22.5 アリステラ
伝統ある高貴なる家柄。
ロイエン家。
その当主の一人娘であるワタクシの夫には高貴で、力のある貴族が相応しい。
社交界に出れば、ワタクシには男性がすり寄ってくる。
身の程を知らない、高々騎士爵、男爵家の子息たち。有象無象。
どうしても顔と名前が覚えられない。
名のある軍人の息子。
力のある高官の息子。
これといった人がいない。
みんな、話してみるとただの子供。
私と話して見せる反応は同じ。
ああ、まるで人形のように可憐ですね~、ですって。
聞き飽きた。
馬鹿ばかりだわ。
いっそのこと皇族なら違うのかしら。
お父様は伯爵。
あり得ないことは無い。
「アリステラ、お前に会わせたい者がいる」
「どんな方ですの?」
「ウェール人だ」
「……ああ」
新しい庭師か馬屋番かしら。
「彼は今、ウェールランドにいる。いずれ帝国で要職に就くだろう。なので、ロイエン家として彼を援助していく。ゆくゆくはお前の婿にと考えている」
お父様が乱心された。
医者を呼んで看てもらうことに。
お母さまは卒倒。
医者……
聞けば、おじいさまのギアを直したという現地民。
すこぶるどうでもいい。
私はその話題の時は席を外し、いつしか忘れていたわ。
三年後。
ロイエン家は窮地に。
寄り子の騎士たちがあっという間に賊に討ち取られて領全体が危険に。
戦況は最悪。
敵は正面からの戦いを避けて、常に奇襲・即撤退を繰り返してきた。
新聞にロイエン家が載った。
戦況は深刻。
生まれて初めて死が迫る恐怖を感じた。
そこに、帝都から援軍が現れた。
城から見たその援軍はたった二機のギア。
「まさか、帝国軍はロイエン家を見捨てたというの……?」
社交界では調子のいいことを言って私の機嫌を取っていた男たちは現れもしなかった。
「ウェール人?」
場違いな少年が一人。
彼は傍にいたリザ・ハーネット卿に指示をしていた。
彼女は帝国でもルージュ皇女殿下に次ぐギアの使い手。それに女の私からみても美しい。
「何者?」
戦況はすぐに動いた。
毎日報告される快進撃。
参謀室は歓喜に包まれ、地図のレッドラインはみるみる小さくなっていった。
「ぐわぁぁぁ」
戦地から帰還した兵の悲鳴。
ギアが変形して脚が挟まっていた。
「斬るしかない」
城に持ち込まれた生々しい光景を通りがかりに目撃してしまった私は怖気付き、何も出来ずただそれを見ていた。
「ああ、いえ、ここをこうして」
ウェール人の子が、専用工具で迷いなく裁断。切ったのは脚ではなく、内部のフレーム。兵士の身体は変形したギアから解放された。
「フレーム内部の癒着を見えない位置から」
「おお、やるな坊主!!」
「あ、ありがとう」
気位の高い機士たちや気難しい技師から信頼されていた。
「あの子は何者?」
「グリム・フィリオンでございますお嬢様。カール様のギアを修繕した整備士見習いです」
「ああ、彼が……」
「そして、彼はお父上様とこの領地をお救いになりました」
どういう意味?
「ギアでの無線通信は不可能でした。その信号送信の方式はガーゴイルの生態器官の模倣だったからです。使えばガーゴイルを呼び寄せるとともに、ガーゴイルの声がノイズとなり会話はままなりませんでした」
「まさか」
「はい。前線の軍と城の参謀室は通信をしております。敵の策略はことごとく戦略で無力と化し、地力ではるかに勝る討伐部隊が存分に戦力を生かし敵ギアもどきを駆逐しております」
彼が来るまで苦戦していたのに。
まだ子供なのに、たった一人で戦況を覆したというの?
窮地から三日。
危機を完全に脱していた。
お父様が帰還された。
「グリム、大きな借りができてしまったな」
「ロイエン卿、御無事で何よりです」
それだけ……?
お父様はグリムをほめたたえるわけでもなく、グリムも何かを求めることは無かった。
それどころか、グリムは戦場から戻ってきたギアの整備に明け暮れた。
「ちゃんと20基回収するんだよ。残したらそれを巡って戦争が起きかねないわ」
命令していたのは情報局の高官。
「抜かりはありませんよ。代わりにこのダミーを付けてます。指向性の拡大音声を流すので、これで言い訳もできます」
「あら、素敵。というか、これはこれで使えるわね」
城ではその装置がその後盗まれる被害があった。
まるでそれが戦場で使われたと知らしめるように。
情報局のかん口令はその後に敷かれて、さも盗まれたものが本物かのような事件になった。
情報局の隠ぺいを見越していなければ、あんな偽物用意できない。
その働きぶりは非の打ち所がない。
それにしても、どういうわけ?
ずっと見ているのに、グリムは一度も私に見向きもしないわ。
普通なら目の端に私を見かけたら、気にして近寄ってくるものよ。
まるで私が見えていないみたい。
私は作業をしているグリムの視界に入ろうと工場にいた。
「……そんなに機械いじりが楽しい?」
「うわ、人形がしゃべった」
人間とも認識されてなかった!?
「だめだよ~。勝手に入ってきちゃ~。どこの子?」
ここの子よ。ずっと住んでるわよ。
「ワタクシはアリステラ」
「ぼくはグリム」
グリムはワタクシをギアが見たくて侵入してきたと思ったらしい。
「仕方ないな~。特別だよ」
まるで同志を見つけたかのように目を輝かせてギアについて語り始めた。
その眼はこれまでのワタクシに言い寄るどの男とも違った。
「生き生きとしてますのね」
「そうだね、ギアはある意味生きてる。感応機と増幅装置と鉄でできてるけど、人の残留魔力が鉄と呼応して反応が早くなる。記録されるんだ。意志がね」
「いえ、でもそうなのね」
「魔法を記録する器官は脳のようなものさ。近い未来、ギアは自分で考えて行動するようにもなる。つまり、これは新たな命の幕開けだ。さしずめぼくは鋼鉄でできた赤ん坊のシッターさ」
「それってガーゴイルなんじゃ……」
「それは、造る人の善悪次第。正しい倫理観と思いやりがあれば、それは人を救う存在になる。いずれはそれを人々は神と呼ぶ」
「神……?」
「あと66年ぐらい先。場所はグラストフォークの片田舎。村の少年が壊れたギアを見つけて直す。それは少年の友人となるんだ」
事実を語っているように見えた。
そんなこと誰も想像すらしていないであろう未来。
この人は、他の誰とも違う。
見えているものが違うんだ。
気になる。
この人にワタクシはどう見えているの?
「ねぇ、グリム。ワタクシの未来はわかる?」
「え? 知らない。いや待って……」
グリムはワタクシの顔をじっと見つめた。
「やっぱり知らないな。こんなに可愛かったら原作で人気あるはずだから覚えてるはずだし」
「か、可愛い?」
「え、うん。どうしたの、顔が赤いけど」
わざと?
いえ、ウェール人の子供にお世辞を言われた程度でこのワタクシが照れるわけがありません。
このワタクシが……
「随分仲良くなったようだな」
「お父様!」
「え? じゃあ、ロイエン卿の……お嬢様でしたか」
夕食を共にすることに。
グリムはあのきらきらとした眼で話すことはありませんでした。
ワタクシがロイエン家の娘だとわかったから?
ワタクシとの婚約がそこまで嫌なの?
「お嬢様と婚約する理由がありません。ぼくはここに来て、何もしていない。そういうことになるので」
「そうか」
お父様はあっさり引き下がった。
グリムが立つ日。
「ワタクシ、ギアについて勉強します」
「それはいいことです」
ロイエン家を救った彼はただの整備士として帰って行った。
「グリムが気になるか?」
「はい……」
お母さまは狼狽なさっていらしたわ。また医者を……
「お前には男を見る眼がある」
縁談や社交の場にワタクシが興味を持つことは以降ありませんでした。
相手はもう決まっていますもの。