26.国家公認技師
国家公認技師。
それはギアの製造を許可された、帝国最高の技術職人。
おれはこれまでありあわせのパーツを修繕し、組み立て、形にしてきた。だが、全く新しいギアを生み出すにはこの資格が要る。
そして、ルージュ直属の技師になれる唯一にして最後のチャンスでもある。
つまり、おれがこの試験に合格できるはどうかは、この世界の命運に直結している。
猛勉強した。
試験対策はペーパーテストと論文、それに実技。
一番の問題はテストだ。実際に使わない用語やら算術やらが多い。
おれが試験を受けるというと教官たちはあまり良い顔をしなかった。
「教わってもいないことができると?」
優秀な生徒が鼻につくらしい。
「ちょっとばかし技師としての経験があるからと座学を軽視するとは、やはり何もわかっていないな」
「はい、なので教えてください」
「その態度が調子に乗っているというのだ!! そう易々と先端技術の根幹たる学術を修めることなど不可能! ましてお前のような、下層民が知識階級になろうなど―――」
いろいろ言われたが、要するに技術屋はいいけど、研究職などの知的職業にはおれはなってはいけないと言いたいようだ。
仕方ないので独学でなんとかすることにした。
「ここはこういう公式を使うんです」
グウェンが意外と、というと失礼だが勉強ができた。研究職が本命の彼女にとっては専門分野。本当にサボって無ければ今頃余裕で卒業して技術士官になっていただろう。
「論文はどうするんですか?」
「それは大丈夫」
「大丈夫って、国家試験だとそれが一番難しいですよ? まさかダイダロスのことを?」
「いや、それは機密だから」
満点を狙わず、50点ぐらいをカバーすれば
あとは論文と実技で稼げる。
論文には『カスタムグロウ特式』に搭載した新機能、パラメータ表示バイザーと機士の負担軽減を可能とするプロテクトスーツ改良版について書くことにした。
実技は自信がある。
これまで兵学校の上期生や教官の手際を見てきたが綺麗なパーツを組むことしかしたことの無い人たちの腕はたいしたことが無い。
技師に求められるのは基礎知識だけではなく、その場の状況に適した判断力と応用力だ。
◇
早朝、初めにマクベスとスカーレット姫殿下の機体をチェック。
朝から昼は実習を受ける。
夕方、マクベスと姫殿下の機体をメンテナンス。
夜、テスト勉強に、論文執筆。
深夜、ダイダロス計画を進行させる。
「最近様子がおかしいわね」
「へへへ、何でございましょう姫様」
「それが変だって言っているのよ。試験を受けるのはいいけど、今年急いで受ける必要はないでしょう?」
「へへ……いやぁ」
「姫様は、グリムの身体が心配なのだ」
「うるさいわね、リザ。私はこんなフラフラで自分の機体をいじってほしくないのよ」
びっくり。
あの『悪逆皇女』と呼ばれていた彼女が、おれを心配してくれるとは。
でも、彼女は知らない。おれとルージュの賭けを。
知っているのはリザさんだけだ。
おれとあの『串刺し皇女』が会っていたこと自体秘密だ。だから、おれが生き急いでいることが、みんな奇妙なのだろう。
「機体は完璧に仕上げます。ですが、試験勉強にも手は抜けません」
「そう。その……気をつけなさいよ」
「はい、細心の注意を払い作業します」
「……ふん、当然でしょ!」
そんな生活をしばらく続けた。
「グリム君、ご飯ちゃんと食べて下さい。お風呂に入らないと疲れ取れませんよ? ダイダロスの方は進めておくので、ちゃんとベッドで寝てください」
「あぁ~うぅ~」
グウェンから要介護者と認定された。
ついこの間まで、おれが掃除洗濯して食事を作って運んで風呂にぶちこんでいたのに、今では逆だ。
このころ、兵学校に生ける屍が歩いているとドラマチックな噂が流れていたらしい。
「姫様は体調を崩された。しばらくギアには乗らない」
リザに呼び出されたあたりから記憶があいまいだ。これが彼女の思いやりだったと気づいたのは後になってからだった。
「あぅ? うぁ~」
「いや、だから! ギアは使って無いからメンテナンスの必要はない!」
「あぅあ……うぁ~」
「いや、だから!!―――」
意識が朦朧とし、頭痛と吐き気に苛まれ続けた。
自分を『状態検知』してまだ大丈夫だと高をくくっていた。
季節が一つ移ろい、試験まで七日に迫った頃。
おれは体調を崩し、ついに倒れた。
「きゃああ!! グリム君!!」
「おい、グリム君、おい、起きろ! グリム!!」
「どうした!?」
グウェンの悲鳴、呼びかけるマクベスの声、心配そうに覗き込むスカーレットの顔。そこでおれの意識は途絶えた。
「ガイナ風邪じゃな。普通帝国人が子供の頃に罹り抵抗力をもつが、ウェール人ゆえ免疫が無かったのだろう。季節性のものじゃ。今のうちに罹っておいて良かったと思え」
高熱にうなされながら起きた時、医者から説明を受けた。
おれは姫殿下のお抱え医師にかかり、皇族ラウンジで治療を受け何とか一命をとりとめたらしい。
心配そうなスカーレット、グウェン、マクベス、リザ、親衛隊のみんなとメイドさんたち。
おれは全てを察した。
おれはやらかした。
目覚めたのは試験当日だった。
「とりあえずはこのびっくりするぐらい高い薬を毎日飲んで熱を―――って、何してんの君!!」
「もう治りました」
『反重力』で全身を軽くして何とか動く。
「無理をするな。試験なら来年もあるだろう」
マクベスに押さえつけられた。
「……ぼくに、来年なんか無いんですよ」
「は? お前はまだ兵学校の一年目なのよ。公認試験を受けるのは5年目でも遅くない位だと聞いたわよ」
「ふふ、5年か……それじゃ遅すぎるんです」
「なぜ? なぜそこまで急ぐ必要があるのよ!?」
「そうですよ、グリム君の実力なら焦る必要は……」
あと二年後にルージュが殺されるからとは言えない。
おれの肩には何万人もの人々の命運が重くのしかかっている。この責任の重さは誰にも分かるまい。
せいぜい、ガイナ皇帝ぐらいか。
「リザさん」
「……なんだ?」
「マクベス君を止めてください」
「わかった」
「なっ、どうしてですか、ハーネット卿!?」
彼女はおれの行動がルージュとの賭けによるものと唯一知っている。だから彼女に頼る以外なかった。
「これが、グリムの戦いだ。命をかけてでもやり遂げるという覚悟を私は騎士として尊重する」
「くっ、おれはグリム君の友達だ。たとえ貴女でも、ここは譲れない!!」
リザとマクベス、二人の戦いが始まった。
鞘越しに剣を振るリザ、それを受け止めて取っ組み合いに持ち込むマクベス。
「リザ、止めなさい! 私の命令よ! ちょっと、誰かグリムを止めなさい!!」
親衛隊の方々は動かない。
見かねてスカーレット本人がおれを押さえようと立ちふさがった。
彼女を止めるには『加重』しかない。
魔力をこれ以上消費するのはさすがにしんどいぞ。
「待ってください」
「グウェン、あなたも止めなさい。このままだと本当に死ぬわよ。たかが試験で―――」
「行かせてあげましょう」
グウェンからの意外な言葉にマクベスは意表を突かれ、リザの鞘がもろに入った。
「ぐっ、グウェンまで……どうしてだ!?」
「理由は分かりませんが、グリム君は確かにずっと本気でこの日に向けて頑張ってきました。グリム君がそうするには理由があるはずです。それを私たちに言わないのも、理由があるはずです。これまで、グリム君は私たちのことを信じて疑ったことはありませんでした。だから、私たちもグリム君のこの行動を、信じませんか?」
スカーレットはおれの腕を取った。
そのまま首に回して腰に手を添える。
「ふん、試験ごときで大げさね」
「すいません」
おれはみんなに支えられ、試験場へと向かった。