16.5 スカーレット
ギアを用いた障害物レース。
悪路に立ち並ぶ障害物の岩や壁、それらを避けながら、ゴールまでのタイムを競う。
「こ、これは、早い!!」
「ちょっと待て! これ最速記録じゃないか!?」
「スカーレット皇女殿下が記録を更新なさったぞ!」
「さすがはあのルージュ皇女殿下の妹君だ」
この日、私は絶対に敵わないと思っていたお姉さまの記録を抜いた。
こういうのを眼が開くと言うのかしら。
これまで私の周囲にいた人間の目的。
カザック。優秀な軍人だがギルバートお兄様の手駒。私が機士として大成しないよう見張っていた。
ルート。情報局からの監視。
アーディット、マリー、フランソワ、オードリー。
皆私が『悪逆皇女』であることを望んでいる連中。
たった一回。
その一回の成功で、彼らがどちら側か分かった。
期待外れの顔。
母がいつも私にしていた顔。
「少しは喜んだらどうですか、殿下」
「え? リザ、なんで泣いてるのよ」
リザ・ハーネット。
ルージュお姉さまの同期で、ライバルだった機士。
彼女が私を導いてくれた。
そんなリザが、泣いているのを見て今までどれだけ彼女の期待を裏切ってきたのかわかった。
「ありがとう、リザ。今までごめんなさい」
「うぅ、姫様っ」
いつもきれいで無表情な彼女の顔が、ちょっとおもしろくなっていた。
「う゛ぅぅっ!!」
「え……グリムはなぜ怒ってるの?」
いつも感情が読めない無表情な彼が野犬のように恐ろし気だった。
「右脚のフレームが歪んでるぅ……ぅぅ」
「あ、そ、それはしょうがないでしょ! 利き足なんだから」
「左コーナーは左足で踏ん張って下さいね!!!?」
「う、うるさいわね……わかったわよ!!」
この無遠慮なウェール人は何だかわからない。
ガイナ人以外は凶暴で話の通じない蛮族だと思っていた。
そう思わされていた。
けれど、グリムは私よりはるかに頭がいい。
ギアを見るだけで私が何を考えているか理解してくれる。
初めて出会った時、彼を落とそうと画策した。
今では悪いことをしたと思っている。
それが悪いことだと思えるのは努力を知ったから。
その実力は他の追随を許さないほど圧倒的。
ルージュお姉さまの記録を抜いたものの、私がさほど手放しで喜べないのはそれが理由。
おそらく、お姉さまが訓練生だった時にはグリムほどの技師はいなかったでしょう。
「グリム、この記録はお前の力よ。誇っていいわ」
「姫は左ターン練習しましょうね」
「しつこいわね」
でもそんなことはどうでもいい。
とにかく今は毎日が楽しい。他人を貶めなくても良いと知った。自分が成長できると信じられる。認めてもらえる方法が分かった。
「次は超絶技巧、『クイックスイッチ』とかやってみようかしら」
「いや、左脚でコーナー曲がれるようになって下さいよ!!」
「わ、分かってるわよ」
「口とがらせてもダメー!! できてないから!!!!」
グリムが担当技師になってからというもの、毎日怒られている気がするわ。
「おい、あのスカーレット皇女殿下に口答え?してるぞ……」
「命が要らないと見える」
「暗殺されるんじゃねぇ、あのウェール人」
しないわよ。
確かにグリムの口調は日に日に無遠慮になって、今では口を開けば私を怒る。
けど、悪い気はしない。
私ならできると確信しているからこそ。
必要だとわかっているから断言できる。
そして、グリムが仕上げるギアは感触が素晴らしい。
彼の一流の仕事に対して、私はまだ二流。
「あと実習機の『オーム』でいくら早くても『グロウ』での実戦とは全然違うんで調子に乗ったら駄目ですよ」
「分かってるわよ!! 少しは遠慮しなさいよ!!!」