカーレット。
「うわぁぁぁぁ!!」
「姫様、残りは退院してからにして下さい」
リザさんが助けてくれた。でも、退院したくなくなった。
おれの合格よりも、あの状態で試験を受けたことが結構な問題になり、新聞屋がスカーレットの差し金と勘繰ったって話だ。
新聞にはそんなこと書いてなかったが。
「技研の所長が叩かれて、うやむやになった」
「まったく、お兄様のおかげでなんとかなったけど、私の評判に傷がつくところだったわよ」
「フフ、姫様っ、評判って……」
「笑うとこじゃないわよ、リザ?」
「……お兄様って?」
まさか……
「フェルナンドお兄様よ。試験中会ったんでしょう?」
「……いいえ? 会ってないですけど……」
どうしてその名が出てくる?
フェルナンドとスカーレットは水と油。原作では仲悪かったはずだ。
まして、おれが会ったって? いつだ?
「まったく見事な手腕です。技研の所長コーディへと批判の目を向けさせ、これまでの不正の責任を取らせて辞任に追い込む。姫様の疑惑には誰も関心を持ちません」
おれの試験の採点、コーディは強気の0点だった。
これがバレて弁明をしたが、うっかり『論文に書かれている内容は私の研究の盗作だ』とか大嘘を言ってしまい、もちろんコーディがパラメータ表示バイザーと高感応プロテクトスーツについて知っていることは無く、嘘に嘘を重ねてきた人生が明るみになったとか……
「そんなことはどうでもいいわよ。お兄様、グリムにとても興味を持たれていたわ。また会いたいとおっしゃられて」
うれしそうに話すスカーレット。
「なんてね」
何だ、冗談か。
「実は、もういらっしゃっているのよ!!」
おれはわが目を疑った。
「お待たせしてごめんなさい、お兄様」
「突然、訪ねるのは失礼かとも思ったんだけど、スカーレットがぜひにというのでね。スカーレットが君を殴った時に出て行こうかとも迷ったんだが、野暮かなと思って。今、よかったかな?」
少し照れ臭そうに、花束を持った金髪の美青年がいた。
「具合はどうだい、グリム君」
「フェルナンド、皇子」
主人公と対面した。
この男は今から2年後、帝国を滅ぼす。