18.5 マクベス
彼は急に現れた。
それで、いきなりおれに機士にならないかと誘ってきた。
おれはギアに触ったことも無い。
せいぜいガーゴイル解体用の重機の操縦程度だ。
「冗談は止せよ。それにおれには無理だ」
おれは会社の所有物だ。
おれに仕事を選ぶ自由なんかない。
逃げようとすれば見せしめに殺される。
おれたちは奴隷だ。
一生、そうだと思っていた。
「ガーゴイル違法取り扱いで全員拘束する」
急におれたちの所有者が逮捕された。
そりゃ、違法なこともしていたが急にどうして。
「ガーゴイルの規制は高まっている。お前はガーゴイルの器官を廃棄せず横流しした」
「うちだけじゃない。どこだってやってることだ! 研究に使うと高く買い取ると言われたら売るでしょう!!」
「それは違法だ。安心しろ。貴様の解体所は国家の監視付きで営業される」
「そんな横暴だ!! 事業をかっさらうってことでしょう!!」
こんなにうまい話があるか?
厄介だった雇い主が逮捕されて、おれたちはそのまま働ける。
「お前はこっちだ」
「え?」
おれだけ連行された。
「待ってください。なんでおれだけ?」
「黙って来い」
逃げようかと考えたがどうしておれの連行なんかに何人も軍人が?
連れて来られたのは兵学校だ。
「や、お勤めご苦労様でした」
「君は……」
グリム・フィリオン。何となく察した。
「じゃあ、確かに届けたよ」
「ありがとうございました。テスタロッサさん」
「礼はいらないさ。これは貸しだからね」
おれは彼によって解放された。
それからギアに乗せられた。
「仕事は単純。ギアをめいっぱい動かす。それだけ」
「いや、ギアなんて動かしたこと無いぞ」
「いいからいいから」
説明も無く乗せられた。四肢をすっぽり着込むように金属を纏う。身体に密着するが意外と苦しくない。
青い機体。
これは貴族が乗るグロウカスタムってやつだ。
おれみたいなやつが乗っていいのか?
「これは……」
立って歩いてみる。
思ったより簡単だ。歩幅が変わるだけで普通に歩くのと変わらない。
むしろ重機の操縦みたいに複雑なレバー操作が無い分、感覚的に操作できる。
生身で動いているのと変わらない。
「なんだ、結構単純なんだな」
適当に動かして感覚は掴んだ。
手先でシフト、足先のグリップブレーキ、難しいのはそれぐらいか。
視界がすごくクリアで見やすい。
望遠と勝手に情報が表示される機能。
いつの間にか周囲に人が集まっていた。
おれは機士でもないのに乗っていていいのだろうか。
「誰だ、あれ? あんなやつ機士課程にいたか?」
「君、機士課程の学生だろ? 名前は?」
「なぁ、このカスタムグロウはどうしたんだ?」
いきなり何なんだ?
ガイナ人にこんな話しかけられたのは初めてだ。
それも、どこか親し気な気がする。
何か勘違いしてるのか? おれはスタキア人なんだぞ。
「マクベス君、それじゃあ、今度は本番だ。挨拶がてら行くよ」
「どこに? あいさつって?」
説明もないままおれはデカイ建物に連れていかれた。
中は貴族街の広場みたいに噴水があって、庭樹が植えられている。
その真ん中にポツンと白い円卓。
自分が場違いなところに連れて来られたことに気が付いた時には円卓を囲む軍人たちににらまれていた。
「姫殿下、連れて参りました」
おれはグリム君を恨んだ。おれを自由にしてくれた恩人だと思っていたのに、皇族のおもちゃになるなんて聞いて無い。
皇族に逆らってみろ。即死罪だ。
けどおれは何が皇族の怒りに触れるかも知らない。
おれはすぐにその場に跪いた。
「え? そんなかしこまらなくて良いよ?」
言っているのはグリム君だ。
ほら見ろ。
軍人たちは良いって顔してないじゃないか。
「グリム、そのスタキア人なの? 随分大掛かりなことをしたみたいだけど」
「マクベス君です。彼は姫殿下の良い相手になると思います。ああ、もちろん、そういう意味ではありませんよ」
ヤメテクレ。死ぬ。
「分かってるわよ」
何の会話をしているのかわからない。
「早速試してみますか?」
「そうね。スタキア人、お前に私の相手が務まる実力があるなら来なさい」
まさか、おれの仕事はギアに乗って皇族の相手をすることか。
勝っても負けてもおれは殺される。
隙を見て逃げよう。
「おい、スタキア人」
「はい!」
軍人に話しかけられた。
「グリムの推挙など我らは納得していない。もし少しでも期待外れなら即刻出て行ってもらう」
「はい」
おれだって好きでここに居るんじゃない。
グリム君をにらむと彼は余裕そうに笑っていた。
「どうなってるんだ、これは?」
ギアを使った簡単なレース。
障害物をよけて走る。ただそれだけだった。
「こんなもんか?」
前で走る皇女殿下。
その動きを見て、真似してみる。
なるほど、曲線に沿って動くのはシフト、ブレーキ、それにジャンプ機構を使うのか。
ギアは重くて鈍いのかと思ってたけど、魔力で増幅された力が原動力になっているから生身よりずっと早く動ける。
「すげぇぞ!! あの『カスタムグロウ』!! スカーレット様について行ってる!!」
「ジャンプ機構を使ったブースト走行で、あの安定感……機士は誰だ?」
「リザさんだろ? あのスピードでケツ振らねぇ走りは」
「またコーナーで張り付いたぞ!!」
「ブーストかけたままグリップドリフトで曲がった!」
「なんて超絶技巧だ!! 追い上げてるぞ!」
なにやらすごい盛り上がってる。
こんなの、機体がすごいだけだ。
誰がやってもできるだろ。
そうだ。
おれみたいな素人をわざわざ呼び寄せたのは、このギアの性能を分からせるためか。
動かすごとに身体に馴染むのがわかる。
帝国が強いわけだ。
こんなものが量産されてたんじゃいくら模造ギアを使っても勝てるわけがない。
ゴールまで後ろに張り付いた。
「ははは!! 私の勝ち――!!!」
皇女殿下がおれに話しかけてきた。
「は、はい。参りました……」
「いや、お前も大したものよ、マクベス」
「え?」
聞き間違いか?
今、皇女殿下に名前を呼ばれた。不機嫌そうだった声と違って明るく、楽し気な声だった。
確かに、彼女は笑っていた。
思わず皇女の顔を見て眼が合ってしまった。
「これからもよろしく頼むわね、マクベス」
「は、はい」
彼女が『悪逆皇女』と呼ばれていることを後から知った。
おれの中の価値観や評価、自分の存在価値すらも一変した。
おれは機士に向いている。
そして、グリム君はただの変わった少年では無かった。
おれは歓声の中、ひたすら一度見たスカーレット皇女殿下の笑顔を思い返していた。