序曲 120
帝国南西にある孤島。
享楽の海上都市、リディア。
旧リディア王国を穏やかに併合したために、古の街並みを残しつつ、ギアによるブーストクロスコンバットの試合やレースが盛んな近代的側面を持つ。
「これでどうだろう。前より、安定するはずだよ」
「おおう、やっぱりお前さんの整備は最高だよ、ダ・ヴィエル」
「いえいえ、みなさんの腕がいいんですよ」
レースに挑む王族を送り出す。
のんきなものだ。
娯楽に興じるだけで一生を終えると思っている者たちばかり。
おかげでここにはすべてが揃っている。
莫大な資本。
ギアを造る工場。
高品質な資材。
整備士。
アンダーグラウンドにしか出回らない危険な物質も。
私はこの都市の資材と人材を自由に操り、戦力を海路で送り出す。
「お帰りなさいませ、ダ・ヴィエル様」
窓とドアの多い新居で、メイドは私をダ・ヴィエルと呼ぶ。
レースの賭けで得た古城。
ここから帝国の様子を窺う。
便利になったものだ。
こんな俗世間と離れた場所からでも、全てを把握できる。
人材も豊富だ。
私の理想に賛同し、奉仕する者。
利害から帝国打倒を目指す者。
己の能力を認め、正当な対価を払えば、主の素性や主義主張など気にしない者。
彼らが各地の戦況を逐一伝える。
私の代わりに動き、眼となり、耳となる。
「盤上が動き出してございます」
「そう……」
盤上、メイドが言うように、まさにゲームの盤が居室の真ん中に配置されている。
その周囲には通信係のオペレーターが情報収集し盤上に反映する。
ある者は汚名を着せられた騎士。
ある者は追放された学会の異端児。
ある者はそのスキルの力を恐れられた兵士。
ある者は理不尽に家督を簒奪された貴族。
私が北部に蒔いた種だ。
帝国に対するあらゆる不満、憎悪、怒りを解放した。
不都合として閉じ込め、フタをし眼を逸らしてきた現実だ。
「まさかギルバート兄さんが、ルージュ姉さんを護ってリタイアするとは予想外だった。けれど、おかげで計画通りだ」
勝手知ったる帝国北部。
どう瓦解させればいいか手に取るように分かる。
部隊の編制、親衛隊の力量、機士の能力。
決定的に北部方面軍が崩壊する前に、皇帝かルージュ姉さん、それにグリム君が動く。
それで彼らの隠している戦力は明かされる。
「ダ・ヴィエル様」
「ん?」
「アラルサリドの部隊、崩れていません」
「当初の決着予測と大幅に乖離しています」
「ダムール将軍の反乱部隊が、敗走を続けています」
「ほう……」
元将軍ダムールは大戦期の傑物だ。大戦後も戦闘継続を訴え疎まれた、ガイナ人至上主義者。
太刀打ちできる者は限られる。
そして、私が作戦を授けた。
対するアラルサリド卿は北部方面軍に残された唯一の参謀指揮官だ。
ただ彼は偏屈で、重要な作戦を人に任せる度量が無い。
だから作戦は単調になる。
この力量差を埋めたとなると、もうグリム君が動いたのか。
さっそく、お手並み拝見だ。
「どうやら、挟撃に成功したダムール将軍を伏兵が襲い、戦局を覆したようです」
「伏兵? 規模は?」
「一機のギアだそうです」
一機?
これは個人の能力ではない。
おそらくはグリム君が隠れて造った新型だ。
「グリム君はどこに?」
「帝都にいます。間違いありません」
「何をしている?」
「研究を……機械を空に飛ばす実験だそうですが」
オペレーターの一人がそれを聞いて笑う。
「そんな不安定なものが戦場で役に立つなんて10年はかかる」
「グリム君を侮らないことだ。彼に現代の常識は通用しない」
グリム君なら2、3年で――
その前に決着を付けなければ……
「とにかく、対処しよう」
一機のギアに勝敗を左右されている。
ならば、排除してしまえば流れを大きく引き寄せられる。
盤上の不可解な戦局、地形、時系列を整理する。
「……ここだ。それにここも」
地形を利用した挟撃や、待ち伏せ。
それを自然に引き起こす私の配置を見透かし、事前に伏兵を討伐して回っている者がいる。
「なぜ報告にないのでしょうか?」
「立ち回りが上手い。全体像を把握し襲撃と撤退のタイミングをコントロールして、索敵から逃れている」
「まるで幽霊ですね」
これほど北部の事情と地形に精通し、先読みができるとは。クラウ姉さんの仕業か?
それにしては北部を知り過ぎている気がする。
書面で把握する環境と実際のものは違う。
戦場を知らない姉さんにしては、思い切りが良すぎる。それに戦局を左右する戦術を単機に任せるのは強気すぎる。
「ギルバート兄さんの入れ知恵かな」
もう指揮ができるほどに回復したのか。
もはや、知略を用いることしかできないのだから、必死になるのもわかる。
けれど、だからこそ読みやすい。
「動きは読めた。封じ込めようか」
「伝達致します」
盤上の駒を動かす。
動きを先読みし、物量で圧殺する。
「温存していた戦力を集中。この渓谷で前後から挟み撃ちにする」
私の作戦通り、幽霊を捉えた。
《誰だか知らぬが、いつも情報感謝するぞ》
「私はダムール将軍こそ帝国の未来と確信しております」
《そうかそうか!!》
将軍の軍拡路線とガイナ人至上主義は一部の勢力を引き付けるから便利だ。その主義主張に未来は全く感じないが、長く利用したい。
ダムール将軍自ら、待ち伏せる。
バイザーモニター、ついに正体不明の『幽霊』が写しだされた。
《ほう、向かって来よる。待ち伏せは想定済みか》
「黒いハイ・グロウ……だと?」
いや、両腕部はヘカトンケイル系の換装ユニット型大型ハンドマニュピレーター。
まさか、マニュアル操作の難しい二機をミキシングしたというのか?
「ダムール将軍、油断しないことです。あれは並みの機体ではないはず」
《ならその実力、見せてもらおう》
黒いハイ・グロウをサイコグロウの部隊が包囲。
一斉掃射する。
狭く、足場の悪い渓谷を、駆け抜ける黒い幽霊。
『グリップドリフト』に『ソリッドステップ』。
被弾を恐れず突進してくる。
《ぬ、機体性能だけではないな》
「そのようです」
《突破させるな!! 迎え撃て!!》
サイコグロウがその限界性能以上のパワーで急加速し、弾丸を受けて減速した黒いハイ・グロウに矛を振り下ろした。
矛は空を斬り、地面を穿った。
《き、消えた、どこだ!?》
《馬鹿者、後ろだ!!!》
『バックステップ・ターンアラウンド』で背後に回り込み、殴り潰した。
「サイコグロウが一撃……」
「超絶技巧からしてカットバック型の機士か。リストにいないぞ」
「なんだあの、左腕の機構は」
狼狽えるオペレーターたち。
「あれは、最近発表されたクロスジャベリンなる兵装の応用だね」
ハンドマニュピレーターに炸裂発射機構を組み込んだのか。
機体強度や放熱などのリスクから考えて合理的ではない機体。
グリム君で間違いない。
しかし、彼の要求に応えられる機士の力が大きい。
「……強い。単機でこれほどの機士」
《良かろう、相手にとって不足無し!! 勝負!!!》
ガーゴイルの増幅装置を搭載したサイコカスタムグロウが矛と盾を装備し、動き出す。
ダムール将軍の強みは経験だ。
思い切りの良さと感覚的な戦況把握力を併せ持つ。
「だれだか知らないけれど、惜しいね。相手が悪い」
直進するダムール機に対し、またしても『バックステップ・ターンアラウンド』で背後を取る黒いハイ・グロウ。
《ぬるい!!!》
背後からの拳を屈んで躱し、『ホースキック』を放つダムール機。
アンカーボルトが黒い装甲に食い込んだ。
《ぬ?》
ダムール機が押し敗けた。
《ぐぉぉ!!?》
追撃の左腕がくる。
「将軍、それを受けるな!!」
《小癪な!!》
盾でガード。
だが炸裂した左腕が突き伸び、盾ごとダムール機を吹っ飛ばす。
《ぐぅおお、強烈っ……!!!》
敵機による想定外の動きにオペレーターたちが困惑する。
「なぜ?」
「カウンターで蹴りが入ったはず」
「機体不良か?」
隠し玉はグリム君の機体だけでは無かった。
「いいや、単純にミッション操作と荷重移動だね」
スピード系からパワー系へシフト操作してあえて受けた。それも『ホースキック』が完成するより先に前に踏み込んだ。
「ダメージと衝撃を覚悟で、さらに一歩踏み込む。場数を踏んだ機士にしかできない芸当だ」
態勢を崩したダムール機にサイコグロウが割って入る。
《この、このぉぉ!! ああっ!? やめっ――!!》
矛の間合いの内側に入られ、あっさりと左腕の餌食となった。
《近接は分が悪いか。しかし、これはどうだ!!》
ダムール機が矛を捨て、腕部機関砲を構える。
一定の距離を取りながら、銃撃戦へ。
「正しい判断だ」
動きながら正確な速射を得意とするダムール将軍。
反応の良さを活かすカットバック型も接近しなければ脅威ではない。
《どうした、的だぞ!!》
いや、駆動系を避けて被弾している。
何か狙っているのか。
連続で左腕を使った?
右腕は――
「ダムール将軍、撤退だ」
《……なにを、これからが――》
黒いハイ・グロウが、右腕の掌をダムール機へ向けた。
眩い青い閃光が放たれた。
その瞬間、ダムール機が粉砕、バラバラに弾け飛んだ。
「一撃で……ギアを……」
右腕は魔法攻撃装備だったか。
グリム君……こんなものまで。
さらに距離を取っていたサイコグロウ2機も立て続けに青い光の餌食となった。残るは3機。
だが、黒いハイ・グロウは沈黙した。
「あれだけの攻撃……連続使用による熱負荷に耐えきれないんだ。冷却の時間を与えるな!」
《よおおし!!》
《いけぇぇ!!》
《将軍の仇だ!!!》
ダイダロス基幹のサポートが阻害されれば、魔力供給は寸断できる。
現場の通信要員が谷底へ阻害金属片を散布。
映像が乱れた。
だが、あの状況では助かるまい。
「あの機体、手に入ればもはや私の勝利は揺るがない……」
映像と音声が回復。
《ダ・ヴィエル様……》
「ん?」
そこには駆逐されたサイコグロウの残骸が広がっていた。
「バカなあの状況からどうやって……!?」
機体は動かなかったはず。
《それが……ギアの中から人間が……あの仮面の男が青い閃光を放ったのです》
仮面の男?
脳裏に浮かぶのはネフィー・リドリムの護衛。
ウルティマを操ったという謎の男。
あれはマクベス君だと思っていたが。
「マクベス君は?」
「帝都でグリムと一緒です」
メイドが即答する。
そもそもマクベス君に魔法攻撃手段はない。ダイダロス基幹は封じていた。
「その位置から狙撃は?」
《やってみます……》
しかし映像にはハッチの開いた黒いハイ・グロウしか映っていない。
《あれ、いない? どこに……うわぁ、なんでこの場所が!!?》
視覚装置の端に映ったのは、全身黒いマントに黒いヘルメット型の仮面をした大男。
私は確信した。
私の計算を狂わせたのはグリム君の機体ではない。
作戦もクラウ姉さんのものではない。
この男だ。
《ここは崖の上だぞ……この――》
銃声のあと、鈍い音がした。
「早く、通信装置を爆破しろ!!」
「はい!!」
危うく、こちらの通信設備を奪われるところだった。
この私が、追い込まれた?
誰だ?
何が起きている。




