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118.霊視

 


 装甲の塗装が剥げ、パーツが脱落し、フレームが歪み、動力炉が煙を吹いているギア。

 激しい戦闘の爪痕を刻み、沈黙する両機を前におれは言葉を失った。


「ん゛ー!!! ん゛―っ!!!!!」

「怖えよ」

「悪かったって~」


 悪びれた様子の無い、フリードマンとマーヴェリック。


「仕事を増やさないでくださいよ」


 2人はいつかの借りを返すだとかで、対決したようだ。


「で、どっちが勝ったんですか?」


 両人は自分を指さした。引き分けか。

 直してもどうせまた繰り返すことになる。

 お灸を据える意味で、2人は後回しにした。


 帝都守備隊のギアも総当たりで整備が行われている。

 一日中整備に明け暮れる。


 ふと気づく。気配だ。後ろに誰かいる気がした。

 冷や汗が出る。


「な、なんだ……?」


 後ろを振り返る。


 誰もいない。

 気のせいか。


「機体のアラが目立つな……いや……」


 おれは不安を背に抱いたまま、整備を続けた。


 翌日。


「グリム~」

「グリムー」


 すり寄るおっさん2人を躱す。

 結局興が乗って、2人の機体も整備してしまった。


「いいなこれ。卸し立てのパーツ入れたのか?」

「いえ」

「出力上げてくれたのー。気が利くじゃなーい」

「いえ」

「え? なんか速くなった気がするが」

「えぇ? 感度上がってるぜぇ?」

「うん? 整備しただけですよ?」

「「「うん?」」」


 3人で首を傾げた。


 管理庁の人と軍の経理の人が来た。


「あのグリム技術主任、使ったパーツは申告いただきませんと。いえ、確認はこちらで致しますが」

「守備隊のギアの整備は実に良い。ただ、使用備品の記載が漏れている気が……いや、実に良いのだが」

「そんなはずは……いえ、すいません」


 疲れてチェックを間違えたのか?

 いやそんなはずはない。

 確かに、ギアの馬力が違う。

 おれの想定した機動を超えている。

 誰かが手を加えた?


「あの、グリム主任?」


 機体をチェックする。

 冷や汗が出た。


「無い……」


 動力炉の吸排気系、ミッション系、感応機や魔力供給ラインの全てがおれの整備したときのままであり、パーツの追加が一切見られなかった。


 予期せぬ馬力向上は機士の操作性に影響を与え、損耗のリスクを上げる。

 


 調べている最中、また背後に気配を感じた。



「どうされた?」

「誰かいませんでしたか?」

「いいえ、誰も」



 何かが起きている。

 おれは人に相談することにした。



 ◇



「ぼく、霊魂とか信じてるんです」


 おれの唐突なカミングアウトに、アイスクリームを食べていたマクベスとネフィーが席を立ち、距離を取った。


「いや、魔法は人の意思が介在し、スキルに至っては感覚や思考も影響しているわけで。それらが死後どうなるのかを考えれば、思念のようなものが残ることは可能性としてあると思うんです。戻って来て」


 2人が着席した。


「確かに、死者と対話するスキルの存在は文献にもある。帝国の祖霊崇拝の精神も、霊魂の存在を念頭に置くもの。ただ普段意識することは無い」

「急になんでその話を?」


 おれの『状態検知』は目視が条件だ。

 なのに、ここ最近後ろに強い気配を感じる。


 あの時……地下坑道で首をはねられた『帝劇の刺殺魔』、彼女の生首の夢を見る。


「ぼくの後ろに、生首付いてませんか?」


 再び二人が席を立ち、距離を取った。


 いや、真面目な話なんだが。



「相談する相手を間違えたか」



 この手の話を相談できる相手が一人だけいる。

 おれは彼女と連絡を試みた。



 ◇


「で、どうでしょう?」


 整備ドックの事務室。


 バイザーに映るのは蒼い髪に紫色の眼を持つ女性。

 原作ヒロイン、現職の正統派巫女、ソラリスだ。



《いらっしゃいますね》


 挨拶もそこそこに、さっそく霊視してもらった。

 彼女の天眼は、霊魂を見通す。

 その力で死者と対話し、フェルナンドの隠された本性に気付いた唯一のヒロインだ。


 おそらく彼女は『ネメシス』の操作テクも過去の機士から教授され適合率を跳ね上げていたと思われる。


《見えます。見えます……あなたの肩にしな垂れ掛かるように顔を寄せている彼女が……》

「うわぁぁぁ!! 離れろぉぉぉ!」


 密室で見えない霊魂を振り払うために転げまわる。

 魔法を試みる。


「はぁはぁはぁ」

《無駄です。霊はそこに在って居ないものです。あなたにそれが認識できていない以上、魔法的な干渉はできません》


 ホント無理。聞かなきゃよかった。


「巫女先生、お祓いを! 何卒ぉ!! このグリム、後生の頼みにございまするぅ!! 何卒ぉぉ!!」

《いいのですか?》

「お金ですか!? いくらでも払います!!」

《おやめください。私は天の導きに従う巫女。俗世の習いとは無縁です》

「そんな……」

《ですが、あなた様がどうしてもと言うのなら、お気持ちをウィヴィラへご寄付いただいても構いません》

「もちろん全財産寄付致します!! どうかウィヴィラの天のお導きを! ご加護を!!」

《そうですか。わかりました……にゃー、にゃーにゃー》


「はぁ?」


 急にどうした? この人。きっついぞ。

 これが除霊なのか?


《む、いまいち反応がありませんね。グリムさん、その猫の名を教えてください》

「……猫?」

《はい。あなた様の顔にすりすりしている可愛らしい白猫でございます》

「猫―!?」


 いや、待て。

 白猫?

 もしや、幼少期友達がいなさ過ぎて廃屋で構ってもらっていたあの白猫か?

 おれが軍基地に住む少し前、いなくなってしまった。


「猫―っ! 祓わないでー!!」

《そうでしょう。確かに猫背は改善されますが、愛嬌が消えるのはよろしくありません》

「そういうシステム? いやいや、猫じゃなくて!」

《では大きな瞳であなたを見つめているその方のことでしょうか?》

「え?」

《……今、あなた様の足元にいらっしゃいます》

「ひえっー!」


 飛び上がった。


《祓いますか? 祈祷に儀式設備などの出費が多少ありますが構いません。お気持ちをいただくだけで》

「やって! 全財産払うので!!」

《そうですか。わかりました……うぅーわん、わんわん!!》


「はぁ?」


 また急にどうした? 怖い。

 追い詰められて相談する友達がいないと、こうなるのか。


《む、無視されました。グリムさん、その犬のお名前は?》

「……犬?」

《はい。あなた様の脚にすりすりしている可愛らしい大型犬でございます》

「犬―!?」


 いや、待て。

 大型犬?

 もしや、遊び相手がいなくてメアリー先生宅でよく遊んでもらっていたあの大型犬か?

 おれが兵学校に入学する前に老衰でお別れした。


「犬―っ! 祓わないでー!!」

《そうでしょう。確かに落ち着きを取り戻しますが、逃げ足が遅くなるのは危険です》

「そういうシステム?」


 その後もソラリスの霊視は続いた。


「馬―!!」


 動物シリーズ。


「ハイデルベルク社製、インパクトドライバー!! 初任給で買ったやつ!! え、道具とかもあるの!?」


 道具シリーズ。


「そうじゃなくて、人だよ!! 人間!! わかっててやってるだろうあんた!!!」

《いらっしゃいますね。見えます、見えますよ……》



 最初から言え。

 この似非巫女が……詐欺なんじゃないか?

 こういうのを霊感商法って言うんだ。

 絶対金払わないからな。


 ソラリスはそのまましばらく動きを止めた。

 その視線は深く、鋭くおれの背後に向けられた。



「あの」

《あなたは負い目に感じている。けれど――自分がやるべきことをしただけ。だから気にせず、そのまま突き進め。妥協せずに突き詰めることをやめるな。職人であり続けろ――だそうです》



 急にどうした? 茶番が辛くなったのか?

 実は次はどんなアプローチで来るのか期待していたのにがっかりだ。


「……え? 誰が? 適当なこと言わないでくださいよ」

《男が人前で泣いてるんじゃねぇ――だそうです》

「目から涙がこぼれただけです」


 ウェールランドの乾いた風と、古いオイルのにおいと、思いやりに満ちたあの檄が聞こえた気がした。



「そうですか。ありがとうございました」

《以上です。つきましては、口座を支援団体名義で開設致しますので、そちらに振り込みを――》


 おれは通信を切った。

 ごめん魔力切れだ。


 ソラリスの力は本物だ。

 そこで、わかったことがある。

 この違和感の正体だ。



 外を歩く。

 やはり、違和感がある。いや、もっと明確にわかる。



 おれは振り返る。建物の陰にいる女と眼が合った。

 彼女はトホホとうなだれこちらに歩み寄ってきた。


「不覚だよ。まさかグリム君なんかに見つかるとは。私も腕が落ちたか」


 テスタロッサだ。

 ずっとおれの背後に纏わりついてた気配。

 それは、死んだ女の生首ではなく白蛇の情報官。



「いつからですか」

「……君が私をお財布扱いしようとした後からだよ」


 カフェで逃げられた後か。

 あの時はマクベスがいた。

 彼女の隠密は卓越している。


「そうか……」


 闇魔法は重力を操作するが、根本的には空間を操っている。

 魔法的に空間を認識する能力。

 スキルを意識的に扱うことで、おれの魔力操作そのものが向上したのか。

 そう言えば、フィオナが後ろにいたことに気付いたし、ギルバートの親衛隊も簡単に止めることができた。



 それが、生首の気配の正体。



 おれは『帝劇の刺殺魔』に襲われたとき、強く印象付けられた。

 スキルと魔法の混合。オリジナルスキルの存在。


 それを無意識にやっていたのだ。



 おれは整備所に戻り、機体をチェックした。



「あ、グリム主任、申し訳ございません。パーツの記載漏れの件ですがこちらの勘違いでございまして」

「しかし、パーツが使われずに出力が向上しているのはなぜなのか、説明を求める。軍内で、貴官がギアに霊的な力を込めたと噂になっているのだ」

「単なる初期回復です」



 整備直後の性能のピークだ。



「それで、出力そのものが大幅に変わったというのですか?」

「信じられん。いや、確かに使用によって徐々に性能は落ち着いていったが……」



 おれはそのピークを一段跳ね上げるだけの技術を手に入れた。

 目視や手の感覚では気づけない傷や異物を空間魔法と分析スキルで認識する。オイルの浸透具合から装甲塗膜のムラまでわかる。


 高精度魔力ナビゲーション。


 これなら――



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思い出の猫やワンコに親方が見守ってくれてるのを教えてくれたんやし ちょっと位払ってあげてもいいんじゃないかね バッチリの凄腕だったわけやし まぁ、散々怪談されてるわけやけどもw
お金は要りません、でもお気持ちばかりの寄付は下さいねw
親方、守ってくれてたんだね。
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