16.専属技師
専属整備士。それは機士課程の候補生たちが軍事工学課から非正規に自分の実習用ギアを優先的に見るよう依頼をする、一種のバディ契約だ。
おれの元にも何人か頼みに来る人がいた。
おれが実習中に動力炉のセッティングまでやったことが噂になったようだ。
しかし、おれは断った。
おれとしてもギアを定期的に見るのは経験になる。
しかし、そこらの訓練生のギアは整備でどうこうなるレベルではない。
今はグウェンと研究をメインにやった方が有意義だ。
「ちょっと来てくれるかしら」
リザさんにまた呼び出された。
嫌な予感がする。
「殿下のギアを見て欲しいのよ」
「ぼく、嫌われてますけど」
「あの実習中のこと、聞いたわ。大したものね」
美人に褒められるとうれしいものだ。
それが社交辞令とわかっていても。
「今年の2位に声を掛けたけれど、話にならなかったわ。上期生も同じ。この際ウェール人でも構わないと仰せよ」
「お断りします」
おれがきっぱり断ったことが意外だったのか、リザさんは言葉に詰まった。
「ぼくのような下賤の者は殿下の怒りを買うだけです。それに、訓練生のギアにそれほど整備の重要性を感じません」
「正論だな。私もそう思う。君が殿下に協力する理由もない。ただ―――彼女は」
リザさんが言いかけてやめたのが気になった。
原作でもスカーレットは傍若無人な問題児だった。
優秀な技術者だったフェルナンドが開発したギアの利権を盗もうとあれこれと画策していた。
「リザさんも脅されてるのかな」
おれは気になって実習機の格納庫にやってきた。
どうせたいして動かしてすらいないのだろうと思った。
「―――スカーレットの実習機は023番……023番……あれ? ないぞ???」
全訓練が終了している夜に来たのに、格納庫にギアが無かった。
しばらくすると023番のギア『オーム』が戻ってきた。
胸部ハッチが開く。インナーフレームの密着を解き、機体から腕を引っ張り出す。
上半身を這い出させハッチの縁を掴んで身体を持ち上げる。両脚を脱いで出てきた。
スカーレットだ。
■状態検知
・適合率 18%
・出 力 C【900/1600馬力】
・速 度 D【時速0-32km】
・耐 久 C【150/1200HP】
・感 応 E【0.32秒】
・稼 働 B【48分】
ずっと訓練していたのか。
スカーレットが立ち去った後、ギアを確認する。
特に動力炉の損耗がひどいな。
ばらして掃除。
オイルを全交換しなければーーーはっ!
しまった!
無意識にメンテしてしまっていた!!
「努力はするみたいだな」
そうしておれは夜な夜な彼女のギアをメンテした。
ギアを見れば彼女が何をしたいのか、どこが苦手で何が得意か手に取るようにわかった。
スカーレットは毎日訓練が終わった後夜に自主練をしていた。
彼女がギアを降りた後、おれはいつものようにギアのメンテを開始した。
「そろそろ動力はオーバーホールだな。いっそ交換か? V12動力炉なんて『オーム』には向いてないんだよな」
「へぇ、どうして?」
「V12は現行動力炉で『グロウ』のジャンプ機構に必要な瞬発力を出すために大出力なんですけど、『オーム』は鈍重ですから。無理に動かすとフレームにガタが出ますし」
「ならどうするのよ」
「理想はV8ですね。あれはバランスがいいんで。いっそ交換しちゃいたいです」
おれは誰と話してるんだっけ?
振り返ると彼女がいた。
「うわぁぁぁ!!!」
「黙れ」
殴られた。グーで。ひどい。
「お前だったのね。私のギアを勝手に……」
「それは殿下も同じですけどね」
「近寄るな、変態!!」
「いや、別に臭くないですよ」
「嗅ぐんじゃないわよ!! 蛮人が!! 殺す!!!」
「う、うわぁ、本気だこの人!!」
追いかけられた。
やっぱり厄介だ。
しかし力尽きたのか皇女は追うのを止めた。
「変態趣味じゃないのならどういうつもり? 整備を断っておいて」
「なぜそこまで頑張るのか気になったものですから」
「……お前には関係ないでしょう」
確かに関係はない。関わりたくもなかった。
自分でもよく分からない。
ただ、ギアを見たら動かずにはいられなかった。
「性格や立場に関係なく、ギアに真摯に向き合っている人のことは放っておけません」
「ふん、私の性格が何ですって?」
「ひょえ!!」
皇女は拳を振り上げる。
だがそれが振り下ろされることは無かった。
「まぁいいわ。整備して」
「はい」
整備を開始した。
動力炉をバラバラにした。
皇女は興味深そうにウロウロと観察する。
「そ、そんなにバラバラにして元に戻せるの?」
「V12エンジンはメンテナンスしやすいように最適化されてますので」
静かなガレージ内で皇女と二人、ギアを囲んだ。
彼女の顔は『悪逆皇女』の意地の悪い笑みではなく、年相応の好奇心と純真な反応に満ちていた。
「ルージュお姉さまに勝ちたいのよ」
「へ?」
「なぜ頑張るのか聞いたでしょう。お姉さまは『オーム』の障害物レースの記録を持っている。何か一つでもお姉さまを越えたいのよ」
なぜ気になったのかわかった。
原作では『悪逆皇女』はどうしようもない極悪の存在だった。
都合の悪い相手はすぐに処刑していた。
フェルナンドを正義と見せるための露骨な悪だった。
しかし、今の彼女はそこまでではない。
少なくとも目標に向かう直向さがある。
原作の開始時点からまだ3年前。
「そのためならウェール人の手も借りるというわけですか」
「リザに言われたわ。ルージュお姉さまは孤高ではなく才能を見抜き重用する器をお持ちだと。帝国の実力主義の理念を体現されている。確かに、ウェール人だからとお前を蛮人と決めつけて見下したわ。間違っていた。その……」
「そのお言葉だけで十分です。ぼくの方こそ、皇女だからどうせロクにギアにも触らないのだろうと決めつけてました。でも、あなたは誰よりも努力なされていました」
「知ったようなことを。ご機嫌取りは――」
「ギアを見れば分かります」
「……はっ? こんなもの努力の内に入らないわよ」
作業をして数十分。メンテナンスが完了した。
「もう終わったの? お前……もしかしてフェルナンドお兄様より上手いんじゃ……」
「試してください」
スカーレットがギアに乗り込む。
「す、すごい! 全然違うじゃない!!!」
「そういう殿下も機乗力ちょっと上がってますね」
■状態検知
・機乗力【近距離:4/10 遠距離:2/10】
・魔力量【B】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【ー】
・覚 醒【2/10】
「は? ちょ、お前、機乗力が分かるの!? 分析スキル持ちってこと!?」
「ええ、まぁ」
「な、なんで言わないのよ!!! 試験免除されるのに!!」
「え? そうなんですか? まぁ、秘密にしてるんで。あ、殿下もご内密にお願いします」
機乗力が【4/10】に上がっている。
なんて成長率だ。
「フリードマン並の成長速度です。さすがは『串刺し皇女』の妹ですね」
「と、当然でしょ!! 私を誰だと思ってるのよ!」
スカーレットは顔を赤くして分かりやすく照れていた。
きっとこの子には導く人が近くにいなかったんだろう。いや、間違った方へと誘導する奴がいたのかもしれない。
「ん、殿下、右にやや重心が偏ってます。金属パーツに癖がつきますので利き足、利き腕関係なく動くように意識してください」
「姫」
「はい?」
「私のことは姫と呼びなさい。グリム」
「仰せのままに。スカーレット姫」
どうやらおれは彼女、スカーレット姫の専属技師になったらしい。