3.10歳 ギアの整備士へ
5年の歳月をかけてようやくギアの修理が終わった。ところどころ足りないパーツもあり、間に合わせの部分もあるが『状態検知』の結果は良好。
■状態検知
総改修段階:【4/9】
・装甲板 【3/9】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:△ 腕部:△ 脚部:〇)
・フレーム【5/9】(インナー:〇 メイン:〇 アブソーバ:△)
・動力炉 【2/9】(メイン:△ サブ:△)
・増幅機 【3/9】(一基:〇 二基:× 三基:-)
・感応機 【5/9】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:〇 腕部:〇 脚部:〇)
・バイザー【2/9】(シールド:△ 外部視覚:〇)
とはいえ、おれは着装できないから動かしようがない。
金に換えようにも伝手も無い。
そこで、親父さんに相談することにした。
「こりゃたまげたな……お前、これ一人で直したってのか?」
「はい」
「装甲板の調整機、ないだろ? どうした?」
「生きてる他のパーツを分解して、見よう見まねで」
「動力パイプは?」
「廃材で一から造りました」
親方はキョロキョロとギアとその部屋を眺めた。
「グリム。これは軍に返還するぞ」
「え?」
返還って、金は?
五年もかけたってのに!!
「いいか、良く聞け。おめぇには才能がある。目先のあぶねぇ金のために才能を無駄にするな。闇市に売ったら下手すりゃ極刑だぞ」
足が付くってことか。仕方ない。くやしいけど……
「親父さんがそういうなら、そうします」
「安心しろ。この仕事は確かだ。なら、次につながるようにしてやる」
「次?」
おれは軍に呼び出された。
駐屯基地内では帝国軍人が働いている。ほとんどがガイナ人で市民権があり、おれたちとは身分が違う。佐官や将官ともなると下級貴族並みの力がある。
「礼を言うぞ、グリム・フィリオン」
てっきり、罵詈雑言を浴びせかけられると身構えていたが、おれは歓待され、礼を言われた。
「機体を回収し、確認した。あそこまできれいに修繕されていることには感心した。きっと、本国のベネディクト・ロイエン卿のご家族もお喜びになるだろう」
ロイエンとはあのギアの持ち主のことだろうか。
そういえば、中に指輪とかあったからあれで判明したのか。売らなくてよかった。
親父さんの言っていた意味が分かった。
戦争で失われた家宝を返還する。それで軍の心象を良くするってことか。
「礼がしたい。何を望む?」
「あの……もっとギアの整備とかをしてみたいんですが」
「なるほど……?」
「司令官様、この小僧はまだ10歳ですが、5歳からこの稼業をやっております」
「人手は常に足りない。給料は安いがそれでもいいなら雇おう」
「ありがとうございます」
おれは大きな仕事を手にした。
工場での仕事が無い日は基地に入り浸った。
おれは軍所属の整備士ではなく、その末端。直属の上司は同じ現地民だった。
幸か不幸か、彼はあまり勤勉ではなく、面倒な仕事は全部おれに丸投げした。
その分、ギアの基幹部品、特に複雑な魔法動力路についても扱う機会を得た。
軍のギアは機士が着装する最新機ではなく、型落ちばかり。
それでもおれは夢中で仕事をした。
整備とは関係ない雑用も押し付けられるが構わなかった。
道具の整備から掃除、洗濯、飯の支度。果てはガーゴイルの解体まで。
怒鳴られたり拳骨をくらうことはしょっちゅうだったが、いい経験だった。
ガーゴイル。
この奇怪な生命体は機械を取り込み能力を上げていく。
内包する『器官機』はそのままギアに転用されている。バイザースコープ、各種駆動系、動力路に至るまで。
ベースは人型でサイズは2メートル前後だが、成長することで3メートルから4メートルにもなる。
魔法を増幅することで人間にはできない強力な魔法の行使を可能とする。現在、その属性は土と火が大半を占めるがいずれ、別の属性、雷や闇が現れるだろう。そして、ガーゴイルは有翼化し、その脅威は帝国全土に広がってしまう。
現皇帝の危惧は正しい。
その前におれはギアについても学び、自らの闇魔法を転用した飛行機能を確立しなくてはならない。
仕事をしながら、自分の魔法についても訓練をしている。
あまり効率的とは言えないが5年続けた甲斐あって、かなり魔力量が増え、自分を浮かせることに成功した。
闇属性は一般に重さを司り、あまり役に立たないと思われている。
しかし、本来は空間を操る魔法だ。
空間を捻じ曲げることで、そこに仮想の質量を生む。
それが加重。その逆が反重力。
『状態検知』でわかったのはそれぐらいで、感覚的に魔法を使い続けてようやく空間を操り重力を操作する感覚を身に付けた。
この魔法もことごとく整備に活用した。
重い部品を運ぶときに重宝する。
ただの人生なら、かなり順調だ。
仕事はあるし、毎日ごはんにありつける。
時折、嫌がらせや暴力を受けて怪我をすることもあるが、おれの仕事を認めてくれる人もいる。
だが、運命の日まで残り8年。
おれはそろそろ焦り始めていた。
そんなころだった。
親方が、金を持ち逃げした。