25.レストラン
帝都の高級街で、一番歴史と権威のあるレストランにおれは入った。
礼服に身を通し、身だしなみは一流サロンが保証している。
案内された個室にいたのは目もくらむような美女。
V8動力炉のコネクティングロッドのような黄金色の髪とオレンジがかったウルフアイ。
装甲板をオーバーホールしたときのグロウ並みに抜群のプロポーション。
彼女は笑みを浮かべ、長い脚を組み、頬杖をついておれを見つめていた。
「ルージュ殿下にご挨拶申し上げます」
「楽にしろ」
騙された。
リザさんに。
おれとマクベスが今後社交の場に引っ張り出される機会があると言われた。
そういう建前のデートだと思っていた。ここでおれは初めてを迎えるかもしれない。それぐらいの覚悟だった。だがついていくとテーラーで服を仕立てられ、サロンで髪を切られた。
自分好みに男を変えるタイプですか。まぁ、いいでしょう!
いざレストランに着くと、マクベスとリザは夜の街へ消え、おれだけで予約席に着いた。
そこにいたのはルージュだった。
「まずは食事を楽しめ。さぁ、座れ」
「はっ、失礼いたします」
こんなことってある??? 話してしまった。あのルージュ皇女と!!
目の前で食事をしている女性を何度も見てきた。
本物だ。
とても感慨深い。
でも余裕はない。
耳が遠く、視界がゆがむ。
彼女は本物だ。
本物の皇族。
すさまじい存在感だ。
自分より高次の存在に出会うとこうなるのか。
正直、原作のビジュアルを見てすごい好きだったが、今は恐怖の方が勝っている。
食事が喉を通る気がしない。
「そう身構えるな。一人で会いに来たのは話すためだ」
「ぼくは、グリム・フィリオンと申します。お初にお目にかかります、皇女殿下!」
「……緊張するな。それはさっき聞いたから」
「あっ、え? はい……あれ? ぼく名乗ったっけ???」
混乱してきた。
正面から椅子が床を滑る音。
4回。床がさらに高く短く鳴った。音は大きくなって止まり、嗅いだことの無いいい匂いがした。
顔を掴まれた。目の前に獲物を狩る狼の瞳、そこに怯えた少年が映っていた。
「私は8つのとき嫌いな家庭教師の茶に馬の小便を入れた」
「……え? ひどっ」
いやいや、聞き間違いか?
「12のとき、リザに言い寄る子息のベルトを切り落とした。リザの前で」
「それはリザさんも災難じゃ」
「ああ、あの時ばかりはリザにも怒られた」
「15の時、ギアの試合で負けてな。整備不良だとわかったが、整備後私がいじったのが原因だった」
「名乗り出たんですよね?」
「……いつかは、な」
これは何と言えばいいのやら。
ルージュは結構お茶目?
いや、お茶目で済ませていい問題じゃないぞ。
「クソガキじゃん」
「ふ、あはははは!」
ウルトラミス!!
口に出てたー!!!
「そうかしこまるな。ここは公儀の場ではない。お前の前にいるのはただの人間だ」
「あ、はい。すいませんでした」
気を使ってくれたようだ。
彼女もおれが知っているストーリーより二年弱若いルージュなんだ。戦いが始まったあの時とは違う。
「こうして二人きりで話すのは、最近私の下に度々その名が聞かれるからだ。スカーレット、リザ、テスタロッサ……誰が好みだ?」
「いえ、好みとかは……」
最推しはあなたです。
「当ててやろう。性格はスカーレット。顔はリザ、身体はテスタロッサ。どうだ?」
「いや、どうだと言われても……」
「否定しないな、この女たらしめ」
「ひどい風評被害です。ぼくの評判を貶めて何が狙いですか?」
「フ、お前が欲しいと言ったらどうする?」
え?
「人づてに聞いたが、お前は私にも興味があるのだろう? まぁ、分からなくはない。私は完璧だからな」
「ご自分でおっしゃるタイプ!?」
でも、確かにそうなんだよ。
こんな親し気に話されたら好きになっちゃうよ。
「スカーレット様には恩義があります。ぼくのようなものにも仁義というものがあるんです」
「ならこういうのはどうだ? 賭けだ」
「え……? 賭けというと?」
「国家公認技師の資格試験、あれに今年合格したら、私の直属にしてやる」
これは正式な引き抜き。
スカウトってことか。
ルージュはテスタロッサからおれのことを聞いた。もしかしらたらリザさんからも。
おれを危険視せず、懐に囲おうとしているということは、おれの意志や能力が正しく伝わっているということだ。
要は、おれの説を要検討と判断してくれたということ。
「もし、不合格だった場合は?」
「そうだな。お前に馬の小便を飲ませるし、リザの前で恥をかいてもらう。それにお前の整備したギアで事故が起きて、責任を問われるかもな」
「はっきり人生終わりだと言わないでいただきありがとうございます」
「言っておくが、こんな機会はないぞ。スカーレットはギアに乗るが、おそらく戦場に出ることは無い。本物の戦場に出る最新機を扱う立場を目指すならば、私の下は最高の場所だぞ」
おもしろい。
おれが本気か試してるのか。
試験はもうすぐだ。
普通は5年から10年かかる。
2回、3回落ちるのは当たり前。
しかし、ルージュの未来に訪れる死を回避するならこのチャンスを逃すわけにはいかない。
「その賭け。乗ります」
「よし!」
打ち解けてきたところでルージュ様ともう少しお話をと思っていたら、謎の軍人たちに抱えられ、馬車に放りこまれ、気が付くと自分の部屋に戻っていた。