128.5 フェルナンドII
人々の幸福と栄光には陰がつきものだ。
守銭奴たちの享楽、悦楽、愉楽のため湯水のように金が投入される一方で、その日食べるものに困るような貧民が口減らしで子を売り飛ばす。
奴隷商は禁止だが黙認されている。帝国と同じだ。
「買い手がいなくて困ってましてね」
私は売れ残っている少年を買った。
「しかしいいんですかい? この小僧、まともに口も聞けない上に、こっちの話も理解しちゃいないですぜ? 後で返品なんてしないでくださいよ」
「しないさ。また同じような子がいたら、私が買うからよく世話をしてやってくれないか?」
「変わったお方ですね。慈善なんて、ここじゃ流行りませんぜ」
慈善か。
おもしろい。
「おいで」
「無駄ですよ。目も合わせやし――あれ?」
少年は出てきて、並んで歩いた。
私が規則性をもって進むのを見て、真似をした。
彼らは言葉より数で話し、仕草で表現する。
「駒遊びをしようか」
「……」
外に出ると石畳を盤面に見立てた。
馬車に乗るころ、私が勝った。
「おやおやダ・ヴィエル様、またでございますか?」
執事風を装った老人が、呆れた顔をする。
「いいじゃないか、頼むよルイス」
馬車で城に戻ると、大広間に等間隔に置かれた作業机が並ぶ。その中央には、ラグが敷かれ、10歳から15歳の少年少女たちが、自分の作業に没頭している。
「みんな、新しい仲間だよ」
彼らの反応はまちまちだ。
声を上げる者、黒板に数式を書く者、目の前のパズルを並べる者……
「あぁーら、またなのねぇ、ダ・ヴィエル」
侍女風を装った妖艶な女が、呆れた顔をする。
「面倒を見てあげてくれ、リリス」
「……あたし、母親役やるためにこちら側に来たわけじゃないのよねぇー」
私にたどり着いた西大陸の魔女。年齢不詳。
同志では無く油断ならない協力者といったところだ。
「あなたがいてくれて助かってますよ」
一人、また一人と子供を引き取っているのには理由がある。
数学的センスに年齢は関係ない。
彼らは、その稀有な才能を見出されなかった者たち。
一人一人は私やグリム君の数学的思考と同等かもしない。
グウェンと同等の才覚を持つ者もいるだろう。
「いやいや、ダ・ヴィエルのやり方には頭が下がるよ!! いつも勉強になる、ありがとう!!」
従士を装った快活な青年が、真っ直ぐな笑顔を向ける。
「これぞ、救済!! 君こそ勇者に相応しい!! 君に付いて来てホントに良かった!!」
「声が大きいよ、ヴァリス」
スタキア人で、自称古スタキア王家の末裔。
「攫うか、殺せばいいのに、あえて回りくどい真似をするなんて!!! すごいよ君は!!」
ダイダロス基幹の通信システムに介入するには、ごく短時間での暗号解読が必須。ほぼ不可能だが、数学的暗号解読は閃きだ。
そして、いくら天才と言えども、人間である以上数式の組み合わせにはパターンが生まれる。
彼らの役目はそのパターンを解き明かし、通信システムを攻略することだ。
「ヴァリスの言う通り、命じていただければ仕留めて参りますものを」
「アハハ、女子供には手を出さないのよ。彼、紳士を気取っているから」
グウェンを殺すなんてとんでもない。
誘拐もダメだ。
「彼女は功労者だよ。対ガーゴイル戦闘の歩を進めてくれた」
「……なら『保護』致しますか?」
「そうじゃないよルイス。彼女のような才能を持った人間を埋もれさせていた実なき権威主義が延いては、属州を統治するという傲慢な体制を招いた。我々はそれを打倒しようというのだ」
ルイスは頭を下げた。
「短慮でございました。しかと肝に銘じます」
「そーね。帝国を打倒した後、必要な人材かもしれないわよね」
「そうか!! つまり君はグウェンが好きなんだな!!! それって愛じゃないか、素晴らしいよ!!!」
ヴァリスは馬鹿だがエースだ。リリスの見立てでは機乗力【近接15】、【遠距離12】。
まだこれから伸びる。
ルイスはギアでの高機動を確立したギア戦闘の第一人者。
元々遠距離砲台として運用が想定された『オーム』でアンカーボルトを用いたドリフト走法を始めたのが彼だ。背部放熱機構だった装甲展開をダウンフォースエッジとして利用し、高機動技も彼が生み出した。
彼の知識と経験、機士としてのセンスはヴァリスの成長に役立つ。
そしてリリス。無限の魔力を持つ魔女。
彼女は他人のスキルと魔法を学習する。
「今日も訓練か!!! 空っぽの人形には負けないぞ!!!」
ヴァリスの纏う専用機『ウォーロック』はグロウ系のパーツを流用し、高速戦闘に特化させた新型だ。
グロウ系より一回りスリムに設計した。
前回のトライアウトで、参加者の多くが小型軽量の流れに乗っていた。それらが採用されなかったのは軽量化による出力低下と機動力の横ばい、機体強度低下の問題をクリアできなかったからだ。
『ウォーロック』はそれらをリリスの魔法とスキルでクリアした。
そして、ルイスの戦闘技術を習得したヴァリスの戦闘パターンを基に、無人支援機を製造した。
『スレイブズ』だ。
究極の戦闘形態、それは機士という不確定要素を排除した形だ。
人間に合わせた個別のメンテナンスを必要とせず、最小限のサポートと操作で、戦闘に参加できる。
完全な無人機械。
それも、『アリアドネ』の『ミラーリングアシスト』のおかげだ。
北での戦闘で『白銀』を失ったが、あのデータが私にこの閃きを与えてくれた。
グリム君は私に再現不可能と思ったのだろう。
リリスの用いるスキルや魔法の信号波形を子供たちに解析させれば、記録晶石への複製モデルを設計できる。
あとは、それを実現できる製造技術。
私の仕事だ。
すでに、複数のスキルを記録晶石に落とし込むことに成功した。
「うおーっ!!!! 4体1を卑怯とは言わないぞ!!! おれは期待されている!!!」
『ウォーロック』の左右への高機動に、『スレイブズ』が回避しながら包囲。退路を塞ぐ。
一糸乱れぬ、完璧な連携を見せ、『ウォーロック』の背後を取る。
寸前のところで『ウォーロック』が回転して、体を入れ替え、包囲を抜けた。
「いい感じがしたぞ!!! おれはまだまだ強くなれる、ありがとう!!!」
まだ勝てないか。
当然だ。
あの『スレイブズ』四機を操作している従機士は一人。それも簡単な操作コマンドを入力しているだけに過ぎない。
「大分形になりましたな」
「ああ、機士と内装フレーム合わせ、重量100キロ前後を減量した。製造のハードルはむしろ低い。加えて、従機士は魔力供給とターゲティング、戦闘パターンのコマンド操作で、一人4機まで監督できる」
「ギアは作れても、機士の人数は限られますからな。しかし、これでもあの『串刺し皇女』には不十分だと?」
グリム君がいる。新型は『ハイ・グロウ』よりはるかに強力なものになるだろう。
これは数の確保にすぎない。最低条件だ。
あの二人を倒すには、信号解析による操作介入が絶対条件。
そして、戦略。
七大家それぞれに、火種を用意している。人質作戦が上手くいけばそれでよし。失敗しても信号パターンの解析は進む。
「ルージュ姉さんをおびき出すのは簡単だ」
彼女は己を完璧と自負している。
その傲慢な絶対の自信が、最大の弱点だ。
「うわぁーっと!! まだまだ!!!」
超軽量化を果たした『スレイブズ』を相手にし、ヴァリスの戦闘技術も上がっている。
中身のない無人機はそれだけ、動力炉の配置など、荷重バランスの自由度が高い。
切り返しは軽くてバランスの良い無人機の方が、早い。
なにより、超絶技巧に振り回される人間の限界に左右されない。
それに対応するヴァリスの戦闘パターンをさらに記録することで『スレイブズ』もさらに強くなる。
「問題は、記録晶石の組み合わせで起こる遅延と、命令コマンド介入時の記録補助誤作動、それと晶石の劣化か」
「実戦までに間に合いますか?」
「間に合わせるさ」
私はずっとパズルを子供たちに与えている。
記録晶石。
魔力の経路を記録できるこの石を三次元で組み合わせた構造体、それが記録補助となる。
破綻なく最短の経路を確立し、石の数を減らす。
遅延は日に日に短くなっている。
彼らはそれを遊びと認識して競っている。
誤作動は人間側の操作手順を新たに構築すればいい。
一番の問題は晶石の劣化だが、解決する方法には心当たりがある。
「グリム君がやっているのだから、私にもできるだろう。おそらく、重力魔法を用いることで生成時の劣化を減らす工法」
「さすがねぇー。やっぱりあなたに付いて正解だったわねぇ~」
人と物は揃った。
最後のピースは、場所だ。
『串刺し皇女』を葬る、最適な場所。
もう見つけてある。
手に入れるだけだ。
「ステート鉱山、あそこの反乱はどうなっているのかな?」
「労働者側のストライキが、今や武力闘争に発展。ステート家当主が拘束されたと」
「軍は?」
「静観しているようです。労働者側が作業用に使う『シェル』に手を焼いていると……まさか、ダ・ヴィエル様」
「経営破綻した鉱山の使い道を模索することもなく、労働者たちを騙していたステート公の自滅だよ。労働者側に同情して作業用『シェル』の使い道について、アドバイスをした人間がいたとしても不思議じゃない」
「アハハ! 同情なんて、冗談でしょう?」
ステート鉱山の利用価値ならある。
あそこは入り組んだ狭い都市構造のせいで、ギアでの軍事介入が難しい。
待ち伏せするにはもってこいだ。




