23.ダイダロス
アリステラ嬢はもらわなかったが、お金はもらった。
それにテスタロッサに売った信号装置でかなりの額が手に入った。
問題はグウェン。
彼女は最近、頻繁に貴族から誘いを受けている。
かん口令が敷かれても、信号装置の噂は広がっていた。
その開発者がグウェンということで注目を集めていた。
おもしろくないのは先端軍事技術開発研究所――通称『技研』だ。
ここは軍関係の兵器開発をする、いわば軍事工学課の就職先。
彼らは学生にギアの今後の運用進路を左右する根幹技術を確立され、面目を潰されたと妬んだ。
気持ちは分からないでもないが何を血迷ったのか兵学校に押しかけてきて、研究内容を明け渡すように迫った。これは予想外だった。
「技研所長のコーディ・アルサロスである。こちらで重要な軍事機密が流出していると耳にしている。ゆえに証拠品は押収させてもらう。学生にも同行して、聴取に協力してもらう」
というような強気の態度で強引にグウェンとその研究を持っていこうとしたらしい。
力のある貴族を動かし、その名を振りかざして有無を言わさずだった。
軍兵学校は国立なので、お上に正式な認可を出されては断れない。
「ああ、なんで私が!? グリム君がつかまってくださいよ!!」
「なんでぇ? ぼくは何も知らない、技術屋だよぉ。研究者は君だろぉ?」
「うわぁ、ひどいよこの子」
真面目な話、グウェンから情報が洩れても問題はない。
その方が、彼女の名が上がる。
技研は遅かれ早かれグウェンという天才に喰われるのだ。
「君がグウェンか? 聞いていたより……その、くさっ! 何の匂いだ!!」
「え、臭いですか? 水浴びしたのに」
5日前とかにね。ギアをいじっていれば汗かくし煤まみれ油まみれになる。
「さては学校側が偽物を用意したな!!」
誤解が解けるまで時間がかかった。
所長は日を改めるとか言って退散。
「良いか! 最低限の身なりは整えておけ! 風呂は毎日入れ!! 不衛生だぞ!!」
しかし、そんなことにはならなかった。
風呂の件でない。
テスタロッサが潰した。
『グロウ』の開発以来停滞している軍事技術に焦ったのだろう。ああいう組織の長にはなぜか無能が就くことが多い。
利権獲得のため、無茶なことでもしていたのだろうか。所長は汚職が発覚。
実刑を受けることになった。
「よかったね、グウェン」
「良くないですよ。私、臭いから連行回避したみたいになってます」
「実際、そうじゃん」
「……」
今回の件はさすがに身に染みたのか、風呂には入るようになった。
「それで、グリム君はどうして私を身代わりにしようとするんですか?」
「なんのこと?」
「むー、さすがに気付いてますよ! 私を目立たせて自分は影をひそめる。グリム君の方が天才なのに!!」
「……まさに今回みたいなことが起こるからだよ」
「今回って、でも、学生が技研に呼ばれるのは結構すごいことだし」
「そうじゃないよ。ぼくは異人だから。グウェンとは違う。きっと君なら向こうに連れていかれても帝国人の天才として利用されつつ、実績で認められた。でもぼくはウェール人だ。ぼくの思いついたことが全部奪われる。最悪、情報をもらさないように命だって狙われるかもしれない」
「そんな……」
一番の心配はフェルナンド。
奴におれの計画がバレたらこれまでの10年が無駄になる。
だから、一番大事な研究は兵学校にも秘密だ。
『ダイダロス』
全く新しいギアの開発。それを密かに進めていく。
◇
誰もいない場所でおれはグウェン、マクベスと共にこっそりとそれを稼働させる。
と言っても、まだ1割程度しか完成していない。見てくれは普通のオームだ。
「よーし」
「グリム君、何やってんの?」
「何って、ギアを廻してんだ!」
「『廻してんだ!』じゃなくて……なんで君が装着してるんだよ」
マクベス君はおそらく遠回しに早く脱げと言っているのだろう。だが、おれも遊びでギアを装着してるわけじゃない。『ギア×マジック』の世界に来たからにはギアを思いっきり動かしてみたいという衝動が無かったわけではないし、自分にも少しぐらい動かせるだろうと試してみたことは10回や20回ではない。だが、今回のこれは話が違う。
「マクベス君、今から始まるおれの正しすぎる主張に泣いて謝りたくなかったら、その呆れた顔をやめた方がいいぜ」
「いや、量産機に不慣れな人間が使ってみるのは必要だろうけど、全く扱えないのに」
「それ以上言うな。整備士だった少年が突如自分にピッタリの機体を手にすることでエース級に覚醒っていうのはお約束なんだよ!!」
「ああ、正しすぎる主張って言うか、ただのグリム語じゃないか」
確かに、おれはエンジニアタイプ。
機士タイプではない。
状態検知でもおれの機乗力は0だ。
だからと言ってあきらめるのか? 試さずに?
挑戦は必ず道を拓く。
「さぁ、本当の物語はここからだ!!」
うわぁぁぁ!!!
怖い怖い怖い!!
身体が重い。全然動かない。あ、あ、あああ暑い!!え? 何だ、首……なんか首とかすごい痛いぃぃ!!
「うわぁぁぁん!!」
「あらら、よーしよーし。怖かったですね~」
「だから言ったのに」
「ぐぅ、ダイダロスならいけると思ったのに……」
「いや、動かしたのほとんどおれだったけど……」
まだ実験段階だがダイダロスはこれまでのギアとは全く異なる設計思想で動力炉から感応機、フレームが新造されている。
最大の魅力は、複雑かつ繊細な操作の一部を機士本人や内部の記録基幹の補助以外に行わせるサポートシステム。
死ぬかと思った。マクベスはいつもあんな感じで動かしてたのか。ほんとに同じ人間か?
「あの、グリム君。真面目な話、マクベス君のサポートをグリム君がやればいいんじゃないかな?」
「わかってるわいっ!!」
「わい?」
このサポートシステムの魅力、それは機士一人では賄えない高出力の拡張装備運用にある。
このダイダロスシステムがゆくゆく、ギアを空に飛ばす。
「じゃあ、真面目にやろう」
「うん」
「グリム君、お願いね」
マクベスが乗った機体から離れ、もう一機のギアを操作する。装甲と脚や腕が無く、胸部ハッチもつけていない、サポート専用管制機だ。
バイザー視覚装置連動よし。
無線通信感度良好。
腕部マニュピレーターの代わりにグリップハンドルとレバー。解体重機のパーツの寄り合わせ。
マクベスが動く。すると視界が動く。
集中だ。真面目にやる。バイザーの視点と目視でタイミングを計る。
マクベスの動きに合わせ、おれの魔法を使う。
《飛ぶぞ!!》
機体が助走をつけた。サブ動力へとシフト。ジャンプ機構、今!!
信号増幅装置を介し、おれの魔力がマクベスの機体へと送られた。
機体は闇魔法『反重力』で軽量化し、機体限界よりはるかに高く飛んだ。
「う、ううぅぅぅぅっ!!! し、姿勢制御ぉぉ」
《あ~問題ない。でも、外さないでくれよ》
落下時の視界はまるで墜落。着地でもう一回だ!!
全魔力を注ぎ『反重力』
ギアの超重量でも、オーム機体内の魔力増幅装置が上手く働きおれの能力以上の効果が出た。
マクベス自身は身体強化を連動させ、機体を強化。
オームは上空から無事着地した。
「うぷぅ」
「グリム君大丈夫ですか?」
「大丈夫、酔っただけ……」
とりあえずは成功した。
あとはこれをブラッシュアップし、実戦で試す。