116.機士の能力判定
『ギガンテス』の脅威度判定を実証する実験は、鹵獲した機体の大破という不祥事で終わった。おまけに新型の兵装も機体の中破を招いたとして、散々な結果だ。
これは弁解の余地が無い。
妃フィオナの力を見誤ったおれのミスだ。
おれは皇宮に呼び出された。
玉座には皇帝。貴人、軍人の列が為す道を中ほどまで進む。歩みを止め、最大限の礼をもって接する。膝を着き、頭を垂れ、沙汰を待つ。
周囲のざわめきを耳にする。
濃密な気配が目の前に近づいていることを察したが、おれは面を上げなかった。
すると、肩にポンと手を置かれた。
「行動の結果全てが成功となる者はおるまい。失態は功で補えば良い」
お咎めなしだった。
おれが顔を上げると皇帝陛下は立ち上がり、玉座に戻った。
皇帝陛下、優しい。
「そなたの新たな課題を見出すに至るその先進性と行動力はガイナ帝国の技術分野に大きく寄与することであろう」
褒められた。
だが、ぬか喜びするのは危険だ。
地位には責務を、責務には評価を、評価には実力を。実力がある者にこそ地位を認める。それが帝国のグランドルールだ。
叱責より評価の方が怖い場合がある。
何か評価されれば、それに応じた身分や地位で束縛を受ける。
「よって余はその活躍の場と、権限を見直し、新たに製造管理情報保持権限を与えるものとする。権限の法的根拠は管理庁での高等技術専務の職位によって保障される。なおその職位は名誉職とする。以上だ」
先ほどより一層周囲がざわめいた。
つまり、おれはギアに関する設計と製造に関しその技術情報を自ら管理できる。報告する義務から解放された。しかも、何の制約も無く。
実質、製造管理権を有しながらの自由。所属の制約も無い。
考え得る限り、最も理想的な立場だ。
皇帝陛下万歳。
「陛下のご寛容と格別なる御配慮には、言葉もありません。その御厚意に報いるべく全力を尽くします」
「期待する。グリム・フィリオン」
やることは決まっている。
新型の回収が済めば、後は完成させるだけだ。
◇
皇帝への拝謁の後、おれはルージュ殿下に皇宮の大会議室へ呼び出された。
マクベスも一緒だ。
「政務、お疲れ様です、殿下」
「うん」
ルージュ殿下は反動勢力の摘発のため陣頭指揮をしていた。
「決着をつけるまでにこれほど短期間で済んだことは驚きです」
「時間的猶予が無いからな。皇室への信頼も揺らいでいる。そこで漠然とした軍拡より、まず軍の再編、軍律の引き締めと能力に応じた正当な人事が肝要だ。そこで、協力を仰ぎたい」
「機士の評価改正ですね」
特権を護るための不可侵。
それが機士の能力評価だ。
今回排除された者の中にも、金にものを言わせたギアで機士を名乗り、実力は全くないという輩が大勢いた。
「ギアの実戦投入から30年、機士の評価方法が変わっていない。この棚上げされた問題の解決を模索したい」
「はい、殿下」
会議室にはその後、続々と機士が集まった。
バイザーモニター越しのリモートでの参加者も多数。
知っている機士ばかり。
「皆、慰霊祭の前にすまないな。メンツは私的に集めただけだ。意見を集めておきたいのでな」
私的というものの、人選は実に理に適っている。
戦法や戦闘スタイルがバラバラだ。
「重ねて悪いが、機乗力は公開とさせてもらう。闊達な議論のためだ」
名簿がある。
■カットバック型
〇ルージュ 前・攻【近:19 遠:8】
〇マクベス 前・攻【近:18 遠:14】
〇マーヴェリック 前・攻【近:14 遠:18】
〇フリードマン 前・攻【近:11 遠:3】
―リザ 前・防【近:8 遠:4】
―スカーレット 中・支【近:7 遠:5】
〇ノヴァダ 後・攻【近:8 遠:9】
Xソリア 前・支【近:8 遠:3】
■ストレート型
〇フィオナ 前・攻【近:9 遠:1】
―ギルバート 後・攻【近:9 遠:12】
―クラウス 後・攻【近:3 遠:9】
Xイゴール 前・防【近:7 遠:2】
〇は出席者。-はリモート出席者。×は欠席。
フリードマン大佐は慰霊祭出席と、軍編成の人事で帝都に来ている。
スカーレット姫率いる属州駐屯軍はまだウィヴィラを離れられないためリモートだ。
ギルバートは病院から。スキルコンボの回復スキルで話す分には問題ない。
ソリアはフリードマン不在のため全隊の指揮で欠席。
イゴール君はサボり。会議とか興味ないんだそうで。
あいさつや自己紹介も省いてルージュ殿下は進行する。
「まず現状の課題を明確にしておくか。機乗力と戦闘力の相違を埋めること。役割と配置認識を明確にすること。この二点だ」
機乗力と戦闘力の相違。これはルージュ殿下とフリードマンを比べれば明らかだ。
機乗力に差があるが2人の近接戦闘能力はほぼ互角。
ギアの差があったとしても、フリードマンは旧型の三式グロウだ。説明にならない。
それに、カットバック型の前・攻スタイルとあるが、2人の戦術は違う。
ルージュ殿下は主に剣で戦うが、熱魔法を用いた遠距離攻撃もある。
フリードマンは高機動近接戦のみ。
前・攻というのはあまりに大雑把だ。
「機乗力が評価の判断材料になるのは確かだ。しかし機乗力の計測は的や障害物を用いた機動テストで、機体を操る能力を測るもの。だが、相手がいる実戦とは状況が違う」
《実戦で使える機士、その参考になる値が割り出せるなら有用であろう。機乗力が高く、機体は最高級でも実戦では役に立たない者は貴族にありがちである》
ギルバートが議論に応じる。
北部方面軍総帥だけあった軍の編成のリアル、問題点を良くとらえている。
もうギアに乗ることはないだろうが、こういう形で軍に携わっていくのだろうか。
《いっそ、計測方法を変えるか》
「いや、それでは混乱を招くだけではないか?」
《戦闘に直結する技術となると何がある? おい、マーヴェリック。おれの妹に見惚れてないでお前も何か発言しなさい》
「――いやルージュ殿下もスカーレット殿下も、ホントに皇子と兄妹ですか? 似てないですね~。なーフィオナー?」
「んあ。もう終わりました~?」
「終わってないね、残念。今始まったねー」
ルージュ殿下がコツリとテーブルを突いた。
「ま、例えばっすよ。おれとフィオナがガチンコで戦ったら、ま、勝てませんよね~」
「ほう?」
近接での機乗力はマーヴェリックが14、フィオナが9。
「いわゆる『フィオナ・ストライク』に対応するため、おれはおなじみ『スーパーマーヴェリックタイム』を編み出して勝ったわけです。ここを使ったってこと」
マーヴェリックが頭を指す。
『フィオナ・ストライク』は『ストライク・チャージング』を用いた戦術のことだ。機体の最高速、最大トルク、最大威力の瞬間、相手の踏み込みの勢いが地面に吸収され失速するタイミングでノーブレーキのまま突撃する。
敵の迎撃はカットを切らず、直線軌道のチェンジオブペースのみで躱す。
超絶技巧というより魔力制御機動の極意だな。
直線的な戦いを避けるため彼は『クイックターン』による急激な緩急を習得したというわけか。
「機乗力より、必勝法を持ってるかって大事じゃないですかね」
超絶技巧は、機体のコントロールだけではなく、相手の動きを見極める能力も求められる。
機乗力は戦闘力ではなく、超絶技巧は戦闘力を測る指標となるわけだ。
「義姉上、貴女はいかがお考えだ?」
ルージュが問うとフィオナが戸惑った。
「え~っと、え~っと……」
注目されると眠そうな柔和な顔で恥じらい慌てた。
「機乗力がどうとか~こうとか~どうでも良いかと。強いか、よわよわかは、実際やってみれば良いのですよ~」
天然脳筋め。
しかし、一理ある。
網羅的に数値化する複雑さはかえって、戦力把握と軍編成の合理化から遠ざかる。
「そうだわ! グリムさん、あの槍は一本だからダメダメなのですよ! 両手に持てば良いのです~!!」
今それは関係無いし、二機装備して、壊れたら捨てるのか?
マイペースにもほどがある。
《これでも当時のフィオナはストレート型の完成系と言われた。それに対抗するための試行錯誤の過程で超絶技巧の習得は必須だったが――》
ようやく議論が温まって来たか。
スカーレット姫が異を唱えた。
《結局は個人技であり、隊の中で共有するべきもので、その隊に編成する上で必ずしも重要とは限らないわ……ねぇ、リザ?》
リザさんは落ち着いて発言する。
《超絶技巧を用いる実力があるのなら、己の立ち位置や強みを把握していることでしょう。そういった自己評価が評価として相違なく軍部で共有される仕組みを作る。それを議論するのが先決かと》
皆が納得する。
《超絶技巧は機士評価とは別に今後の課題とする。今はそこまで欲張るまい、ルージュ?》
「ふむ……では皆、己の立ち位置や強みに関して自覚があるだろう。一度それを意見し合うのはどうだろう?」
ルージュ殿下から、各々が自分について話し始めた。
前衛だ、攻撃だと一言で言ってもその性格は異なる。
常に攻撃を仕掛けるのか、攻撃のための段階を踏むのか、攻撃はどこから仕掛けるのか。
防御は何のためか。反撃のためか前進のためか、防衛のためか。
支援の具体的な内容、援護射撃か攪乱か、陽動か、従機士でのサポートか。
まずこの場にいる機士を分類することとなった。
議論は長く続いた。
おれは機士たちの話を聞いて、気付いたことをメモしていった。
最終的に、本人の意識、または客観的意見などから暫定的に10種の分類が当てはめられた。
■カットバック型
〇ルージュ 攻撃主体【近:19 遠:8】
〇マクベス 攻撃特化【近:18 遠:14】
〇マーヴェリック 情報分析【近:14 遠:18】
〇フリードマン 近接特化【近:11 遠:3】
―リザ 防御主体【近:8 遠:4】
―スカーレット 中衛特化【近:7 遠:5】
〇ノヴァダ 総合戦略【近:8 遠:9】
Xソリア 変則攪乱【近:8 遠:3】
■ストレート型
〇フィオナ 近接特化【近:9 遠:1】
―ギルバート 総合戦略【近:9 遠:12】
―クラウス 後方特化【近:3 遠:9】
Xイゴール 防御特化【近:7 遠:2】
総合戦略:距離を問わず攻守で立ち回るジェネラリスト
攻撃主体:攻め主体の戦術を用いて進行するアグレッサー
攻撃特化:どの位置からでも攻撃に参加するエース
近接特化:接近戦での攻撃の起点となるストライカー
防御主体:防御と回避から攻めに転じるガーディアン
防御特化:耐久力を駆使し前進するタンク
中衛特化:前衛への支援、戦線の維持を担うバランサー
後方特化:遠隔での狙撃、援護、支援をするサポーター
変則攪乱:相手を翻弄、誘導するトリックスター
情報分析:情報に基づいた戦術を駆使するストラテジスト
「おれって情報分析~?」
マーヴェリックは不服そうだ。
「おれって、攻撃特化かな」
マクベスも暫定的に実績から判断された。
「ふむ。マクベスについては戦局で変化するから私も迷ったが」
《この特性、一つに限定されないと思います。リザは防御主体だけれど、戦略的ですし、機動で相手の隙を生み出すから変則攪乱の性質も併せ持っているはず》
もっともだな。
マーヴェリックは情報戦略で弱点を突くが、同時に近接特化型であり、機動力で相手を翻弄する変則攪乱でもある。
マクベスは集団戦での変則攪乱、支援、援護射撃など弱点が無い。それが一個に固定できない理由だ。
ルージュ殿下はおれへ話を振った。
「で、グリム。ここまで聞いてお前はどう思う?」
「一つ、気付いたことがあります」
客観的な理解を深めることで、分析の精度は上がる。
どうやら機士たちは自他の比較対照で能力を概算している。
概算でもこのキャリア、能力の機士たちだ。
一致が見られる部分は精度が高いはず。
おれにはない感性の部分で推し量っている。
その確定部分を基準に掘り下げ、原作知識に経験と思考で補う。
渡した紙を見てルージュ殿下は眼を見開いた。
ルージュ
■状態検知
・機乗力【近:19/38 中:6/21 遠:8/25 従:4/8】
・特 性【攻撃主体:SSS 近接特化:S 攻撃特化:B】
・位 置【前:SS】【中:A】【後:A】
・魔 力【属:熱】【技:S】【量:A】
・才 覚【機士タイプ】【統率タイプ】
・能 力【身体スキル】【感覚スキル】
・覚 醒【14/18】
マクベス
■状態検知
・機乗力【近:18/45 中:11/15 遠:14/25 従:12/18】
・特 性【攻撃特化:SSS 変則攪乱:A 攻撃主体:A 後方特化:B】
・位 置【前:SS】【中:S】【後:A】
・魔 力【属:―】【技:A】【量:S】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【身体強化】【感覚強化】
・覚 醒【12/20】
マーヴェリック
■状態検知
・機乗力【近:14/35 中:3/6 遠:18/35 従:1/12】
・特 性【情報分析:SS 近接特化:S 変則攪乱:A】
・位 置【前:SS】【中:B】【後:D】
・魔 力【属:―】【技:A】【量:A】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【身体強化】【感覚強化】【分析】
・覚 醒【12/20】
フリードマン
■状態検知
・機乗力【近:11/15 中:2/8 遠:3/10 従:2/11】
・特 性【近接特化:SSS 攻撃主体:S】
・位 置【前:SSS】【中:C】【後:D】
・魔 力【属:―】【技:S】【量:C】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【身体スキル】
・覚 醒【8/10】
ノヴァダ
■状態検知
・機乗力【近:8/10 中:8/10 遠:9/10 従:2/8】
・特 性【総合戦略:A】【後方主体:A】【近接主体:A】
・位 置【前:A】【中:B】【後:A】
・魔 力【属:-】【技:B】【量:A】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【回復】【身体強化】
・覚 醒【9/10】
フィオナ
■状態検知
・機乗力【近:9/10 中:3/5 遠:1/5 従:1/5】
・特 性【近接特化:SSS】
・位 置【前:SSS】【中:C】【後:D】
・魔 力【属:-】【技:SSS】【量:S】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【身体スキル】【感覚スキル】
・覚 醒【9/10】
「書記でもしていると思えば……お前にはこう見えているのか」
「はい。とはいえ、ここまで見えるようになったのは今です」
「……お前を参加させて良かった。よくやったグリム。全員分書け」
「いえ、さすがに直接見ないことにはわかりませんので全員は無理です」
「そうなのか? 万能とはいかんな。ふむ……帝国中巡って全員に会って来い」
「そんなご無体な……」
ルージュ殿下の眼は本気だ。
「ひえ」
《それがあれば、後は学者に方程式を割り出させ、試験に反映できるだろう》
「そうだな。皆長々とご苦労だった。特性と適正配置、目途は立った」
今後は得手不得手を把握した上での、戦略的配置と、長所を伸ばし短所を補う訓練の効率化が期待できる。
会議が終了した。
解散の前に姫と言葉を交わす。
《グリム、遅くなったけどギルバートお兄さまを救ってくれてありがとう。お兄さまも声を聞けましたことうれしく思います》
「いえ」
《……うん、まぁ……なんだ、その……スカーレット、君も身体には気をつけて、油断なきよう職務に当たり給え》
《はい、お兄さま!》
おれは?
命の恩人である、おれには?
《なんだ、その物欲しげな顔は!? 帝国の皇子たる私から言葉を賜りたいなどと、不遜ではないのかな!? ああ、ありがとよ!! 命拾いしました、これで満足ですか!!?》
「ははは」
《なんだ、それは! 身分の差というものね、君、弁えなさいよ!? いいか、皇子というのはだな――》
なんかこの人一周回っておもしろいな。




