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118.5 ストラ・ガウス

 


「……グリム、おれの機士としての生き方を取り戻してくれ」

「そのお手伝いなら、喜んで」


 ギルバート殿下に懇願されたグリムが、あたしの前を通って部屋を出ていった。


 親衛隊の皆さんは感動して震えていた。

 でもひら隊員のあたしの感想は――あーあ、約束しちゃった――だ。



 ギルバート殿下の復帰は北部のために重要だ。

 でも、もし失敗したらごめんなさいじゃすまない。

 ま、あたしには関係ない。

 だってあたし、ひらだしね。


「――――トラ、ストラ、呼ばれているぞ」

「え? あたし!? はいはい、ただいま!!」


 ギルバート殿下が手招きしている。

 包帯ぐるぐるなのに笑顔。

 歯を見せて笑っている。迫力あって怖いな。

 手足吹っ飛んだのに、歯はキレイに残ったんだ。すごい歯茎だ。


「失礼いたしました、殿下」

「君はあちらこちらの部隊を経験していましたね」

「はい、恥ずかしながら優秀な機士には程遠いので、人員調整で移動が多くて。あ、でも祖父のコネで入ったので仕方ないですよね。アハハ」


 あー何言ってるんだあたし! 愚痴みたいじゃないか。

 こりゃ今度こそクビかな。

 新しい機士能力判定が確立したらあたしみたいのが失職していくんだろう。

 うん、仕方ない仕方ない。


「経験豊富なことはいいことですよ。そんなあなたを見込んでお願いがありましてね……」

「何なりとお申し付けください!」

「フィオナの補佐官を君に任せたいんですよ」


 わー嫌だ。



「光栄です! 謹んで承ります!」



 あーあたしも約束しちゃったよ……



「頼みましたよ、ストラ・ガウス軍曹」



 ◇


 皇子妃フィオナはいわゆる天才だ。

 ルージュ殿下より前に女性機士の地位を確立した先駆者であり、昔はマーヴェリック少尉より強かったらしい。


「あらー、わー、ふふふ、よろしくねー」


 あいさつしたフィオナ様は終始こんな感じだ。

 あたしを見上げる彼女は、小さくてふわふわした可愛らしい女性でおよそ戦闘に携わる類の人間には見えない。

 これはまぁ、あたしがでかいだけかもしれないけど。


 あたしはまず補佐官として何をするべきなのか各部隊の隊長たちに聞いて回った。彼女の現役時代を知っている人たちだ。あたしはコネだけはあるのだ。えっへん。


「フィオナ様は立派なお方です! でも……予測できないお方だから簡単な仕事じゃない、って感じかな」

「フィオナ様は武闘派だよね……ぼくが補佐官になっていない意味は理解してる? つまり、そういうことだよ」

「フィオナ様はな、とってもお優しい方だ……なんだけどな、ちょっとこう、マイペースな、ところがあるような……ね! がんばってね! 応援してるからね!」



 なんとなくあたしが厄介ごとを押し付けられたと分かった。

 もしかして、補佐官って作戦参謀との中継とかかっこいい仕事ではなく、ただの世話係なのでは。

 女でキャリアがなさそうなあたしが選ばれたってことないよね? ないよね!?



「はぁ……」



 あたしの脚は自然と、いつもの相談相手の下に向かった。



「じいちゃん」

「ひょひょ、ストラまた大きくなったのう」

「やめてよ、気にしてるんだから」


 じいちゃんは天才技師として有名だ。

 うちはじいちゃんという突然変異で急に地位やら領地やらを得た、いわゆる成り上がりだ。あたしの両親やおじさんたちはおっかなびっくり領地経営をしている。

 だから、異質なじいちゃんに昔は憧れていた。


 でも現実は厳しい。成長するごとに、じいちゃんと比較して自分平凡だと思い知らされる。


「で、どうしたの? 結婚するの?」

「やめてよ、プレッシャーかけるの!」

「ストラは美人だから選り取り見取りよ?」

「それ言うの、じいちゃんだけだよ」


 ちなみにあたしはどっちかというとカワイイ系だ。自分で思う分にはいいのだ。



「それがさ――」


 事情を話すとじいちゃんは柔和な笑みを浮かべて聞いてくれた。


 ギルバート殿下のこと、フィオナ様の現役復帰と補佐官に自分が任命されたこと、それにグリムの口約束……


 じいちゃんはグリムの話になると急に顔をこわばらせた。


「あ、そうかじいちゃんは技師だから……できるかってわかるんだよね? どうなの……?」

「ひょひょ、わからんよ。彼は本当の天才だから」

「え?」



 本当の天才。それじゃ、じいちゃんが天才じゃないみたいだ。


 ――ストラディヴァリ・ガウス――


 約40年前、ギアの原型モデルを突如として生み出し、帝国の軍事に革命をもたらした。

 それは帝国の領土を三割も拡大させるとともに、人類の安全域を確立させた。


 生きる伝説なのだ。

 あたしの名前もじいちゃんからもらった。


「現代の技術では到底不可能だね。いや資金と時間と人材が無制限なら、あるいは可能性が残っているかも……というところなんだよ」

「やっぱり……あーあ、彼も大風呂敷を広げたね」


「でも、グリム・フィリオンならやる」



 じいちゃんは確信している。



「どうして?」

「ありゃ、化け物よ。天が遣わした救世の人外とでも思わねば説明がつかんほどよ」

「えぇー」

「他人を、誰かを救うために行動できる。それは一瞬でも難しい。でもね、それを続け逃げないこと。己の責務から目を逸らさないこと。皇帝陛下やグリムはそれを世界規模で続けている。尋常ならざる精神力よ」


 じいちゃんは最初のギア『シェル』と次世代機『オーム』の製造開発に携わった後早々に引退した。

 ギアが周辺の国々を属国にした、その責任に耐えきれなくなった。



「機士のストラはフィオナ様を見ればわかる」

「真の天才を見て挫折感を味わえと?」

「この世は天才だけじゃない。天才の周りにどういう凡人がいるかも大事なのよ」


 それを見極めろって?

 もっと即効性のあるネタとかが欲しかったのに。


「ストラちゃん、次失職したら口利きしないよ。無職なら結婚ね」

「げっ」


 やるだけやってやりますか。


 ◇



 数日後、あたしは帝国北部の列車も軍道も通って無い僻地にいた。

 反乱を起こした貴族の鎮圧だ。


「なんでこうなっちゃうかな」


 帝国でのあの騒乱の後、各地で死んだはずの凶悪犯が次々と出現している。

 ここでも、『鮮血のイクス卿』として恐れられた元機士正が現れた。

 大戦時、無類の強さを誇り、数々の勲位を授けられた英雄らしい。

 だが非戦闘員を虐殺して投獄されていた。

 かつての領地で臣下を集め、民衆を人質に周辺の他領へ侵略行為と略奪を繰り返している。現皇室への抗議と本来あるべき土地を取り戻す名目だ。


「それでは、ばばーんといきましょう」

「いえ、フィオナ様、正面は防御壁、左右は絶壁。天然の要塞です。それに中には連れ去られた女子供に加え、スロウマイン男爵家のご令嬢がいらっしゃいます」

「ふむふむ」



 フィオナ様は正面から壁を突破した。



「だからー!!!」



 あたしは万が一の時のために強行部隊を待機させていた。



「お願いしまーす、クラウス中尉!!!」

《問題ない、ターゲットインサイト》



《血を恐れよ!! この無垢なる者どもらの犠牲が惜しくば、その矛を――》



 イクス卿が人質を盾に現れたところを、数キロ離れた断崖絶壁から狙撃。不意を突いたことで潜入していた情報部が敵と人質の分断に成功。


 イクス卿は狙撃を逃れギアで応戦の態勢。


《反逆者と交渉などしません》

《笑止!! 女が単機とはこのイクスも舐められたものよ!! 大戦時を知らぬ青二才めが!! 本物の機士の戦いというものを――》



 言い切る前に、フィオナ様の特化型クラスターが敵のグロウを粉砕した。



 ちなみに、このクラスターはフィオナ様がルージュ殿下におねだりして譲ってもらったお下がりを、軍が改造した機体だ。

 両手に『クロスジャベリン』を装備している。


 後方部隊のあたしたちにも聞こえるほどの破壊音がし、機体はバラバラになって宙を舞った。


《よ、よくもやっ――》

《うわ、なんだ、な――》

《待て、降参!! こうさ――》


 バイザーモニターで四回。金属同士の火花が明滅した。

 瞬く間に、4機のギアが天高く弾け飛んだ。

 鉄の雨が降った。



「うわ、決着だ……」



 フィオナ様が飛び出して、わずか35秒間のできごとだった。


 人質救出、その後の処理もあっという間に進んだ。

 情報部とか各方面には怒られた。あたしが。


「はぁ、はぁ……え、すごい疲れたんですけど」

「あらあら、大丈夫? お水飲みます?」


 フィオナ様は何事も無かったかのように帰還した。


「フィオナ様、なぜいきなり突っ込まれたのですか?」

「えー」

「えーじゃないです!!」

「ばばーんといきましょうって……」

「それはやめましょうって」

「でも、貴女がちゃんとフォローしてくれたものね」


 あたしが支援部隊を配置していたの知ってて……


「……いえ、もういいです」

「ごめんなさいね。あのね……交渉が始まる気配を見せる前にやりたかったの。その方が、全員苦しみが小さくて済みますもの」



 人質となっていた子供とスロウマイン男爵令嬢が無事保護された。

 彼らに寄り沿うフィオナ様を見て思った。


 じいちゃんが言っていた、真の天才とはこのことだと。



 帝国に帰還した。



「よくやってくれた」

「いえ、あたしは何も」

「気位が高いとね、政治だなんだと、的確な判断を誤る。君はマーヴェリックとつながるフリードマン大佐にコネクションをつくったな?」


 人質救出になれば、後方支援に特化したクラウス中尉が適任だと教えてもらい、参戦してもらった。


「ああ、すいません!! ウェールランドの軍人を知る機会は滅多にないと思いまして……アハ、アハハ」


 そうだった。

 ギルバート殿下は前にフリードマン大佐にふっとばされたことが……


「我が軍にその発想はない。だから君が適任だと思ったんだよ」

「え?」

「君は頼るべき相手を間違えない。他人に頼る上で一番難しいところは率先して請け負う。その慎ましさと献身、今後も大いに我が軍のため、ひいては帝国のために役立ててくれたまえ」


 他人頼みの立ち回り。

 ただ頭を下げてお願いして回っただけなのに。


 あたし、褒められてる?



「ギル、私もがんばりましたよ?」

「なんだ、あの程度治められて当たり前だ。肩慣らしで簡単な案件を回してやったんだ!」

「私は素直なギル君が好きですよ」

「は、はぁ? 大体な、初陣でクラスターを大破とはどういうことだ!! あれも血税でできてるんだ!! 分かってますか!?」

「フレームが歪んだだけだから中破ですよー。それに~もとはルージュ殿下の私物なのよ~」

「だったらいいのか!!? もらったものは大切に使いなさいね!!」

「……ごめんなさい」

「ま、おれの妻として恥ずかしくない戦果ではあるが」

「まぁ、素直なギル君は大好きですよ」

「ギル君はやめなさい……皆の前なんだから、職務中に……」


 うわー仲いいなこの夫婦。見てらんない。

 失礼しまーす。見てらんないから。



 部屋の外に退散すると、ここにも真の天才がいた。

 こうして間近で見ると小さいな。


「入ります? 今だと、居心地悪いですけど」

「通常のクラスターの耐久度では『クロスジャベリン』の最大出力には対応できません。『ハイ・グロウ』ぐらいじゃないと」


 急に喋るじゃーん。


「あ、ご親切にどうも。あたしストラ・ガウス軍曹です」

「知ってます。あの、ちょっと待っていてもらえませんか?」

「はい、あたし?」


 あ、ギルバート殿下の件か。

 やっぱり、じいちゃんにつないでほしいってことだ。


 部屋の中が騒々しくなった。

 こっそりのぞくと、皆が泣いて喜んでいた。


 え? どういうこと?


 とことことグリムが戻ってきた。



「お待たせしました」

「あの、ギルバート殿下のお身体を戻す件は?」

「んん? ああ、それは目途がついたので大丈夫です、はは」


 どういうこと?

 解決の方法を見つけたってこと?


「まだ一週間ぐらいしか経ってないのに……」

「だって、早い方がいいでしょ」


 フィオナ様と同じだ。

 リスクを負っても行動する。それが――


「ならギアについて?」

「さすが補佐官殿、察しがいいですね」



 緊張感が駆け巡った。

 じいちゃんにこの天才を会わせていいものか。

 この二人を引き合わせたら何かとんでもないことが起きる気がする。



「グリムさん、一つ聞かせて下さい」

「恋人はいます」

「うぉい!! ちがくて……帝国の実力主義とは何だと思いますか?」

「急に難しいこと聞きますね。何だって言われても……」



 彼は、ふりふりと何度か首を傾げた。


「ぼくこそ、誰かと世界を救える。そういう使命感で生きてます」


 小さいとか思ってごめんなさい。


 18歳でこの境地か。


「――っぽいでしょ?」

「アハハ、っぽいっすね! いやすごい。グリム先生って呼びますね」

「よせやい」



 あたしは彼をじいちゃんに会わせることにした。

 たぶんあたしはこうする役回りなんだろう。



「あの夫婦見てらんないですよね」

「そうだね!!」



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― 新着の感想 ―
ギアの生みの親の孫登場と。 交渉事に長けた才能の持ち主だけどそれが自覚できず自己評価低め。 機士よりも補佐官とか副官やる方が向いてるタイプだね。 その縁からギアの親である祖父とグリムの邂逅がなって、…
コネを作るのだって大変だし、才能がいるんだよ そしてコネがあれば、この世の大体のことは何とかなる そして夫婦喧嘩は犬も食わない、ってね 末長く爆発しろ!
コネクション作りの天才ということですね!
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