11.貴族の屋敷
全てを失った。
失意のまま列車に乗り、帝都から半日。
田園風景の続く小さな町に着いた。
「さぁ、着きましたわ。ゆっくりしてらして」
駅舎には迎えの馬車。
道行く農民が手を振る。
メアリー先生は人気者らしい。
駅からの一本道を進むと、大きな屋敷が建っていた。
「ウェール人だと?」
屋敷に着くなり、メアリー先生の父、クライトン男爵ににらまれた。
「軍事工学に進めるのは優れた知性を持つ者だ。野蛮なウェール人に何ができる?」
「お父様、ウェール人を見たぐらいで知ったかぶらないで下さいな。私の方が外の世界に詳しいのよ? それにグリム君は私の大事な生徒なの。クライトン家の名に恥じないおもてなしをなさって」
久しぶりに帰ってきた娘の言葉にお父さんも根負けしたようで、おれには豪華な部屋、清潔なベッド、キチンとした食事が用意された。メイドさんもいる。
「グリムと言ったか。軍事工学を学び、何がしたいのだ?」
食事中に男爵から急に話を振られた。
「……主にギアの兵器戦略と研究を」
「何のためにだ?」
「お父様、食事中にお止めになって」
「何故だ? ウェール人は我々帝国人を恨んでいる。軍事情報を使い、反乱に利用するかもしれないだろう」
「はぁ……お父様ったら。グリム君、答えて差し上げて」
「え?」
おれは世界を救う気でいたが、その気持ちを証明なんてできない。まさかこの先起きることを知っているなんて言えないしな。
「答えになるかわかりませんが……ぼくは、【エンジニアタイプ】なのでぼくが技師になることは公共の利益になると思います。反乱とかは、まぁ、もし、あったら止めたいかなと……命が無駄なので……」
空気が止まっている。
生意気だと怒られるだろうか。
「ふむ……メアリー、エンジニアタイプとはなんだ?」
「わかりませんわ。グリム語ですから」
「ウェール人は他もこうか?」
「いいえ、グリム君ぐらいですわ。ですが、これは自信過剰ではありません」
「ほう……」
「お父様が乗り捨てた初期型の『シェル』がありましたでしょう?」
「ん? ああ、倉庫にある。もう、40年以上前のギアだ。実戦投入前のものだからな」
え!
『シェル』があるだと!?
超見たい!!
「グリム君なら直せますわ」
「ふん、それはおもしろい」
『シェル』は洗練されていない分、整備の腕が試される。
食後、武器庫の一角に鎮座していた『シェル』と対面した。現代のギアより一回り小さい。
シンプルなパワードスーツと言った感じだ。
■状態検知
総改修段階:【―/9】
・装甲板 【―/9】(胸部:△ 頭部:× 胴部:△ 腕部:△ 脚部:×)
・フレーム【1/9】(インナー:× メイン:△ アブソーバ:△)
・動力炉 【―/9】(メイン:×)
・増幅機 【―/9】(一基:×)
・感応機 【1/9】(胸部:× 頭部:× 胴部:× 腕部:× 脚部:△)
・バイザー【2/9】(シールド:△)
「どうだ? ひどい状態だろう」
「いえ、さすがに初期型はネジ一本に至るまで良い加工です。贅沢品ですね。このフロントカバーの流線形は職人芸ですよ。無骨なフレーム設計、動力パイプを詰め込んで肥大化したマッシブなシルエット。それを動かす初期型のV1動力炉。いやぁ、大きい!驚くべきはこの手先に付いたマニュピレーター。指先の操作と動力シフト、ブレーキ、ターボモードの切り替えと姿勢制御操作を同時に行う複雑怪奇なシステム。まさに、選ばれし者にのみ操れるという設計思想―――」
ロイエン卿のギアを見つけた時の方がずっと酷かった。
内部は大分さびてるが、パーツの欠損は無い。
特に動力炉が生きているのが素晴らしい。
V1なんてめったにお目に掛かれるものじゃない。
あれ、若干引かれていたような気がする。
「あ~夕飯までには直しますよ」
「言ったな? できなかったら、出て行ってもらうぞ」
「できたらおかずを一品増やしてください」
夕飯。
おれの食事は随分と豪勢だった。
「まさか、あれが動くとはな……しかも、随分調子が良かった」
「あのV1動力炉の音聞きましたか? ギアの音じゃないですよ。現行のものより三倍は馬力ありますね」
「ほ、ほう……?」
「ですが、あれでは現代のギアの戦闘には通用しないのも納得です。パワーがあり過ぎる割にシフト操作がシビアで、ブレーキが擦り切れる。コーナーワークが効かないですね。ですがあのマニピュレーターの感度はぼくには真似できない匠の技でした」
へへへ、あの出力の制御思想を直に見られたことはありがたい。
「う、うーん」
「グリム君、そろそろお父様を解放して差し上げて。もう付いて行けていませんから」
いいものが見れた。まさにゼロから1を造った天才の設計思想が見られた。
あ、でももう意味ないか。
「お父様、もう夜なんですからお止め下さい」
「若いころを思い出すよ。確かに、いい音を出している」
ピストンで密度が高まった魔力が爆発的火力を生みギアを回転させる。
「魔力消費が激しいのですぐ疲れて止まりますよ」
「いやぁ、まだまだ! ワシも―――」
すぐ止まった。
「うん、40年前の機体を良く勉強している。腕も確か。食事のマナーも完璧だ……さすがはメアリーの生徒だな」
男爵の心象はよくなった。
おれはその日から『シェル』の整備に集中した。
そうしている間は嫌なことを考えずに済んだ。
でもそれは三日と持たなかった。
原始のギア『シェル』。いじるのが楽しすぎてすぐ直ってしまった。
おれは屋敷を出て田園を歩いた。
期限が迫るほどに焦りが大きくなる。
かといって、代案があるわけでもない。
学校に入り、資格を取り、兵器を開発。
それ以外に、ウェール人が皇族同士の争いに介入する術はない。
第二皇子フェルナンドが反乱軍を組織し、皇女ルージュを殺す。
皇女ルージュは享年24歳。
現在21歳。
残りは3年。
「くそ、まーた動かなくなった」
「都から整備士を呼ぶか?」
「いや、どうせもう寿命とか言われて終わりだ」
「新しいのを買う金なんてねぇぞ」
考え事をしながら歩いていると農民たちが話し込んでいるのを見かけた。
どうやら農耕具が壊れたようだ。
魔法動力式耕作機。
この世界は動く機械は何でも魔法動力。
「ぼくが見てみましょうか?」
「ああ、屋敷に入り浸ってるウェール人!」