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121.5 黒騎士――スカーフェイス2号


 帝都から北に延びる北部線は枝分かれしている。

 東西に広がる、北部方面を網羅する路線だ。

 北部侵攻を目的としたこの路線は、枝分かれの分岐点が今や発展した都市部、人口密集地となっている。


 だが、軍事拠点となる基地、そして補給拠点も健在だ。



 国内においてそれらがフルに活用される機会など滅多にないことだが……

 それも「今までは」というところだ。



 おれは軍事拠点としての側面を忘れた小都市で補給と整備を行うことにした。


 戦線は東西に広がっているため、今回の動乱における主要拠点の一つとされる。



「まったく、困るんですよ。急に整備所をと言われましてもね? こちらは忙しいんですよ!」

「それは申し訳ない。場所と機材だけ貸していただければ、こちらでやりますので、都合していただけませんか?」

「まぁ、あなたの活躍は耳にしていますから……協力はしますけどもね?」


 整備責任者である技術主任は、このふざけた黒づくめの格好見て警戒したのか、はたまた厄介ごとに関わりたくない性分なのか、やけに不機嫌だった。



 グリムの整備端末による整備は小一時間で終わり、完璧な状態になった。



「嫌味なほどいい腕だ」



 腕と脚の感触を確かめる。よくなじみ、違和感はない。

『ハイ・グロウ二式』を見上げる。


 趣味の悪い二本角の意匠。

 暗闇に完全に溶け込む黒一色の装甲。

 両腕の特殊兵装。

 右の『ブラスター』と左の『スマッシャー』。


 もう何度目かわからないが、またグリムに救われてしまった。


 ダムール将軍の機動状態からの乱れ撃ちで手詰まりだったが、不意打ちで『ブラスター』を当てられた。



 冷却をおれの氷魔法に依存させた、熱魔法兵器。

 操作は義手を通じてオート制御。

 生身と変わらない正確さだ。



「『三等機士でも』と思っていたが……」



 おれは手足を失う前より強くなっている。

 いや違うな。

 強くなったと錯覚する。


 高機動の超絶技巧、カットバック型の立ち回り、広範囲の周囲索敵……これらはおれの能力ではない。

 機体性能だ。


 グリムの力を得た者は、歴史を左右できるだろう。

 これほどの才能、だから父上もグリムには特権を与えているのか。


「いや、才能ね……」


 この期に及んで『才能』などと、言葉遊びの思考停止に他ならない。


 才能があるだけでウェールランドの孤児がルージュの傍らに収まるわけがない。


 やつを導いた者がいた。

 それに応えるやつの努力があった。

 それは、その関係性はあるべき帝国人の指針、理想ともいえる。


 身分にかかわらず、人を導くことは世界の命運すら変える。その可能性を誰もが持っている。


 帝国はそうでなければならない。



 フェルナンド……それではだめなのか?



「ぶほっ……なんすかそのかっこよすぎる格好は!!!」



 目まぐるしく働く整備士たちとは違い、おれにあえて構う人物。


「よくおれがわかったな」

「何年の付き合いだと?」



 この姿で会いたくないやつだった。


「今話題になっている孤高の戦士、『黒騎士』様に会えるなんて感激だな~。そのヘルメットどこで売ってるの〜?」


 マーヴェリックが軽薄そうな顔で笑う。


「なまけものが。こんなところで油を売っている場合か?」

「働いてますって。あちこちから援軍要請で駆り出されっぱなしですよ。早期解決できるところもあれば、長丁場のところもありますからね」



 貴族が徒党を組み、反乱を企てればそう易々と解決できない。

 完全に武力で圧倒というのは得策ではない。

 軍にはその領地出身の者や遠縁の者も含まれる。

 やり過ぎれば新たな火種を生む。



「あの!!」



 マーヴェリックと戦況の報告をしていると、整備士が話しかけてきた。



「どうしたの~お嬢ちゃん?」

「あの機体、もう整備終わったんですか!?」

「ええ、まぁ」



 専用機の新機構は軍事機密の塊だ。

 整備士たちは他所を見る暇もない様子だったから追い払う手間も無かったが……とうとう興味を惹いてしまったか。



「ぶしつけなお願いですが、緊急で整備が必要で、どうかお力をお貸しいただけませんか!?」



 違った。

 猫の手も借りたいようだな。

 それに相手の身分も素性もお構いなし。

 相当追い込まれているのか。


「もちろん。ドックを貸していただいている身ですから、私などでよければお手伝いしましょう」

「えぇー誰―? なにそのキャラー???」



 グリムの台本だ。

 高貴で穏やかな人物像を演じておけということで―――いや、これはおれが高貴で穏やかな人物ではないという意味か?



「少尉、行きましょうか!」

「やだーキモー」



 ◇



 整備士に招かれるとそこは地獄絵図。

 


「おい、こっちに人手回せよ!!」

「だれか、マニュアル持ってる方!? マニュアルを!!」

「もー分かんないよ!!」

「本当にそれはうちに来た依頼だな? 確認しろよ!」

「ちょっとでいいから、教えてもらえませんか?」

「やめてくれよ!! こっちだっていっぱいいっぱいなんだよ!!」

「うっ、うっ……辞めたい」

「もう、なんで怒られてるのかもわからないよ……」



 新人整備士たちが泣き、他は怒鳴るか無視するかで大混乱が起きている。



「やばー」

「そうだな」

「……そーいえば、おれと黒騎士がつるんでいるのは、あまり良くないですよね~」

「そうか?」



 接点から身バレするということなら、まぁ、そうかもしれない……なぜ今その話になった?



「ということで、残念、あっしはここまででござんす!」



 逃げた……



 グリムが簡単そうに整備するのを見慣れてしまい、失念していた。


 ギア関連の整備は専門技術であり、経験が必要だ。



「すいません、人手が足りなくて」

「なぜ?」

「その、熟練職人の方々が一斉に定年退職で」


 一斉に定年?


「主任さんは?」

「主任は、その……書類仕事が専門で」

「ああ」



 やたらと不機嫌だったのはこれか。


 こういう現場を何度か見たことがある。

 戦場近くの補給基地で、見習い同然の若者が集まったところで何もできないのだ。

 まして、大規模な戦闘が国内で起きることはまれだ。


 だから、いざというとき稼働できなくなることも考えず、人を切る責任者がいる。

 だがメンツがあるから仕事は受ける。


 無理を現場に押し付け、自分は働かず。

 なぜなら身分が違うから。

 当然上手く回らないが、その原因は他人のせい。

 あの不機嫌面は、被害者意識からか。


 見当違いも甚だしい。


「すいませんが、用事ができたので私は失礼します」

「え、え! そんな!! うわぁぁぁん」


 追いすがる限界整備士の手を振り払う。


 おれは着替えて通信を開始した。



「私だ。いや、早急に対処する案件がありましてね」



 皇子として、北部方面軍総帥として、中央司令部に通報しておいた。



 ◇



「君たち、とにかく納期を優先しなさい。完璧にこだわるな。形だけでもいいんだ、こんなものは」

「聞き捨てなりませんね」


 おれは再び着替えて、書面をしたため、それを技術主任に突き付けた。



「『勧告』……? は? 北部方面軍総帥?」

「解雇した技術者たちのリストを提出してください」

「何を馬鹿な! 老いぼれ共が、平民のくせにこの私に意見をして勝手にいなくなったんですよ?」


 技術の伝達がない現場。

 共通点は無能な貴族の存在と、たたき上げの熟練工の不在。

 ここで生まれるのは、恐怖と苦手意識、トラウマ。

 全く生産性がない。



 ここにいるべき人間がいれば、良き経験の蓄積と次へつながる自信が生まれるだろう。


 そのいるべき人間は私ではない。



「能力のある人間は復帰させる。今は有事だ。貴様のメンツや価値観は知らん」

「……無礼な!! おのれ、好き勝手させるものか!! 顔も名前も名乗らん不審者だ!! お前たちこいつを捕らえよ!!」



 兵を差し向ける。

 わかりやすくて良い。

 ざっと20人はいるか。



「ぐはっ!」

「ぎゃ!」

「うぐっ!」



 3人目を叩きのめしたとき、身体の動きが止まった。

 右腕のパワーの制御に気を取られた。

 やりすぎれば、あっけなく命を奪ってしまう。

 背中を棒で打たれる。


「ちっ……!」


 無能な上官に従わされている兵に氷魔法を使うか、迷った。

 怒りに任せれば禍根が残る。

 迫る兵たちの暴力に、ガードを固める。

 一方的に打たれる。

 手心を加えるには冷静に。コントロールだ。

 冷静に、冷静に――


 脳天に衝撃。


 調子に乗るなよ愚民どもが。


 マジでキレる5秒前、顔に深いしわを刻んだ老人がその大きい拳骨で背後の敵を殴り飛ばした。


「よお、あんちゃん、鉄火場はここか?」


 とりあえず頷く。

 助かった。ヘルメットがなければやっちまっていた。


「き、貴様……」

「うっぷんを晴らさせてもらうぜ、なぁみんな!」


 男たちがなだれ込み、兵たちと乱闘となった。



「来るのが早かったですね」

「おおう、軽薄そうな兄ちゃんに言われてきた!!」



 フン、情報部め。

 マーヴェリックに伝えたな。

 余計な真似を。



 やがて騒動を聞きつけた街の警邏部隊が仲裁に入った。



「この件、軍中央司令部に沙汰を仰ぎます。それまで拘留させていただく」


 技術主任は勝ち誇った顔をする。



「いや、その必要はない。彼らを解放なさい!」


 そこへ街を預かる執政官が慌てた様子で現れた。


「いや、しかし……」

「これは中央の司令だ。主任、君の不手際だ。責任を取り給え」

「何のことですか! これは私を陥れる陰謀だ!!」

「君の発言は、中央に聞かれていたのだ!!」



『君たち、とにかく納期を優先しなさい。完璧にこだわるな。形だけでもいいんだ、こんなものは』



 天才の造るものは、細部にわたり異常なまでに高性能だ。

 例えば、ヘルメット内部の集音機能だとか。



「北部方面軍総帥閣下の勅令に背いたことは大逆である! 君が解雇した職人たちの雇用費や、これまでの設備運用費も早急に調査させてもらう!!」

「ば、馬鹿な……!!」



 執政官が何も知らなかったはずはない。

 トカゲのしっぽ切りだろう。


 だが、目的は汚職の摘発ではない。



 ベテランが整備ドックに戻った時、荒んだ空気が晴れていくのを見た。

 新米たちや中堅の顔に、安堵が見えた。



 人を導ける者が傍にいるかは、彼らの明日を変える。やがて世界の命運も変えるかもしれない。



「『黒騎士』様、ありがとうございます!! ありがとうございます!!」



 あの整備士が深々と頭を下げた。

 おれは何も言わず、その場を去る。



「おーなんじゃこりゃ!! すっごいのう!!!」

「誰だこれ造ったのは!?」

「一部の隙も無い仕事じゃ……」

「ああ、もっと見せてくれ」


「私は仕事があるので失礼する」


 追いすがる老人どもを振り払い、おれは次の戦場へ向かった。



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>助かった。ヘルメットがなければやっちまっていた。 役に立ってんのね、結局。 というか、この世界で機士は頭部守るもの装着してる設定あったっけ?
結局ちゃんと台本に従っているところがいい!w
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