27.5 試験官
「今回、16歳で挑戦する怖いもの知らずがいるらしいぞ」
話には聞いていた。
ウェール人学生。まだ兵学校の一年だと。
普通、この国家公認技師認定試験を受けるには学校の推薦が必要になる。推薦には単位が必要となる。その単位は到底1年で取得できるものじゃない。
「まぁ、どうでもいいさ。恥をさらすだけだ」
「そりゃそうだ」
同僚とそんな話をしたのを覚えている。
どうやって試験にこぎ着けたかは知らないが、どうせ受かりはしない。
経験則というのも憚られる、自明の理。
この試験の合格条件は非常に厳しい。
論文を審査する国家試験監督委員会の役員は全員国家公認技師。
「知っている」と判断された論文内容には一切点数が付かない。
座学試験の配点は意地が悪く、基礎問題などいくら解いても無意味だ。応用の実用的例題をクリアしなければまともに点数を稼げないようになっている。
お勉強ができるだけの人間は要らないってわけだ。
そしてなにより実技だ。
「今年は合格者でるかな」
「今年はあれだからな。技研の所長がいる年だからな」
「そうだったな」
黒い噂の耐えない技研のトップ。
コーディ・アルサロス。あの人は自分の手が回っている人間以外合格させる気が無いとか。
委員の持ち点は論文、実技の評価で一人各20点。その一人が論文と実技で0点をつければ40点を失う。
こういう私利私欲で権力を悪用する輩が、最先端技術の開発所所長をやっているのだからおかしなものだ。
辞めさせればいいのにと思うが、それを誰が切り出すというのか。わざわざ火中の栗を拾うような自己犠牲の精神を持った奇特な人間はいるはずもないとあきらめるしかない。
迷惑な話だ。
こういう不正じみたことが行われるせいで、試験官であるおれたちの仕事が増やされる。
今年の実技試験は『シェル』を『オーム』にコンバートするという無茶なものだ。
最初期のギアとその後実用化された『オーム』では根幹たる動力技術が違う。
なぜこんな難問を用意するのか。
合格者を出す気が無いからだ。
コーディ所長が誰かを優遇または不遇とするのならば、全受験者に攻略不可の難問を課し落とす。
それが公平ってことなんだそうだ。
「今年の受験生は運がないと思って割り切るしかないな」
「おれたちもな」
◇
部屋に現れたおれの受け持ちは、例のウェール人だった。
「大丈夫か、君? 試験を受けても仕方ない気がするが、受ける、でいいんだな?」
酷く顔色が悪く、呼吸が荒く、汗を掻き、フラフラで焦点が合っていない。
「ぅ、うぅ、ぅぅ」
意志の疎通もままならない。
まぁしょうがない。
この様子じゃ筆記試験で力尽きるだろう。医者ぐらい呼んでやろうとのんきに構えていた。
「お、おい! やめろ、やめろって!!」
そのウェール人受験者、グリム・フィリオンは試験問題にかじりつくように問題を解き、時折意識を失いかけては持っていたペンを脚に突き刺した。
試験問題が血で染まっていく。
おれは何度も止めようとしたが、闇魔法の重力操作で近づこうとすると身体が重くなり、手が届かない。
「そんなにがんばることないんだ。今年は……」
何が彼をそこまでさせるのか。
推薦の件だろうか。別に落ちたって誰も死にはしないだろう。
「やめておけ! 死んじまうぞ!!」
どうせ、問題だって解けていないだろう。
部屋にある視覚装置に使われる光学レンズで後ろから覗き込む。
「あ、あれ……?」
あの難解な応用問題を全て解いている。
間違いなく合格基準を超えている。
どうしてあれで試験問題が解ける?
「おい、彼、筆記はどうだ?」
他の試験官が様子を見に来た。開始から1時間が経過した。
試験問題を見て諦める者は多い。手の空いた試験官たちも彼が気になったようだ。
「このペースだと全問正解だ」
「あんなフラフラでか?」
「ひどいな……止めるべきじゃないか?」
「なぁ彼、16歳だろう。一体どなたの推薦なんだ?」
「スカーレット皇女殿下だろう。お見送りに来てたよ」
「ああ、あの悪逆皇女様か」
「それで、あんなに必死なのか」
「もしかしたら、親兄弟を人質にされているのかもしれない」
「最近鳴りを潜めていたが、これはひどい。かわいそうに……」
筆記終了時間になった。
問題は解き終わっている。
「おい、大丈夫か、聞こえるか!」
グリムは机の上で意識を失っている。
「限界だ、医者を呼べ!」
「ああ!!」
ここまでやれば十分すぎる。
どうせ実技で合格点を取れる者はいないんだ。スカーレット皇女殿下も合格者無し、筆記最高得点で裁くことも無いと信じたい。
「君たち、こんなに大勢集まって何をしているんだい?」
「あ、あなた様は……」
「なぜ、このような場所に……」
「貴様ら、皇族の前である。控えろ!!」
弱冠17歳にして国家公認技師の資格を取得された、帝国始まって以来の天才と噂される才人。
第二皇子、フェルナンド様。
今年の委員にはこの方もいらっしゃった。
「気になって来てみれば。まさか、ウェール人だからと奇異の眼にさらし貶めようというわけではありませんよね」
「とんでもございません。この者の健康を鑑み、試験は中断させるべきと判断しておりました」
「健康?」
フェルナンドは部屋に入り、グリムを見ると驚きで顔をしかめた。
「君たちは何をしている!? 悠長なこと言っていないで、早く運び出せ!!」
「いえ、あの……」
完全に意識を失っているはずなのに、闇魔法で近づけない。
「なるほど。このレベルの闇魔法を使える者がいたとは……この私以外に」
闇魔法を闇魔法で相殺させ、近づいた。
さすがはフェルナンド様だ。
「グリム君、さぁ、筆記試験は終わったよ。魔法を解いて医師に身体を診てもらうんだ」
「殿下、お下がりください、後は我々が」
皇族に万が一でも病が移ってはならない。
目を覚ましたグリム。
「姉さんが推薦しただけのことはある。でも、今年はあきらめた方がいい。命は大事にするんだ」
聞こえていないのか反応がない。
「殿下、一体?」
「ルージュ姉さんだよ。まさか、あの姉さんがウェール人にチャンスを与えるとは思いもしなかった。だから来てみたんだけど、今年は運が悪かった。『シェル』なんて骨董品をそもそも扱った技師はほとんどいないだろうし、『オーム』にコンバートなんて動力系統全てを――まぁ、いずれこの不条理は私が正します。後のことはよろしく頼むよ。たとえウェール人だろうとも、立派な我が帝国市民だ」
まさか、あのルージュ皇女殿下のご推挙だったとは。
一体何者だ?
「よし、運び出そう」
グリムは抵抗する。また重力魔法だ。さっきより抵抗が激しい。
起きたせいだ。
「おい、待て」
「どうした?」
おれたちはグリムを簡単に運び出せなくなった。
グリムがぼそぼそと言葉を吐き出した。
「不合格……ルージュ……死……みんな」
確かに聞き取れた。単語だけ。
意味はわかる。
「彼を不合格にしたら、ルージュ殿下に殺される?」
「そんなわけがない。でたらめだ」
「フェルナンド皇子からもよろしくと言われているのだ」
「いや、ルージュ殿下の方がお力は上だ」
普通は信じない。だが、これだけの執念、ただ事ではない。
彼の必死の言葉が、でたらめではないと直感が告げている。だから誰も行動に移せなくなってしまった。
「試験を受けさせよう」
「おい」
「受けさせてからの方が早いかもしれない」
『シェル』、あれは現代のギアとは別物。見れば心が折れるだろう。
「グリム、実技試験を始める。この不稼働『シェル』を『オーム』に改修する。いいか?」
グリムは理解したのかよろよろと立ち上がった。
あきらめてくれ。そう願っていた。
その願いに反してグリムは見る見るうちにギアを修繕していった。
先程までのフラフラの病人が嘘のように鮮やかな手際で装甲を外し、迷いなく動力炉を付け加えた。
「こんなことが可能なのか?」
まるで、何かに憑りつかれたように作業を続けるグリム。
最速、最短で問題をクリアしていく。
この世で最も精密で複雑な機械が一つの狂いなく組み上げられていく。
その一挙手一投足に込められているものは職人の誇りか? それとも、命を預かる者としての責任か……
おれたちはそれをただ黙って見ていた。ここに居るおれたちはみんなこの境地にいられなかった者。
だからこそ痛いほどわかる。これがどれだけの努力と信念の賜物なのかを。
「君たち、何をしているのかね? 病人にあんなことをさせて、非常識ではないか!」
「あ、いや」
医者が来たがおれたちは試験を止めることができなかった。
いや、なぜか医師が部屋に入るのを全員で止めていた。
「すいません、最後まで、やらせてやってください」
理屈ではない。
そうしなければならない気がした。
作業開始から3時間が経過していた。
「終わった……終わったぞ!!」
おれたちが部屋に飛び込む。
グリムは血だらけでその場に倒れた。
グリムはすぐに治療を受けた。
「ふむ、熱がひどいな。そもそも、身体が弱り切っている。無茶しおって。この薬を飲んでおらんかったら普通は助からんぞ、まったく! しばらくはベッドの上だ、この命知らずが!」
試験をやり遂げた、どうやら命も助かった。
「まさか、こんな試験になるとはな」
何かずっと、こちらが試されていたようで気が気ではなかった。
グリムを見送り、試験官としての役目を終えたおれたち。他の試験官たちも合流し、その狭いドックに集まった。
彼の仕上げたギアを採点とは関係なく全員が黙って見つめていた。