24.探り合い
長い髪を緩くまとめ、白いコーディネートに銀縁眼鏡の知的で清楚なお姉さんがいた。
「急になんですか、テスタロッサさん」
いつものようにおれはカフェに呼び出された。事あるごとに面倒ごとで世話をかけているので、無視できない。
それにしても軍服から見事に変装している。
「信号増幅装置の件ですか?」
「機密情報部にも技術者がいる。あれは素晴らしいな。脱帽だそうだよ。ガーゴイルとの戦闘で無線通話が可能とは。それに、あれほどの秘匿通信が可能なら、バレずに会話を聞き放題だ」
呼び出しの意味を知った。
盗聴に応用したな。ダイダロスのことはバレてるだろう。
「ひどいな。ぼくは善意でテスタロッサさんにあれを提供したのに」
「相応の対価は払っただろう。しかし、わからないね。君は何を望んでいるんだい?」
直接問い質しに来たのはまだ、話を聞く余地があると思われているのか。
さてどうするか。
彼女は嘘が見分けられる。
「このなんだかよく分からないお高いデザートを下さい」
「何でも頼むといい。お姉さんが奢ってあげよう」
彼女は抜け目ない。
ただ、原作では見たことが無い。彼女のことをおれはあまり良く知らない。
これまでフェルナンドが接触してきていないから、ある程度秘密を打ち明けてきたけど彼女がフェルナンドと通じていない確証があるわけじゃない。だから肝心なところは秘密にしておきたかった。
「分からないのは君の動機だよ。誰だって金と権力、女に名誉、地位を欲しがる。しかし、能力に見合った報酬と将来を君は欲しがらない。アリステラ嬢との婚約はある種の人生におけるゴールのようなものだったはず。君は断った。なら別の人が良いのか? リザのことはお気に入りのようだが、それなら一層研究を隠す理由がわからない。大きな研究成果を発表して成功を納めれば、彼女の夫も夢ではない。それもする気配がない」
ストーカー規制法ってないのか?
「ぼくがデートしたことあるのはテスタロッサさんだけですよ」
「君は私に心を開いたことは一度も無い。興味あるのは私ではなく、私の情報官という地位と力だ」
「悪い男みたいですね、ぼく」
「そうなの?」
敵か味方か……
探り合いは分が悪い。
適当な嘘は見破られる。
おれが彼女の立ち位置を探るには、ノウハウがない。
ここは、一か八かだ。
「話すなら条件があります」
「言える立場ではない、けれど、聞くだけ聞こうかな」
「次の皇帝には誰がふさわしいと考えますか? 考えを聞かせてください」
「意外な質問だね」
テスタロッサは考えている。
順当なら第一皇女で宰相のクラウディア。
それかフェルナンド。
「第二皇子フェルナンド様、かな?」
「なぜですか?」
「頭がいい。それに、政治的な立ち回りが上手い。戦闘経験も無いが、ギアに関する見識と先見の明は確かだ。巨大となった帝国をまとめるのはああいう方だ。これからの時代、戦いより治める能力が必要だ。第一皇子ギルバート、第二皇女ルージュ様は確かに戦いにおいて無類の強さを誇るが、これからの時代にはあまり武人は向かないかな」
「クラウディア皇女殿下は? 宰相ですが」
「あの方はお身体が弱いからね」
「わかりました」
いやわからないぞ。
彼女がフェルナンドと通じていたら、フェルナンドの名前を出さない? いや、分析スキルがあるんだから、わざとフェルナンドの名を出したってこともあり得るよね。待てよ、そもそもおれがフェルナンドを警戒しているとはバレてないはずだから、隠す必要はないだろう。
表面的な評価で選ぶなら、フェルナンドは妥当。
能力、人格、才能、全てが揃っている。
だから不自然な回答じゃない。こんな公衆の目と耳がある場所で、公然と皇族を批評した。彼女もリスクを負って話したはず……
でも確信は持てない。
もうちょっと揺さぶってみるか。
「もし帝国が致命的なダメージを負うとしたら、それはルージュ皇女殿下が死んだときです」
「……え?」
テスタロッサが珍しく狼狽えた。
「ちょ、ちょっと何言ってんの?」
「フェルナンド皇子でもギルバート皇子でもクラウディア皇女でもスカーレット皇女でもない。わかりますか?」
「……確かにルージュ様は帝国の信条を体現されている方。実力があれば女であっても戦場の最前線で戦える。そう証明してみせた。だが……」
「ルージュ様を救えるのはぼくだけです」
困惑しているテスタロッサ。
想定していた話とは違ったらしい。
だがおれは嘘は言っていない。
「君は本気でそう信じているの?」
「はい」
「なら……なおのこと新技術を公開して皇女様に売り込んだらどうなの?」
「秩序無き軍事技術はただの軍拡、無用な争いを生みます。ぼくは誰彼構わず力を与えるわけにはいかないんですよ」
ルージュを救おうと開発した技術がフェルナンドに流出でもしたら元の木阿弥だ。
「あはは、まるで神だね。帝国を救うほどの力は与えられるが、与える者は君が選ぶと言うの?」
「ガーゴイルと戦うためのギアです。人間同士が無駄に争うのは止めたい。おかしいですか?」
「『止めたい』か。いや、純粋だね」
テスタロッサはギロリと眼鏡の奥の眼を光らせる。
ん、まずいこと言ったか?
「ところで、皇帝はフェルナンド皇子と私が言ったとき、君はなぜ警戒していたのかな?」
しまった。
彼女の分析は嘘を見破るだけじゃなかったのか。
「ふーん。次代の皇帝については本心だったんだけど、私はまだ知らないことがあるらしい」
バレてる。
「デザート食べないの?」
あ、味がしない。
思えば、この人相手に隠し事なんて大甘だった。
慌てるおれをおもしろいものを見るように眺めるテスタロッサ。
「ねぇ、一口頂戴」
「あ、はい」
震える手。こぼれるクリーム。
「あ、もう。垂れちゃったじゃない!」
「す、すいません」
胸元に垂れたクリームをブラウスのボタンを外して拭う。
淑女の痴態に、思わず周囲にいた男性は目を逸らし、逸らさない男の眼はデート相手の叱咤を受ける。
そんな中、おれは彼女の胸元を凝視していた。
艶やかな光沢と曲線美。
目を惹かれてやまない。
何と言う芸術だろう。
それを手に取ってみたい衝動を必死にこらえた。
「そんなに凝視しちゃって。もしかしてわざと?」
「違いますよ。でもぼくだってお年頃なんだから仕方ないでしょう」
見覚えがある形の技工を凝らした金属細工。
チャームではなく、徽章。
それも皇族のもの。
見覚えがある。
「ふふ、私の事ちょっとはわかってくれた?」
ルージュ皇女親衛隊。
彼女は味方だ。
そして、それを明かしてくれたのはおれが味方だと認識したということ。
「天才研究者に、元解体工のナイト。それに私。駒はそろってるだろう。一体何に備えているの?」
「帝国の危機ですよ」