21.5 リザ
私には忠誠を誓ったお方がいる。
スカーレット皇女殿下。
彼女がまだ10歳のとき、私は彼女の騎士になった。
「リザ、私はお姉さまみたいになりたいわ」
「はい、姫様。きっとなれます」
ルージュ皇女殿下。
同世代であれほどのギア廻しができる者を私は知らない。
殿下には誰もが憧れていた。
しかし、スカーレット姫にはルージュ様のような才能が無かった。
ギアに乗る者に求められる戦闘系のスキル。
彼女にはそれが無かった。
真っ直ぐな姫様はそれでもあきらめなかった。
その姿勢は多くの敵を作り、疎まれた。
私は姫様にお仕えしながら何もできなかった。
そんな彼女を変えた者がいた。
グリム・フィリオン。
異人の名誉市民。軍事工学課程の学生。
一体、この者がどうしたというのか、姫様はグリムを優遇した。
実習機のメンテナンスまで任せることに。
「姫様、あまり根をお詰めになられない方が」
「いいえ、私はまだこの機体の性能を引き出し切れていないわ」
「姫様……」
姫様のギア廻しは格段に向上していた。
その反面、絶えずおつらそうなお顔をされるように。
「やはりあの小僧に任せるのはやめるべきだ」
「姫様のご負担は増えるばかりです」
「そもそも、あの者には姫様に対する畏敬の念が足りん。ハーネット卿、そなたもそう思うであろう?」
「私は―――」
姫様が同年代のものと気兼ねなく話しているのを初めて見た。
あれほど必死な姫様も。
ただ―――
「視線が、気持ち悪い」
なぜか、初めて会った時から私を見つめてくる。
不躾な視線。
「ああ、卿に気があるのだろう」
「そうかしら? あれはなんだか別の感情なのでは?」
「観察されていたな。ルージュ殿下がスカーレット殿下を見守る時と同じだ」
私は見守られているのか?
印象が変わったのはマクベスを連れてきたときだった。
姫様は『オーム』ではなく皇室専用『カスタムグロウ』だったにもかかわらず、相手の『カスタムグロウ』を攻めきれなかった。
マクベスはまだ18歳。
それも機士ではない。
マクベスにつられ、姫様のギア廻しも上達していった。
マクベスは大した男だ。
あれだけの才覚はそうはいない。
その彼が、グリムの言うことには絶対従う。
「テスタロッサ上級情報官」
「リザ卿。何が知りたいのかな?」
「あのグリムという少年のことだ」
私は仲間の伝手で彼女と接触した。
情報将校の中でも皇帝に近い位置にいる、情報部でもかなりの権限を持つ人物。
噂では相手の嘘がわかるらしい。
「フリードマン少佐を知っているだろう?」
「ええ。そういえば試験の時もクライトン家のご令嬢の護衛についてましたね」
「もうわかるでしょう」
「……やはり、あのカルカドの英雄のギアも」
私が平民出身者に尊敬の念を抱いたのは彼が初めてだ。
その功績は華々しく、勲章の数もさることながら、助けた仲間の数も多い。まさに英雄。
試験場で見かけたときは、高揚を覚えたほどだ。
「しかし、一介のエンジニアになぜ……」
姫様も、彼が担当技師になってからみるみると腕が上達した。
マクベスは素人とは思えない動きを見せていた。
経験不足を補うだけの力をもたらしていたのがギアだとしたら……
「彼はなぜ皇帝の命で名誉市民になり得たのか。なぜ異人である彼にロイエン家が後押しをするのか、なぜこの私が彼と定期的に情報交換に出向くのか……教えられるのはここまでですね」
「待って。なぜそこまでの能力がありながら学生に?」
「それは私も知らないから。本人から聞いたら私にも教えてね」
その機会は訪れた。
ロイエン伯領の危機に際し、彼が自ら動いた。
「姫様、グリムの身柄を保護する役目を私にさせていただけますか?」
「……別にいいわよ。私に許可を取らなくても、リザの私情に口は挟まないわ」
「私情ではありません」
新聞でロイエン伯領の戦況が報じられてすぐに、グリムは画期的な装置を開発、製造、準備していた。
「リザさん、あなたのギアにも組み込んでも?」
「ああ」
その手際はさすがのもの。
機能はもっと。
《聞こえますか?》
「ああ、聞こえる……」
ギアの内部に居ながら離れた相手とクリアに会話ができる。
「これは大丈夫なのか? ガーゴイルの生態だろう」
《全くの別物ですよ。信号の波長をチャンネル化して変えてるので同期することもありませんし、特定はできません》
「一から造ったのか?」
《通信の基礎技術は元からあったんですよ。暗号化はグウェンがしたので、ぼくはパーツを組んだだけです》
これだけのものを造り、自慢もしない。
ここが異質だ。
たった一つの装置。
それだけでこの少年は戦況をひっくり返した。
ギアの小隊の連携は大幅に増す。
いや、後方の遠距離支援も組み合わせれば、その戦力は数倍にも膨れ上がる。
テスタロッサの問いの答えが分かった。
グリム・フィリオンは化け物だ。
技術者が一生を捧げて編み出す成果を、数日で形にして、技術の進歩で10年先にいる。
敵組織は成す術無く壊滅した。
「リザさん、この装置のことは秘密にして下さい。もちろん、ぼくが関わっていることも」
「なぜだ?」
「情報部が買うそうなので。バレたらぼくの命が狙われてしまいます」
「マクベスがいるだろう」
「マクベスはぼくの護衛じゃありません。彼はいずれ機士になる男です」
「なら、私が護ってやろう」
「え?」
「姫様の護衛のついでだ。お前に何かあっては姫様のギアを見るものがいなくなるからな」
おそらく、グリムは他にも何か研究し、製造しているだろう。
通信装置のことは口止めしている体でバレる前提。
何か隠しているのは通信装置を造ったことだと思わせたいからだろう。
これ以上何を生み出すのかは分からない。
だが、傍で見張る必要がある。
帝国に利をもたらすか、害を成すか。
それは、もはや彼個人の意思とは無関係なのだから。
「ぼく、リザさんの手作りお菓子が食べたいな」
「ああ、作ってやるさ」
「え!」
どこまで本気なんだ。
まぁいい。
私の本当の役目は、スカーレット皇女殿下の周囲にいる人物の査定。裏切り者、異分子のあぶり出しと報告だ。
グリム・フィリオンについてはあらかじめ、報告しておくべきだろう。
私の仕える主、ルージュ様に。