122.長い一日
フェルナンドは七大家の要人をさらって人質に。
各家の機士は仕込まれた汚染装置で精神に異常をきたし、易々と襲撃を許した。
おれの施した対抗措置は?
人質を餌におびき出されたルージュ殿下。
ダイダロス基幹が働かない。アトラスの中継は?
新型機は包囲された無数のギアから砲撃を受け大破。
最強の機士を生存させガーゴイルと全面対決する未来は訪れなかった。
「んあ」
冷たい床の上で悪夢を見た。
体を揺さぶられ目を覚ました。
「はぁ、グリムさん。何度言ったらわかるのですか?」
皇宮地下の工房で、ルージュ殿下のメイドさんににらまれる。
「すいません」
「ベッドで寝てください。お部屋をご用意しているのですよ」
「はい、すいません」
夜明けごろに力尽き、早朝に探しに来るメイドさんに怒られる。
世界はまだ平和だ。
身だしなみを整え、部屋に向かう。
「おはようございます、殿下」
「うん。おはよう」
白いネグリジェ姿の美女がのそのそと現れた。
まだ目が開いていない。
寝ぐせがついたルージュ殿下と朝食を共にする。
殿下も忙しい。
新機軸の機士評価は、『わかる君Ex』を用いることで急速に進んでいる。
膨大なデータを把握し軍の編成に反映させるために、殿下は書類仕事に明け暮れている。
この時間以外、ゆっくり話せる時間がない。
目の前の朝食に手を付けず、メイドさんが寝ぐせを直している間に報告書に目を通している。各地の情勢の把握にも余念がない。
「軍高官と大学教授から飛行実験に一枚かみたい、と打診がありお任せしてしまおうかと」
「うん、いいんじゃないか。丸投げで」
飛行実験。
飛行機の製造は表向きのブラフなので、手柄が欲しい人にやらせて、雑務を減らす。
事前に決めていた既定路線だ。
そもそもギアで空を飛ばす実験はとっくに終わっている。
飛行機の方が簡単だ。
「マクベスはどうしてる?」
「南部軍にレンタル中です。一騎当千。南部砂漠の紛争解決をゴリ押しで進めてもらってます」
南部砂漠。
旧時代のガーゴイルが埋まっていたりするから、一歩間違えば砂漠の民全部族がまるごとガーゴイルの糧になる。
「圧倒的個の力による、独裁的統治だな」
「聞こえは悪いですが、これから大量資本が投入される南部の治安は帝国全体の死活問題です」
「そうだな」
殿下は紅茶を一口含むと別の報告書に目を通す。
ギア中毒者の離脱症状は心身虚弱じゃなかろうか。
「殿下、風邪などひかれませぬよう」
「それはお前だ。前にもやっただろう」
「そうでした」
テーブルの上には栄養満点な朝食。
メイドさんが「早よ食え」という目で見つめてくる。
「お先にいただきます」
「私の機体はどうだ?」
「順調です。ただガウス先生に言わせれば、ぼくは機士の感性を無視しているとのことですが」
「そうだな。ギアの三次元的な機動ノウハウはなく、実戦まで半年切った今現在、機体を用いた訓練もできない状況では、お前の新型が私を殺しかねないと思われても仕方のないことだ」
「ただ、殿下には乗りこなせます。わかっていることですので」
原作ゲームでの適応能力は断トツ。
その証左としてピーキーな『ハイ・グロウ』を乗りこなし、ダウンフォースウィングを搭載した『クラスター』での戦闘もこなした。
「不安ですか?」
「誰に聞いている? 私は完璧だ。この世の誰かにできるのなら私にできないはずがない」
「おっしゃる通りです」
朝食の席での懇談を終えると、ルージュ殿下は寝間着から方面軍総帥に切り替わり、執務へと出ていく。
おれも飛行関連事業で技術管理庁に出勤する。
おれは管理庁の室長だが、実務は無い。
あくまで形だけの出勤。
なのだが――
「あのーグリム室長。ちょっとよろしいですか?」
徹夜明けと思われる若手職員がやってくる。
「すいません。ライン形成術に関してなんですが……」
「顧問の方に聞いてください」
「グリム室長の方がわかりやすくて、それに聞きやすいですし」
管理庁はエリート官僚組織だ。
実務研修は受けるが現場の作業内容をすべて把握しているわけではない。
そこで専門家を顧問として配置するのだが、結構デタラメだったり派閥によって意見が違ったりする。
加えて実務研修時代の教官には苦手意識があるらしく、避ける傾向にある。
「あの、この魔法理論に関してなのですが……」
「魔法部門の統括にお尋ねになっては?」
「グリム室長の方がお詳しいかと」
無論このあたりの調整をしていた人物がいた。
フェルナンドだ。
いなくなったしわ寄せがここに来ている。
あと、魔法技術が見直されたことで、管理する情報が増えた。
「この論述、魔法を応用した機体加速の計算がですね」
「計算は計算室のチームがあるでしょ」
「グリム室長の方が早いし正確なので」
魔力量の制約がなくなり、二点間誘導法で有効な攻撃手段として見直された今、新たな部門が立ち上げられたが、工学部門の人間は魔法技術に疎い。
「魔法の遠隔サポートにおける制御装置の原理が……」
「はいはい、図解しますね」
「ああ、グリム室長、頼もしい!」
魔法大学の人間が顧問に来ているが、彼らは工学が弱い。
「ああ、なるほど……!!」
「さすが、グリム室長です」
「この解説図案、いただいても……?」
おれの執務室に行列ができる。
「室長、がんばって! あと少しです!!」
「はいお時間です!」
「1人5分です! 時間は守って要点はあらかじめまとめてください!」
おれは担当秘書官の人に応援されながら行列をさばいていく。
お昼になると、部長クラスが相談に来る。
「グリム室長! 新マニュアルについてご相談が!!」
「いや、ギア運動理論を反映した製造改定案についてぜひ意見を聞きたく!!」
「お待ちになって! 兵装規格刷新と品質調査要綱が急務なのです!!」
「お昼ぇ……」
全部さばいて、遅めの昼食を口実に庁舎を脱出。
◇
午後。
メイドさんがお弁当を持ってきてくれるので、それをつまみながら中央軍基地でクレードル操作。
『わかる君Ex』を用いた整備を開始する。
ウィヴィラで統治に励むスカーレット姫の『アリアドネ』の定期メンテナンス。
「あれ、姫? またフィッティング勝手に変えました?」
《ちょっと窮屈になったのよね》
「縦にですか、横にですか?」
《縦と横ね》
「もーまたですか。全部設定し直しじゃないの」
18歳スカーレット姫は成長期。
今年だけですでに4センチも伸びている。
身長が4センチズレるということは、体重も変わる。
各関節や腕、脚の長さが違うということであり、ギア的には別の人です、はい。
「もープロテクトスーツも採寸からじゃないの」
《お願いね》
「ドレスも靴も全部買い直しじゃないの」
《え、お母さん?》
ウィヴィラでの統治はソラリスが戻ったことでかなり安定した。
だが、そこまでの道のりは平坦ではなかった。
機体を見ればわかる。
《グリム、北の平定は順調よ。けれど、ウィヴィラの東西でガーゴイルの被害が増加している》
「行くのですね」
《駐屯軍では対処しきれていないわ》
段々、一軍団長ではなく、北部総督と化している。
「王様にでもなる勢いですね」
《軍事に関しては北部方面軍総帥であるギルバートお兄さまに許可を取るわ》
「ソラリスさんは何と?」
《彼女は私に従うと。なぜか急にね》
姫の人徳か。
誰に付き従うかわかったようだな。
「ではぼくも協力します」
《お願いね》
機体のフィッティング、プロテクトスーツのために遠隔『状態検知』で採寸。
そのまま『わかる君Ex』で調整を進める。
おれが整備をしている間に軍事会議が開かれ、ギルバートが承認。
各駐屯基地に『わかる君Ex』を配備。
ウィヴィラで生産したストックを東西に送り込む。
軍用車両にて3時間ほどで到着。
駐屯軍司令官とギルバート、スカーレット姫を交えて打ち合わせを行い、戦備増強策を講じる。
「人材発掘ならお任せあれ」
ここで活躍するのが『わかる君Ex』だ。
『メガ分析君』とリンクし、機士の能力とギアの状態を判定していく。
「では発掘していきましょう」
《何がわかる?》
属州ヴェスペリア駐屯基地司令官が疑問を挟む。
『ネフィリム基幹』で闇魔法を再現。
闇魔法の空間干渉と、『状態検知』で基地内の人間でめぼしい能力を持つ者を割り出す。
範囲検索だ。
これをやると大抵基地内に一人か二人、飛び抜けて優秀な人材が眠っていたりするのがすぐわかる。
《誰かいた?》
「はい」
対象者を見つけると、属州出身者や二世、属州民とのミックスというオチ。
要するに出自でちゃんと評価してもらえてない人だったりする。
高い能力を持つ人が掃除婦をしているのを発見。
ガイナ人なのに、この人はなぜ?
《内偵中です。困ります》
「すいません」
情報部の人を見つけてしまった。誰の?
《あ、あの、あたいに何か?》
ごくごくまれに、SSR級の原作登場人物がいたりする。
廊下をモップ掛けしているヴェスペリア人の掃除婦。
《彼女ですか? グリム室長》
随行した司令官が問う。
彼女の本当の名はエレニカ・ヴェスペリア。旧ヴェスペリア王朝の末裔だ。
雷魔法のS級魔力持ち。
「いえ、すいません。気のせいでした」
《そうですか?》
「内偵は終了し、護衛に切り替えを」
《どこの命令系統で?》
「全部です」
子どもを育てる母親を戦いに巻き込む必要はない。
集められた者たちは、キャリアも職位も後ろ盾も無い。
司令官と軍高官たちが疑いの目で見つめる中、テストをさせてみせた。
《こんなことが……》
困惑しながらもあらゆる常識的な数値を塗り替える、スペシャルチーム。
戦力増強はできた。
あとはギアの方だ。
「夕飯までには終わらせよう」
おれの長い一日はまだ続く。




