12.合格
農民から向けられる蔑視。それは貴族が人を見下すのとはまた違う迫力だ。
『異分子だ。出ていけ』
空気のピリ付きでわかる。
だが、おれは故障している機械を無視できない。
機械をいじることで心の平安を保ってきた。
まるで、機械いじり中毒だ。
「お前さん、ウェール人だろ。あっち行け」
「あ、はい」
しかし、怖いものは怖い。
凄まれて退散した。
少しトボトボと歩いていると背後から破裂音が聞こえた。
12.5径動力パイプが弾けた音だ。
「離れろ!」
おれはすぐに『重力場シールド』で耕作機を囲んだ。
衝撃が地面を伝う。
土が舞い、雨のように降ってきた。
「おい、みんな無事か」
「あ、ああ。何とかな」
「あのウェール人が?」
掘削機部分が弾け飛んでいる。
ローターが回転しないのに負荷が掛かり動力パイプが破裂したようだ。
「ちっくしょう……もうだめだ!!」
「どうすんだ? 他のだってガタが来てるんだぞ」
「何とか手作業でやるしか……」
「お、おい……」
煙を上げている機体と吹き飛んだパーツをかき集める。
「振動制御装置が機能しなくなっていたので、ローターに負荷が掛かっていたようです」
「……あ? 振動制御?」
「これ、直します?」
「は?」
みんなで屋敷に運び入れた。
「ギアの修理で使った工具や部品? うん、構わんよ。好きに使え」
男爵から許可も得た。
「はぇ~。お前さん、領主様に信頼されてるな。なんでだ?」
「あれ、直したんです」
シェルの話をしている間に部品の補修が終わった。
後は汚れを取りつつ、動作チェックしながら組み上げていく。
カチリ、カチリとパーツが組み合わさっていく。
あるべき形で。
いや、ここ詰まりやすいな。
おっと、メンテの時ここを開ければ簡単に……
頭の中に図面を引いて、再設計する。
「よし、できました」
耕運機。
試してみた。
「うぉー!! すげぇ!! 新品みてぇだ!!」
「前みたいな音もしねぇな」
「おい、おれにも乗せろ。何だこれ、ケツが痛くねぇ。乗りやすいぞ!」
好評。
「なぁ、最初会った時嫌な態度を取ってすまなかった」
「あ、いえ」
「おれらはウェール人を噂でしか、いや、他所んことは人から聞いた程度しか知らんのだ」
「そんなものですよ、誰だって」
「それに後ろめたい。おれらを恨んでるだろ。おれたちは侵略者だ」
「……それは、まぁ」
綺麗ごとを言う気はない。
だが、おれなりにわかったことがある。
「帝国が勝手に始めた戦い、とか思ってません。ウェール人のぼくが争いを継続させる、ってのも正しいとは思いません」
「……達観してるな」
おれが戦いを終わらせる。
ウェール人だからじゃない。
おれにはそれができるからだ。
そうだ……
おれにできることをしよう。
「なぁ、言い難いんだけどよ……」
一度直したら、あれもこれもと言われてしまった。
どうせ暇だ。
「いいですよ」
機械をいじっているのは楽しい。
でも、こんなのはただの現実逃避だ。
「いや~、買い替えようと思ってたもんがまさかこうもあっさり直るとはな。ありがとよ」
「単純な整備不良です。定期的にメンテナンスしてあげてください。そうすれば、これはあと10年は動きますよ」
「そうか。まだ若いのにすごいんだな」
「いえ。大したことでは」
「大したことだ。おれたちにとって耕作機は一生の買い物だ。これが無かったらこんな広い場所で収獲なんてできねぇ。収穫ができなかったら食い物は巡らねぇ。そういう意味では、あんたは今、命を助けたようなもんなんだぜ」
「はは、それは言い過ぎですよ」
「そうか? ははは、とにかく感謝してるってことよ!」
毎日を必死になって働く人はおれだけじゃない。
彼ら農民だって、命のやり取りを日々している。
一生懸命になってやってきたつもりだったが、おれは甘かった。
試験の内容について、もっと詳しく事前に調査することもできた。司令官や部隊長、みんなにもっと聞けた。
おれは遠慮していた。忙しいみんなにあれこれ聞くのは迷惑だと。
試験会場でも、おれは萎縮して周りが見えていなかった。
おれは自分の将来のために動いているのか?
違う。それなら、こうして農耕具を直しているだけでも暮らしていける。
もっと必死にならねばならない。
遠慮などせず、使えるものは使う。
「多少強引なやり方でも……」
◇
「通知が届きましたわ!!」
決意を新たにし、お貴族様(ロイエン家、クライトン家)の威光を利用しようと考えていた矢先。
あっという間に2週間が経過しクライトン家に合否の通知が届いた。
「え? 合格している……」
おれは放心していたが、メアリー先生が飛び跳ねて喜んでいた。
「どうして……?」
合否通知には試験結果が書かれていた。
基礎体力:失格
魔 法:失格
兵器整備:1位
座 学:1位
軍事工学課:首席合格
「まぁ!! す、すごい……え? 私の生徒が首席!!」
「おお、さすがはメアリー!!」
いろいろ悩んだのが馬鹿らしくなる。
「でかしたぞ、グリム」
「あ、はい」
「もう少し喜んだらどうだ? 帝都にある軍兵学校は普通の貴族学校とは違い最難関。そのトップだ。誇れ。お前の実力は本物だ」
「どうも」
まぁ、これでメアリー先生にほんの少しでも恩返しできたならよかった。
本当におれは人に恵まれている。
屋敷内はお祝いムード。
村人総出で酒や食べ物が持ち込まれ宴が組まれた。