124.安息日
テーブルに並ぶご馳走。
「さぁ食べましょう」
「ハイ、いただきます」
皇宮の一室を我が家と錯覚する。
おいしいし、安心する。
メアリー先生はただおれが食べている姿を嬉しそうに見ていた。
「グリム君ったら、忙しいと全然帰ってこないのですもの。ダグラスと一緒ね」
「もうすぐ帰るつもりだったんです」
「そうでしたの? このまま会えないのかと思いましたわ」
おれの死の偽装の時、先生には心配をかけてしまった。
おれが何をしているのか、説明すれば余計に心配をかけてしまう。
「山場は超えましたから」
「良いのですよ。好きな仕事をして、人々のお役に立っている。あなたは立派です。こうして時々にでも料理を作らせてくださいな。顔を見れば安心しますから」
「はい」
「けれど、無理は感心しませんわ。殿下にまで心配をかけて」
「無理はしてませんよ?」
先生はまっすぐおれを見つめる。
「不可抗力でして……」
「お風呂に入って今日はきちんと寝てください」
「はい……あの……先生いつまでこちらに?」
「フフ、寝ている間に帰ったりしませんわ」
安心したのか、疲れていたのか起きたのは翌日の朝だった。
朝食を食べながら時間を気にせず先生とおしゃべりした。
ウェールランド基地内や下町の様子、仲良くなった他所の奥様から聞いた噂話、使用人の惚れた腫れたの恋愛話。
「グウェンさんの縁談をと思ったのですけど……グリム君、彼女と何か約束をしてますか?」
「いいえ、何も? 一切、何も」
「そう……でもグウェンさんと会話が成立する方がね」
「いますよ。世界は、広いですから」
「でも憎からず思っているでしょう」
「はい。まぁ手のかかる子ほどかわいいといいますから」
「はぁ……そうなのね。グリム君も保護者側なのね」
時間はあっという間に過ぎていく。
朝食を食べ終えた後は皇宮の中を案内した。
「ここが美術回廊です。高価な壺や絵画がたくさんあります」
「まぁ、とても煌びやかな場所ですわね」
「ちなみにこの鎧甲冑は本物の見張りの衛兵さんです」
展示物と思わせ通った人を驚かす悪質なドッキリだ。
メアリー先生へはしかけさせない。
「まぁ、ご苦労様です」
「……」
鎧甲冑から不貞腐れた雰囲気が。
「その奥の扉がメインのはずですが、ぼくは入れてもらえませんでした」
「入れてくださいな」
「……」
ダメだった。
「残念ね。公開してないのかしら」
「やはりメインの宝物庫はムリかー」
「それはそうでしょう! もう!!」
続いて広大な庭園に出ると巨大な噴水がある。
そこから放射状に道が伸びる。各地の美しい花が咲いている。
「ちなみに庭師さんによってテリトリーが違います」
「女性皇族の方々それぞれにお庭があるのよね」
「はい。ぼくが攻略済みなのは、スカーレット、ルージュ、クラウディア、フィオナの庭園です」
「お庭の話よね?」
各庭の花や泉水、彫像の数々を鑑賞。
お昼には庭でランチボックスを広げる。
メアリー先生が用意してくれたお弁当だ。
すると音楽が聞こえてくる。
「劇団の練習です。中に劇場もあるので、行きますか?」
「ええ、ぜひ……あ、でも他の高位貴族の方々の目障りになってしまうわ」
「心配ありませんよ」
観劇の途中、皇宮に勤める貴族とすれ違ったが、軽くあいさつを交わすのみ。
時折、絡んでこようとする勝手を知らない貴族には、予め皇宮の秩序を守る兵が忠告する。
帝都守備部隊、皇室特務衛兵隊、中央軍衛兵隊、方面軍旗下皇宮付き近衛部隊、軍警察機動隊、情報局警備部要人警護課……と、ここのセキュリティは万全だ。
「たくさんの方が働いて、まるで街ですわ」
「ぼくが皇宮で攻略してない場所は、あの宝部屋と姫の居殿くらいです」
「攻略……相変わらずですね。複雑な構造体を把握せずにはいられませんでしたものね」
「いやー」
「褒めてはいないのよ?」
秘密の通路とか、隠し部屋とかはマクベスと探検した。
もちろん、刺客とか暗殺者とか怪人とかいないか確かめただけだ。
「我が家に来た時もそうでしたわね。皇宮でもやるだなんて、怒られたのではなくて?」
「いえ、何体か骸骨を発見して褒められました」
「骸骨って、なぜ?」
「数百年前の未解決事件が解決しました」
「まぁ!」
「名探偵グリムとはぼくのことです」
「あら、頼もしい!」
豪華絢爛な小劇場に到着。
もちろん、貸しきりである。
本番さながら帝都一の楽団の演奏を聞いた。
「こら失礼ですよ」
「音楽は安眠のために活用してます」
おれはいつものごとく寝入ったが先生は聞き入っているようだった。
「心を震わせる見事なハーモニーでしたわ」
「もう少し打楽器の使用を控えてほしいです」
「こら、音楽も大事な教養ですのよ」
「ギアのミッションが切り替わる音や動力炉の駆動音の方が美しい音楽だと思いますが」
「でしたら、今度リサイタルを開いてくださいな」
「よろこんで」
観劇を終えて午後のティータイム。
貴人の間にある街を一望できるテラス席。
そこで事件が起きた。
「クライトン男爵令嬢メアリー夫人にご挨拶申し上げます。こちら東部の厳選された茶葉をさらに厳選した一級の茶葉でございます。我が主人スカーレットからの贈り物でございます」
「我らルージュ殿下の命により、帝国一のパティシエによるケーキをお持ちしました。ぜひご賞味ください」
「ギルバート殿下から最上のティーサービスをと仰せつかっております。ティーの本場北部仕込みの味をご提供させていただきます」
たぶんこんなこと一斉に喋られた。
お茶を用意しに、各派閥のメイドさんがかち合ってしまったのだ。
「ま、まぁご配慮に感謝いたしますわ」
「メイドさんがたくさん。華やかですな。いいですな」
「こら、はしたないことをいうものではありません」
「いえ、ぼくは基本メイドさんに嫌われるので、新鮮な光景だなと」
というかたくさんいて落ち着かないじゃないか。
「なんだか私が場違いな気が」
「いえ、これは先生へですよ。ぼく、こんなことしてもらったことありませんから」
それにメイドさんたちが「なぜお前にお茶を出さねばならんのだ」という目でおれのことを見ている。
「お退きなさい。お客様に居心地の悪さを与えるなどメイド失格です」
年季の入ったメイドさんが一人現れた。
メイドさんたちが一斉に控えた。
「失礼いたしましたメアリー夫人」
「ご配慮いただき恐れ入ります」
言わない方がいいのだろう。
皇帝陛下のメイド長だわ。
「驚いてしまったわ」
「ぼくが皆さんの主人に仕えているから、ライバル視してくるんです」
「それだけなら、属州勤めの夫をもつ男爵家の私にかような歓待をしてくださるわけがありません」
「いや、先生が社交界の慈母だったからでは」
「誰に聞いたの?」
真っ赤になる先生。
クライトン家の令嬢は慈しみに溢れる聖母のようだと社交界では有名だったらしい。騎士爵の軍人と一緒になったとき、大勢の紳士がハンカチを涙で濡らしたそうな。
「先ほどから兵士の方々もあなたを気にかけている。あなたの仕事が大勢を救うものだからです」
「だとすれば、それは先生のおかげです」
「私は何も」
「……ぼくは先生に教養を授けていただきました。ぼくを真人間に育てるのはさぞ大変だったであろうと、みんなわかっているんですよ」
それに、無償の愛情が帝国にもあるとわかった。
おれが決めた道を、迷わず進めたのは先生のおかげだ。
「あなたを教えられたことは私の誇りです」
メアリー先生は慈しみに満ちた表情でおれを見ていた。
でも、どこか悲しそうだった。
「先生?」
「手のかかる子ほど愛おしいというのは、本当ですね」
「ぼく、それなりに優秀だったと思いますが」
「優秀過ぎて、手のかかる子でした。仕事があったら夜中でも早朝でもすぐに整備所に飛び出してしまって。何日も飲まず食わずで」
「いつも先生が差し入れをもってきてくれましたね」
昔話に花を咲かせた。
「仕事場で食べる先生の焼き菓子が一番おいしかったなー」
「フフ、グリム君を特別扱いしてダグラスに怒られてしまいましたわね」
「ああ、それとみんなが指をくわえて見てくるからたくさん作ろうとなったんでしたね」
「一緒に作りましたね。なんだか、一番たくさん教えられたのはお料理やお菓子の作り方ばかりだったような」
「おかげさまで、名ばかりの高級料理店で何度シェフを呼びつけたことか」
「何をしているの!?」
「おかげさまで、軍兵学校内のレストランは大抵出禁でしたよ」
「何をしたの!?」
お菓子の話をしていたら、また先生のつくったお菓子が食べたくなった。
「先生ー」
「まぁ、18歳なのに甘えん坊ですわね。では明日一緒に材料をお買い物に行ってまた作りましょうか」
「わかりました。デートですね」
「そうね。ダグラスには内緒よ」
その日、明日に備えて全く仕事をせずに床に就いた。
悪夢を見ることもなく、起こしに来たメイドさんに「え、いる!!」とすごい驚かれた。




