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117.慰霊祭

 

 名誉挽回の会議の後、席を立ったおれの後ろに人の気配。

 振り向くと、フィオナが驚いていた。


「わ〜」

「わ、距離感!」

「わ~」

 

 近い。一歩引くと一歩詰められる。

 この人はなんか苦手だ。

 ド天然だし。


「な、なにか御用ですか、お妃様」

「グリムさん。夫を助けて下さりありがとうございました」


 頭を下げるフィオナ。


「どういたしまして」

「私は夫に何もできませんでした」

「はい」


 まさか精神汚染とはわかるまい。

 わかったとしても、対抗波長の治療法ができたのはこの間だ。 


「薬を盛ったり、昏倒させたり、部屋に閉じ込めたり色々試したのですけど〜」


 冗談だよな?

 本気じゃないよね?


「後宮に閉じ込められてしまって……」

「そりゃそうでしょ」


 恐妻だ。表に出しちゃいけない人だ。


「お口は悪いですけれど、彼も本当に感謝しているのですよ」

「元気みたいで良かったです」

「はい。たとえギアに乗れなくても、生きていますから」


 ギルバートの分も戦うべく、彼女は戦線に復帰を決めた。

 北部は軍の再編成に時間を要する。

 過酷な道のりだ。



「ぼくにできることがあれば」

「……いいえ〜」


 彼女は何かを言いかけやめた。


「次は私の方がお役に立つのですよ」


 にこりと笑ってフィオナは歩いて行った。


 ◇


 翌日。

 広場を埋め尽くす黒い礼服。白い献花台。

 静寂の中、慰霊祭にてフェルナンドの死が発表された。

 皇子の死は帝国の力への疑問と不安を生む。

 それらを払拭するように、皇帝は公の場に現れ、広場で犠牲になった者たちに哀悼の意をささげた。



「帝国の力は人である。誰もが可能性に満ちている。名も無き物乞いの少年が人知れず夢と理想を抱き、己の力で学び、人との出会いに導かれ、偉業を成すやもしれぬ」


 誰かの仕事が誰かの役に立っている的な話か。


「余はそれが実現する国を理想とする」


 周りは感心して聞いていた。


「此度の暴動は、未来の数百、数千万の命を危険に晒した。余は未来のため、今一度権勢を振るおう」


 歓声に続き、ルージュ殿下が壇上に立った。



「悲劇だ。帝国軍はいつからここまで弱くなった? 死した者たちが英雄だと? 傷をなめ合うのが帝国軍人か? 違う!! 目を覚ませ!! この反乱に与した者、帝国に反旗を翻す者どもを根絶やしにするのだ!!!」



 やや芝居がかった、皇帝と対極的な演説。

 号令で応える軍人たち。

 慰霊祭はひりついた空気の中終わった。



「まるで悪者みたいだ。殿下も亡くなった兵士には敬意を払っておられたのに」


 マクベスがつぶやく。

 それにフリードマン大佐が答える。


「あえてだよ。陛下の王道に相対し覇道を選択された。皇帝陛下の下で団結するための、悪役を買って出られたわけだ」

「軍としては間違っちゃいないね。過激派の舵取りも要るのさ」


 マーヴェリック少尉が賛同する。


「ま、こういう役回りは皇子の仕事だったけど、両方いない。これから北部軍の再編もあるし締めるところは締めないとやばいからね〜」


 帝国北部。

 ギルバート軍の瓦解により、それまで抑え込まれていた貴族勢力が各地で駐屯軍を取り込む形で貴族間抗争へと発展している。

 貴族同士の領土拡大、利権の奪い合い。

 残存勢力での鎮圧に苦戦している状況だ。


「それで、妃様に代わりは務まるんですか?」


 おれの質問にマーヴェリックが首を横に振った。


「ま、無理だわな~。おれと同じで叩き上げの機士さ。生まれは貧乏貴族だが、市民と大差ない育ちだし」

「それでも、10年前からいる古参はフィオナ様に付き従うだろ」

「まぁねー。それで、どこかを見せしめに血祭りにすることになるわけでー。向いてないのよねー」


 心を鬼にして、歯向かうものを処刑して回らなければならない。心を削る戦いだ。

 適任とは言い難い。


 何か違う解決策があればいいが。


「グリム」



 帰ろうとしていたらおれだけルージュ殿下に呼び止められた。

 別室に招かれた。


「私が偉そうな事を言っても、東部方面軍総帥だからな。牽制にしかならん。やはりギル兄の存在は大きい」

「そのようで」

「そこでだ。なんとかならんか?」

「手足をってことですよね」

「ああ。ついでに目も。対価は支払う」


 ルージュ殿下の目は真剣だ。

 やはり北部の統率者の擁立は急務。

 ギルバートが復活すれば理想的だ。

 鎮圧も最小限の犠牲で済むかもしれない。


「殿下、ぼくはギアの専門家なので、ギアなら大体なんとかできるのですが」

「その技術を人体に応用はできないだろうか」

「できないですよ」


 予想通りの回答だったのか、殿下は目を伏せたままだ。


 そう単純ではない。いや単純すぎるくらい問題はシンプルだ。

 人間の動きを再現する機械。

 それすなわちギアと同じ。

 問題は単純に設計の大小。

 感応板を含む内部フレームから基礎フレーム、動作機関、それらを制御する記録補助装置。

 このユニットごと人間サイズに落とし込まなければならない。それもギアより精密かつ繊細に。

 

 それができるなら、複雑なスキルや超絶技巧を機体の記録補助だけで再現できる。

 機体のコンディションはセンサーで管理できるし、魔力の微妙な感応差だけで全身のミッション操作、エネルギーの開度調節ができる。マニュアル操作無しの全自動化だ。

 5年、いや10年先の技術。それだけ精密機器の小型化とはシビアだ。

 今のおれには到底できない。

 

 発想の問題じゃない。現代の技術力の問題。


「お前にも作れない物があるのか」

「ギルバート殿下は政務だけでも十分影響力を保てますよ」

「そうか。わかった」


 部屋を出ると北部軍の兵士が待っていた。


「ルージュ殿下、お客様が」

「お時間頂きます、グリム殿」

「え、ぼくですか」


 半ば強引に案内された部屋はギルバートの居室だった。


 直接対面すると痛々しい。


「この身体、君ならなんとかできるとルージュが言っていたんだがね」


 ルージュ殿下、おれの逃げ道を絶っていたのか。

 なら命令してくれれば……いや、正式な軍務で失敗すれば、おれが製造権を失う。

 求めるは挑戦への第一歩。

 すなわち、完璧な義手義足ではなく、不格好でも何年かかろうと、可能性を示したいのだ。


 兄へ希望を与えたいのだな。


「いやいや安心したまえー。どうせ無理なことはわかっている」

「え?」

「彼女は子供の頃からああでね。あれでも皇女だ。それにあの容姿と才能だ。聞き分けが良く育つわけないだろう」

「ははは、そりゃそうですね」

「まぁそれだけではないがね。彼女は君を心底信頼しているんだろう」


 ああ、ちくしょうめ。

 ルージュ殿下の気持ちがわかる。

 この人は善人ではないし、プライド高いし、横柄だし傲慢だし威圧的になるし素直じゃないしいい年して拗らせていて、総じてめんどくさい人だ。

 だが、人間的で嫌いになれない。


 人の苦労や葛藤、弱さを知っているからか。

 単に不器用で表裏を使い分けられないからか。


「物分かり良く大人ぶるのは見ていて気持ち悪いですね」

「聞き間違いか? ん〜? なんだって?」


 病床のギルバートはわざとらしく聞き返す。


「二流の機士が復帰しても無意味か」


 ギルバートより先に親衛隊が動いた。

 背後から本気で飛びかかってきた数人を重力魔法で止める。


「貴様、皇子殿下への非礼万死に値する!!」

「生きては返さん!」

「その首置いていけ!」


 沸点低いな。全員抜刀しているし。


「待て待て、君たちこんなわかりやすい挑発に乗るな! 単純だな、全く!」


 ギルバートに窘められ下がる親衛隊。


「そちらの方がショックですよ……あのね、君も人を試すようなことを言うんじゃないぞ? 満身創痍の私が余計に傷ついたぞ、おい?」


 焚き付ければその気になるかと思ったのに。

 おれに恩義を感じているのは本当のようだ。

 だから、無茶な頼みができないのか。


「大変失礼しました。二流じゃないですよね」 

「三流と言ったら、君たち、やっておしまいなさい」

「身の程を知っている一流だから、残念なんですが」

「どういう意味だ」

「機士は多少自惚れていた方がいいですよ」


 強引に頼まれていたらおれは引き受けていたかもしれない。

 だが本人が望まないのに、おれに火がついてもだめだ。

 身を引くにも覚悟がいる。

 それを否定するのも違うし。


「そうだな……20年前に教えて欲しかったよ」


 ダメか。


「ゆりかごならすぐ作れます」

「クラウディアのか。ああ、手数をかけるが頼む……」


 おれは部屋を出ようと背を向けた。


「ああ、あんな地味なものではなく豪華に頼みますよ!」

「はい」


 扉に差し掛かった。


 使用人が扉を開けようとノブに手を伸ばす。


「おれ様は第一皇子だぞ! そのおれに万が一があればどうする!?」


 振り返る。


「君に責任が取れますか、あぁ!? 北部のひねくれたどうしよーもない輩同然の自称貴族供が暴れ回るぞ! 君は大逆罪で即、死刑、です!!」


 彼は困った顔だ。包帯に血をにじませ、興奮した様子で叫ぶ。

 それはきっと20年分の想い。止められないのだ。

 理想を追い求めた機士としてのエゴと、皇子としての責務。

 様々なものが入り混じり、溢れ出てしまう感情だ。


 

「どうするんだよ! おい、技術者!! どうしようもこうしようも無いっ!! はなっからそうだろうが、あぁ!?」


 まるで自分で自分を納得させているようだった。


「失敗してもぼくは色んなひとに泣きつくので余裕です」


 ギルバートは百面相。残った片目に涙が浮かぶのをごまかしている。


「まぁ、ぼくなら大成功間違いなしです。赤子の手をひねるくらい余裕です」

「あ、赤子の手はひねったらダメだろう!」


 親衛隊は黙っておれたちのやりとりを聞いている。

 おれは、次の彼の本音を待った。


「命と尊厳を救われた身で、これを言うのは不本意だ」

「いえ」

「……グリム、おれの機士としての生き方を取り戻してくれ」

「そのお手伝いなら、喜んで」

「恩に着る」


 ギルバートは頭を下げた。親衛隊が慌てる。

 

「お礼は聞き分けの悪い妹様にどうぞ」


 部屋を出ると、フィオナが立っていた。

 彼女はおれが廊下の先に消えるまでずっと頭を下げていた。身を震わせながら。


「さて、忙しいな」


 理論、構造設計は……うん、できた。

 あとは技術的な問題。

 今のおれにできないなら答えは簡単だ。

 

 おれが今の自分を超えればいい。


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メンドクサイ男たちの熱い茶番劇、燃えるぜ でも、神域の超天才しか口にできないクソ傲慢なこと言いおったぞコイツw
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