24.5 ルージュ
醜い鋼鉄の化け物が迫る。
四肢を前後に動かし、這い寄る姿はまるで虫だ。虫は駆除しなければならない。
だが、私はこの虫を潰すのが一番好きな仕事だ。
小刻みに素早く移動する『ガーゴイル』をギリギリで躱す。動力シフトとフットブレーキを駆使し、纏う鋼鉄の鎧に生物の動きを体現させる。
社交の場でドレスを着てほめそやされるより、美酒を口にするより、美男子を侍らせるより、魔力を注ぎ動力いっぱいにギアを動かし、ガーゴイルの装甲と装甲の隙間に『特殊対装甲剣』を突き刺す瞬間が好きだ。
身体に掛かる負荷に耐え、歯を食いしばり、全身の力を使い私はギアと一体になる。
この時、周囲の雑音は聞こえない。
何も考えない。
ただ、目の前の敵を討ち滅ぼす。
この仕事は退屈しない。
ガーゴイルには個体差がある。時にレアが現れる。感応で負ける。得意の剣も弾かれる。
それでも直感で躱し、剣を突き立てる。
装甲板を持っていかれても気にしない。
ギアは私の魔力に呼応し、動力炉を最大まで稼働させる。機体内は灼熱と化し、意識は朦朧とする。
私はうれしくておそらくいつも笑っている。
「いいぞ、私はまた限界を超えた!!」
手先に装甲を突き抜けた満足な感触が返ってくる。
自分が倒した戦果を確認する。記録を更新した。3,5メートル級はありそうなデカ物だ。
そうなってやっと、機体内の異音と共に心臓の鼓動が聞こえてくる。
この程度で音を上げたか。まだまだだな。私も、このギアも。
「姫殿下!! ルージュ皇女殿下!!」
「うるさい、今余韻に浸っている」
「先行しすぎです。また親衛隊を振り切ってこのような」
足手まといだから置いてきておいてやっているのだ。
「ふん、他はどうだ? まだやっているだろう?」
「いえ、もう終わりましたよ」
「嘘を付くな。私はまだ戦える」
「いえ、本当に……あちらには彼がいますから」
「む、そうか。見逃してしまったが」
「正直、圧倒的です。あれはやはり最高の機士かと。あの超絶技巧の数々、まるで姫殿下を見ているようで」
ウェールランド遠征。
ガーゴイル討伐に参戦するために来たが、本当の目的は奴だ。
フリードマン少佐。
噂は聞くがどれほどのものか確かめてやろうとわざわざ足を運んだ。ふたを開けてみれば奴の討伐数は21体。
「私と同数だと?」
基地で改めて対面したフリードマンは確かにできる男の面構え。軟弱な我が親衛隊に見習わせたいくらいだ。しかし、納得いかない。
「私は専用機『カスタムグロウ』だ。対する貴官は量産型の改良機である『三式グロウ』。あれでどうやってあの短時間にあれほどのガーゴイルを討伐したというのか」
「はっ、量産機なれど、あれは私に最適化されて調整されています」
「機体差がないというのか? この機体、整備したのは我が弟のフェルナンドだが?」
少し意地が悪い聞き方をした。
どう返すものかと答えを待つつもりだったがフリードマンは間髪入れず言い切った。
「この『三式グロウ』を仕上げた整備士は知る限り最高の整備士でした」
「ほう。言い切るとはな。その整備士、名は?」
◇
グリム・フィリオン。
異人の整備士。
優秀な成績を修め、教官からの評価は常に満点。
表向きは優秀な整備士であり、国家公認技師志望の学生。
スカーレットの担当整備士で、将来有望。
だが、全く別の顔を持つ。
分析スキルを持ち、犯罪組織の摘発に貢献。
ロイエン伯領での違法ギア組織の摘発を実現。
テスタロッサのお気に入り。
「―――私の名が出ただと?」
調べさせるまでも無く、テスタロッサが良く知っていた。
「ええ。心当たりは?」
「無い。ウェールランドには今回の遠征が初だ」
「フェルナンド皇子を危険視しているようです」
「ギルバート兄ではなく? なぜフェルを……」
誇大妄想の類か。
くだらない。
テスタロッサが持ってきた話で無ければ。
「フェルが皇帝になるなら、私は支持する。あの子はやさしさと現実を見据える頭脳を併せ持っている。これからの時代に必要だ」
「同感です。ただ、グリムの人間を見る眼も確かです。私とは見え方が違う」
珍しいな。この女がここまで手放しに人を評価するなんて。
「フェルとも会ったことは無いだろう。勘違いでは? または、グリム本人が帝国の危機とか」
テスタロッサの笑みがわずかに硬直した。
随分気に入っているらしいな。
「悪評のあったスカーレット様と良好な関係を築いています」
「へぇ。あの子と……まぁあの子も年頃だしねぇ」
「いえいえ、そのようなロマンチックな関係ではありません。彼がデートした相手は私だけです」
「要らないわよ、そんな情報」
相手と自分の年を考えろ。もうすぐ三十でしょう、お前。
「そこまで擁護したいのなら、情報を聞き出しなさい。さもなければ、お前との関係に配慮はできない」
「……『ダイダロス』と言っていました。新世代型のギアのことかと。彼ならできます」
「できるか。なるほど」
誇大妄想でもいい。
できるならやらせておけ。
造らせてから真意を問い質せばよい。
「フェルナンド様の方は」
「何もするな。フェルなら大丈夫だ。異人のために法律を学び、財団を設立している。おかしな噂が出てはあの子の信用に係わる」
「はい」
◇
「スカーレットの様子はどう?」
「健やかです。いい対戦相手ができてギア廻しもはるかに上達しておられます」
「マクベスだな。噂は聞いている」
リザからの報告。
幼いころから気心の知れた仲だ。
妹のお守にするにはもったいない戦力だが、信頼できる。
「戦場でガーゴイルとの戦闘を見ました。今すぐ騎士にしても期待に応えるでしょう」
「そこまでか。お前がそこまで人を評価するのは珍しいな」
「ええ。才覚だけでなく好ましい気質です。勇敢で、仲間想い」
「それに精悍な顔だろ」
「い、いえ……!」
どいつもこいつも……まぁ、リザも女だ。
男に興味を持つとは珍しいが。だが、ギアの扱いについては本物。おそらく、ギアが誕生して以来の天才。
「グリムは?」
リザの顔が分かりやすく変わった。
私がその名を出したことが意外だったようだ。
「優秀ではあります。マクベスの機体は量産型にも関わらず皇室専用機と遜色のない性能を発揮していました。ガーゴイルに探知されない通信機器を搭載させる発想は斬新です。あれが無ければロイエン伯は戦死していたでしょう」
「噂通りの天才。それに義理堅い奴のようだな」
「存外、謙虚です。あまり表に立とうとはしない」
「そんな奴が、帝国を救おうなどと思うだろうか」
「帝国を? まさか。グリムはそこまで英雄気質ではありませんよ。ただ……」
リザもグリムのことは気になっているようだ。
「グリムが弟のことを知っていました」
「それが?」
「その、私が……弟にお菓子をつくってやったという話をスカーレット様にしていて」
「……ん? そうか、意外な話。初耳、だな……」
「そ、それは別にどうでも良いのです!!」
リザ、私の前では弟にも厳しいが、あれは人前だけだったか。
弟に菓子……意外だ。
「知っているはずが無いんです。弟は話しませんし、私も誰にも言った覚えがありません」
グリムにはテスタロッサとは異なる分析能力がある。
彼女はそれをギアと機士の情報、能力に関する分析だと推察していた。
マクベスを発掘したことから、私もそう確信していた。
しかし、それではリザの話に説明がつかない。
「まさか、父上と同じタイプの分析型か?」
未来を分析するスキル。
あるいは、過去か。
両方?
合点がいった。
ウェール人がここまで順調な人生を歩むには才覚だけではなく運もいる。
運では無かったら……
グリムは本当に帝国の未来を知っているのかもしれない。
そして、そこにフェルも関わっているというのか?
私は死ぬ? まさか……
父上はグリムを名誉市民にした。
まだテスタロッサの調査前だ。
グリムは帝国を救う。そのために私を助けようとしている……
「リザ、適当な理由で良い。会ってみたい」
「はい、マクベスですか?」
「違う! グリム・フィリオンだ」
会って確かめる。