123.神の製造者
北部属州ヴェスペリアでの整備メンテ作業を済ませた。
《ご苦労様、グリム。ゆっくり休んでね》
「はい、姫様も」
笑顔で手を振られて、笑顔で手を振って返す。
クレードルから降りる。
「はー姫様、かわいっ!」
少し、立ち眩みする。
「ご飯食べれば大丈夫大丈夫」
遅めの夕食は少しお高めのレストランだ。
心配ご無用。
タダである。
テーブルには着飾っている美女が座っている。
「待っていたよ」
「全然待たせてないですよ」
「ちょっと違くないか?」
「本題を、テスタロッサさん」
口元は笑顔。眼鏡の奥は真顔。
「ヴェスペリアのガーゴイル問題への対処、完了か。相変わらず君は仕事が早いね」
「まだ終わってませんよ。他にもガーゴイル対策を補強するべき属州はあります」
というより、ガーゴイルの絶対数を減らしていく。
今から始めて遅いということはない。
「ギア3機でガーゴイル一体と互角。君がいることで、その常識は崩れた」
「機士の能力ですよ。大事なのはこれからです」
力の均衡は一時的だ。
ガーゴイルは増えるし、成長し、進化する。
「それで、そちらのご報告は?」
おれは食事を進める。
「ああ、えっと……ステート鉱山の経営は破綻しそうだよ。ザルタスで偽札が大量に出回っているのも確認した。東部大農地のいたるところで農奴の逃亡多数。ノアーク家は家督争いが収まりそうにない」
テスタロッサが淡々と告げる情報は、七大家の近況だ。
ノアーク家の家督争いに火をつけたのは誰か。
リオール家が管轄の大農地で労働者逃亡をそそのかしているのは誰か。
属州の偽札がパルジャーノン家が治めるザルタスで出回っているのは誰の差し金か。
全ては七大家を陥れ、混乱を生むため。
一言に要約するなら、帝国存亡の危機だ。
「ステート鉱山はどうする?」
北東の名士ステート家が代々管理する帝国屈指の鉱山。それを中心に発展した巨大な都市。帝国の軍需産業を支える要所だ。
「別にどうも。採掘量が減ったのは誰のせいでもありません」
というか一技術者にどうのこうのできることではない。
「でも、七大家の一角が堕ちれば混乱は起きるだろう」
「少なくとも10年前から予期できたこと。それこそステート家に責任を取ってもらえばよろしいのでは?」
「採掘量が減れば、帝国の軍事力低下に直結する。代わりに属州の各鉱山の価値が跳ね上がってしまう」
確かに属州に舞い込む大量の金、資本力がパワーバランスを大きく変えるかもしれない。
「マクベス君が南部砂漠の紛争にテコ入れしてます」
「……相変わらず、君は唐突に話題を変えるね」
「ガーゴイルが埋まっているからなんですよ」
「……ん? そうか、まさか!」
ガーゴイルは金属を捕食して成長するわけだから、鉱脈がある可能性が高い。
「ま、あるんですけどね、ハハ!!」
原作であったから、すでに調査済みだ。
『わかる君Ex』があれば、簡単お手軽どこでも地質調査が可能だ。
「なるほど……砂漠での採掘なんてコスト的に誰も考えなかった……だが、君がいる現代ならできるか」
「採掘における環境整備はクーラーがあるのでできますし、運搬も鉄道王がやるので」
「鉄道王って……アイゼンフロスト辺境伯を気安く使いすぎだ。いや、気安い関係だったか」
南部での大土地開発事業にアイゼン侯が関わっているのはそのためだ。
筋書きを描いたのはおれではないが。
「ステート鉱山からの労働者、雇っておいてください。南部で雇用させましょう」
「はいはい……なんだか、君の部下みたいだね」
「今のぼくの年収、あなたより上だと思います」
「うっ……嫌なマウントだ。なら、たからないでくれる?」
もうだめだ。美人におごってもらった飯の味を覚えてしまった。
「もう手遅れです」
「いい加減私を解放して」
「ぼくを捨てることはできませんよ。この関係は終わらせない」
「ひどいわ。でも使われてあげる。私は都合のいい女ですもの」
周囲の視線が気になる。
いや、おれの方が労働者してるのに。
会計の時、領収書を切るテスタロッサ。
身銭を切ってないじゃないか。
レストランを出て駅の方に歩く。
闇魔法の空間把握能力とスキルを掛け合わせ、周囲を警戒しながらだ。
「あ、不審者いますね」
「Aチーム、7時の方向、取り押さえろ」
見回りも余念がない。
「いや、君といると帝都の治安維持もラクチンだね」
あれ? おれは飯で良いように使われているだけじゃないか?
「では、私は出張だから。明日は一人で夕食を」
「そうですか。失態を犯さないよう気をつけてください」
「そんな見送り方ある?」
◇
皇宮地下の工房に戻り、作業に入る。
二機のギアだ。
目まぐるしく動く無数の『わかる君』と共に、作業は進む。
「はぁー、いい! いいね、すごくいい!!!」
時々作業が止まってしまう。
自分で自分の作業に感動してしまうのだ。
「あ、何でも無いです」
ハッとして、取り繕う。
作業の進捗は全て記録。
おれがアドリブで図面外のことをしてしまうので、そういうことになったらしい。
「そう、そうだ!! そういうことだった!!!!」
テンションが上がってしまう。
作業の中で細かい課題が解消されていく。
実際に手を動かしていないと、できないこともある。
ルージュ殿下とマクベスに早い段階で出会えたのが良かった。
2人の求める状態、癖なんかを覚えている。
それらをうまく反映できた時、2人の喜ぶ顔、驚く顔が浮かぶ。
そうして作業を続け、おれは大事な道具を落としてしまった。
工房に響き渡る、カランという音。
一気に力が抜け、尻餅をついた。
見上げるとそこには、銀翼を纏う紫色の禍々しい機体と、主人公機を思わせるマッシブな灰色の機体が立ち並んでいた。
「……で、できた」
まだ形になっただけで、フィッティングも微調整もしていない。
だが、ここに第六世代『グラヴィウス』が完成した。
二機のギアを見て、途端に込み上げてきた感情。
それは喜びではなく、困惑だった。
「あれ?」
何かがおかしい。
■状態検知
総改修段階:【9/9】
・装甲板 【9/9】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:〇 腕部:〇 脚部:〇)
・フレーム【9/9】(インナー:〇 メイン:〇 アブソーバ:〇)
・動力炉 【9/9】(メイン:〇 サブ:〇)
・増幅機 【9/9】(一基:〇 二基:〇 三基:〇)
・感応機 【9/9】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:〇 腕部:〇 脚部:〇)
・バイザー【9/9】(シールド:〇 外部視覚:〇)
・動作機関【9/9】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:〇 腕部:〇 脚部:〇)
・ダイダロス基幹【9/9】(通信:〇 セレクター:〇 筐体:〇)
・ネフィリム基幹【9/9】(検知機:〇 筐体:〇)
・外部フレーム【9/9】(スラスター:〇 アブソーバ:〇 動力:〇)
・外部装甲【9/9】(背部:〇 翼部:〇)
ルージュ機を見ても異常はない。
全身を覆う翼を獲得したギアは空中戦を可能とする。
地上においてその身を覆う翼は『重力場シールド』で遠距離攻撃を無効化する。
兵装も機体に合わせた新造、新設計だ。
プラズマ化したエネルギーを刃に載せて発散することで衝撃波を生み、威力を上乗せする特殊対装甲剣。
刃にはおれがこっそりネコババしておいた『ネメシス』の装甲を用いた。
おれはこれを『女神の殺戮兵器』――『F.A.N.G』と名付けた。
■状態検知
総改修段階:【9/9】
・装甲板 【9/9】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:〇 腕部:〇 脚部:〇)
・フレーム【9/9】(インナー:〇 メイン:〇 アブソーバ:〇)
・動力炉 【9/9】(メイン:〇 サブ:〇)
・増幅機 【9/9】(一基:〇 二基:〇 三基:〇)
・感応機 【9/9】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:〇 腕部:〇 脚部:〇)
・バイザー【9/9】(シールド:〇 外部視覚:〇)
・動作機関【9/9】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:〇 腕部:〇 脚部:〇)
・ダイダロス基幹【9/9】(通信:〇 セレクター:〇 筐体:〇)
・ネフィリム基幹【9/9】(検知機:〇 筐体:〇)
・外部フレーム【9/9】(スラスター:〇 アブソーバ:〇 動力:〇)
・外部装甲【9/9】(胸部:〇 腕部:〇 脚部:〇 尾:〇)
マクベス機も問題ない。
脚部にスラスター、そして尾を搭載した。
スラスターは空中での跳躍、軌道変更、蹴りの威力を増強。
全身のバランスを維持する尾は、通常では不可能な攻撃態勢も可能にする。中距離武装として『ムーブフィスト』を改良。光魔法を駆使したレーダーが搭載されていて背後の敵を捕捉し迎撃できる。
おれはこれを『慈悲無き第二の迎撃者』――『M.E.F.I.S.T』と名付けた。
通常兵装の『超重量爆撃砲』――『F.A.U.S.T』と対になる武装だ。
完璧さを超えて、理想を詰め込んだ。
これまでにはない出力と高機動、武装、操作系統。
そのままでは全く扱えないため、スキルを記録補助に組みこんだ。
機士の耐負荷、慣性制御、空間把握、認識能力を向上させる。
これらの機体に死角はない。
「なんだ? 何が足りない……?」
数分考えこんだ。
「あ、セキュリティーか」
この二機は別格過ぎる。
敵の手に渡ったら……万が一ガーゴイルに取り込まれたら、これらの技術が流出したらどうするか。
「そうか……おれはもう役目を終えたのか」
この二機の完成を持って、おれの役目は完遂だ。
すなわち、おれはフェルナンドに勝った。
だから、勝った先のことが心配なのだ。
「もうちょっと仕事しよう」
『ダイダロス基幹』のセキュリティーはグウェンの暗号化を用いているから、彼女より天才が現れない限り破られることはない。
でも、いつか、時代の先でグウェンと同等の才覚が現れると想定しておく。
この機体をガーゴイルが取り込めるはずはないが、そういう思い込みが足元をすくうかもしれない。
装甲の塗装技術だけでは不安だ。信号制御装置でガーゴイルが放つ信号をコントロールすれば、取り込みを回避したりできるか? やってみよう。
オリジナルの武装やらシステムの流出はどう防ぐ?
マントでも羽織らせるか?
いや、認証システムぐらいおれの『状態検知』を応用すれば……
「よーし、もうひと仕事するか」
「止まれ」
気が付くと、ルージュ殿下がいた。
Why? なぜ?
「ふむ、戸惑っているようだが、今は普通に朝だ」
「え、まさか――時間跳躍……? 思考が光の速さを超えて肉体を置き去りにしたのか?」
「してない、降りろ」
おれはギアから降りた。
「そろそろこんなことになるだろうと思っていたところだ」
「殿下、完成しました」
ルージュ殿下は己の機体をちらっと眺めて、すぐおれに視線を移した。思っていた反応とちがう。
もっと、飛び跳ねて喜んでくれると思っていたのに。
「なら何をしていた?」
「えっと……」
冷静になってみれば、一度に全部できるわけがない。
「さらなる機能性をもたせるべく、作業を」
「グリム、思い付きを全て自分でこなそうとするな。倒れられたら困る。お前の役目はここで終わりではないのだぞ」
本気で心配されてしまった。
「でもぉ」
「でもじゃない」
「けどぉ」
「けどじゃない」
この機体には魔力がある。
まるで力を与える代わりに魂を求める魔人か悪魔の類。崇めれば、神。
おれは『グラヴィウス』を造った気でいたが、もはや――
「グリム、この機体名前は?」
「あ、えっと……」
「なんだ、考えていないのか?」
「……いえ、あの……この機体は殿下が乗って初めて完成します。名付けはその後にしようかと」
「計画段階で『グラヴィウス』と呼んでいたのは違ったのか。良かった」
ああ……
「しばらく休め。この機体の出番はまだ先だ」
「いえ、殿下。乗らなくてよろしいのですか?」
彼女は首を振った。
「おいそれと乗り込むわけにはいくまい。私にも覚悟が要る。それに、客を待たせている」
「お客?」
「お前もよく知る人物だ」
おれは急いで地上に戻った。
メアリー先生がいた。
「まぁ、相変わらずですのね、グリム君」
「先生」
さすがの人選。
強制休暇コースだ。
「体調管理もきちんとしないとダメですよ」
「はいぃ~」
おれはあきらめて先生の手料理を食べて寝た。




