115.5 ネフィー・リドリム
恐ろしい。
そう思わせるほどの手際だ。
技術者の班が複数に分かれ、分担して設計図を書き起こし全容解明を進めようとしているとき、グリムはわずか3時間で『ギガンテス』を組み直すばかりか、戦闘での損傷個所を修繕した。
「これがグリム・フィリオンか」
「なんてことだ……頭の中に設計図があるのか」
「なぜこれほど早い……」
闇魔法の扱いが恐ろしく巧みだ。
物体を浮かし、落としを正確に、複数同時にこなす。まるで無限の手を持つようだ。
何より、迷いの無い手さばき。
職人の技だ。普通この域に達する熟練工は年嵩の長老じみている。
それがこの若さ。努力や才能だけで到達できる次元ではない。
グリム・フィリオンはその整備能力で成り上がった技術者。
たった一人でカルカドの絶望的な戦局をひっくり返した。
当時まだ12歳。
それから5年以上たっている。
この男はまだ成長途中だ。
何がここまでこの男を突き動かすのか。
私もネフィー・リドリムとなり替わり、この男の半生を知るまでは想像もしなかった。
この20歳に満たないウェール人は、世界を救おうと本気で考えている。
「しかしグリム・フィリオンは戦略家ではない」
「それこそ、戦略家と技術者の才をお持ちの方はフェルナンド殿下のみだ」
「いや、ここにいるネフィー嬢も技術力と戦略家の面を併せ持つお方だ」
「いかがお考えですか? 北部を救った『リドリムの魔女』殿」
だから「安請け合い」だというのだ。
破格の身分と地位を手に入れたが、全く楽な仕事ではない。
私はグリムの言っていたことを思い出す。
「機体の荷重制御に難があるのです。機士への負担を考えれば体勢を崩すような、足場への戦略的なアプローチが有効となるでしょう」
問題は、その足場への攻撃の前に、あの魔法の壁を如何に攻略するかだ。
私には知る由も無い。
「なるほど! さすがはネフィー嬢!」
「対策会議を開き、検討を重ねるべきだ」
「果たして、グリム・フィリオンはこれに気が付いておるのだろうか?」
逆にグリムは何を知り得ないというのか。
常識だろうか。
「フン、関係あるまい。『ギガンテス』を修繕し組み直そうとも、実証実験に付き合う機士がどこにいる?」
そうだ。この実験は、参加する機士にメリットが無い。
「な、なんだ!? 中央軍ではない軍が……あの旗は……」
常識的に考えればの話だ。
現れたのは北部方面軍、ギルバート部隊。
「なぜ、ギルバート殿下旗下の部隊が?」
「ルージュ殿下の御采配……か?」
「しかし、荒々しい北部方面軍が言うことを聞くかどうか……」
彼らはグリムの前に整列。
傷のある老兵や、整った長髪の美男子、不敵な笑みを浮かべる淑女、鋭い眼差しの若者ら――毛色もバラバラの者たちながら、その一糸乱れぬ整列が彼らがまごうこと無き一個の軍隊であることを証明する。
親衛隊らしき男が前に歩み出た。
「グリム・フィリオン殿! 我らが主君ギルバート殿下の命により参上仕りました! 北部方面軍一同、誠心誠意お役に立たせていただく所存です!!」
「あ、はい」
この男には謎の人望がある。
言いたくはないが人を導く力がある。
「なるほど、目の付け所がさすがだ。落ち目の北部方面軍を手玉に取ったわけだな」
「数々の失態に加え、ギルバート殿下は継承争いに敗れ無残な姿だと聞く」
「都合よく使われ意のままとは情けない。機士のプライドも捨てたか」
ウィヴィラとの戦闘に敗れ、敗走。
その後挽回の機会も無く、主君ギルバート殿下があのようなことになり、北部方面軍内部も割れていることだろう。
多少リスクのある仕事を受ける者がいても不思議ではない。
だがその顔触れは勇猛果敢で名を馳せた武将から、知謀に富んだ名家出身のエリート、市民出身ながら佐官に上り詰めた叩き上げなど幅広い。男女、出身地を問わず、年齢も古参から若手までバラバラだ。
この構成、北部軍各派閥の有志らだろう。
ギルバート殿下への忠誠ゆえか。
本来主義主張の異なる彼らが未だ崩壊せずまとまりを保つのはもはや、それ以外には無い。
その彼らが今ここに集った意味。
打算などではない。
彼らは知っているのだろう。
自分たちの主君が、いつか敵対していたこのウェール人に自己と誇り、生命さえも救済された事実を。
「ぼくの手となり脚となり、言われた通り動いてください」
「そこまでは致しません! あくまで任務ですので!」
「ぼくがギルバート殿下を救ったのにぃ?」
「殿下をお救い下さった直接の御恩は、スカーレット殿下の従軍医と聞き及んでおります!」
「いや、ぼくが担当医の先生を紹介したみたいな。ぼくの判断力のおかげが全てみたいな」
「ですので、その返礼に任務をお受けいたします!」
「じゃあそのお礼、貸しにして取っておこうかな。もっと価値が上がるまで」
嫌な奴だ。
正面切って言えるだけ度胸があるともいえるが。
「では日を改め、小官らは失礼致します!」
本気にして帰ろうとする北部方面軍。
慌てて引き留めるグリム。
「うそですー! 今のはおもしろおかしい駆け引きじゃないですか。会話のキャッチボールでしょ、本気にしないでくださいー! いやだ、戻って来てー!!」
飄々としながらも、相手の懐に入る冗談めかした会話も、相手の本音を引き出し、距離を縮めるテクニックか……いや、考え過ぎか。
とはいえ馬鹿々々しいながら、あの荒くれ者たちと社交辞令を抜きにした会話が成立するようになった。
私にもこれをやれというのは無理だ。
「では、みなさん」
我々に問いかけるグリム。
「機体の整備をお願いします」
量産型の『グロウ』が三機。
『ギガンテス』に相対する機体は、管理庁技術班、中央軍技術班、そして我が『センチュリオン』が担う。
殊勝にもグリムがその活躍の機会を譲ったわけではない。
グリムは自分以外の平凡な整備でも『ギガンテス』討伐は可能だと証明しようというわけだ。
管理庁、中央軍両技術班がこれに疑問も無く参加するのは、このネフィー・リドリムを整備に加えることでそれを悟らせていないからだ。
まんまと私……いや、ネフィー・リドリムという存在を利用した。
その抜け抜けしさに思うところはあるが、あの腕前を目の当たりにしては口をはさむ余地は無い。
確かに、グリムが整備してしまっては戦力差を覆してしまいかねないからだ。
それに、リドリムの魔女を演じる私は作業に忙殺され、憎まれ口をたたく余裕も無かった。
機士とのフィッティングに我々は半日を要した。
◇
演習場で『ギガンテス』が倒れた。
各機関の予測に反し『ギガンテス』はその致命的な弱点を露呈した。
語るより、見せる。
否定しようのない事実に、一同は驚愕した。
「まさか……あの巨体がこうもあっさり……」
開始早々、『ギガンテス』が倒れた。
それも三機同時。
開始からわずか10秒。
それぞれが火、風、土の魔法の壁をつくり、その鉄壁の防御を確立した直後のことだった。
「なぜ……?」
技術者たちはおろか、機士たちもその理屈がわからないでいる。
なるほど、技術者ならではの発想だ。
「酸欠ですね」
グロウ三機は、『ギガンテス』の背中合わせにする隊形後、魔法を放った。
『ギガンテス』の火、風、土の壁は突破困難だ。魔力量の制約から解放されたダイダロス基幹の恐ろしさをまざまざと見せつけられる。
私はこの壁のその重なりと隙間が絶え間なく生まれる隙を突くと予測していた。
マーヴェリック少尉が見出した明確な弱点はそれぐらいしかなかった。
その予想に反し、グロウ三機が放った火魔法は『ギガンテス』三機の上空へ集中した。
「何のことはない。火魔法の壁を保つための酸素は上空から供給されなくてならない。その供給ラインの酸素を燃やし尽くし、壁の内部から酸素を奪ったのですね」
大規模な魔力供給を前提とした機体。
ゆえに魔法の壁には意図的にスポットがある。
火魔法の壁は煙と空気の流れでそのスポットを露呈させ、酸素の燃焼をピンポイントで狙わせる道しるべを生む。結果、自滅に追い込まれる。
グリムはその欠点に気付いた。
これでは壁も重装甲も全くの無意味だ。
「はい。今のが一つ目の方法です」
詳しい考察の時間も無く、すぐさま次へと進むグリム。
我々が慌てたのは言うまでもない。
まさか、まだ対策方法があるとは。
グロウ三機が『ギガンテス』を中心に弧を描く。
炎の壁の外側を延々と回り続ける。
そのうちの一機がジャンプ機構で跳躍。
そのまま『ギガンテス』らの頭上から強襲を仕掛けた。
物理的な攻撃。
『ギガンテス』らは反応すらできず、また倒れた。
「な、なぜ……?」
「避けるぐらいできたはずでは?」
「まさか、あれほどはっきりした動きを見失ったのとでもいうのか?」
単純すぎる動き。だが、それに『ギガンテス』が反応できなかった。
理由もまた単純だ。
「敵感知能力の脆弱性を突いたわけですね」
自らが生み出した炎と煙、元々の視認性の低さ。周回するグロウが一機欠けたことへの反応が遅れる。
その遅れは致命的に、頭上への対策への遅れと繋がる。
そして、垂直方向への衝撃に対する脆弱性。
『グロウ』一機のボディプレス。
重装甲で護っていても、内部に衝撃が突き抜けた。
設計上のもろさを付いた策だ。
「いや……あの陣形が無為であるのはわかったが」
「そうだ。戦略をあちらが変えてくる可能性もある」
「単純な攻撃物量で来られては被害が計りしれん」
なおも各機関は新型ギアの存在に悲観的だ。
ただ、これは私も同じことを考えた。
防御にとらわれず、攻撃にあれらの魔法を使えばこれらの戦略は無意味だ。それでこそ、脅威だったのだ。
しかし、なぜ敵はそうしなかったのか……
「じゃあ、次です」
その疑問の答えはグリムによって示された。
『ギガンテス』が放つ火魔法は『グロウ』の風魔法で跳ね返された。
風魔法は土魔法で防がれた。土魔法が地面に干渉をした途端、逆に『ギガンテス』側の地面が割け、足元をすくった。
「『ダイダロス基幹』を経由する限り、魔法の規模は互角。機体の大きさは関係ないというわけですね」
「なるほど……確かに」
「直感的に正面からの魔法戦は不利と誤認してしまっていた……」
「だが、これは機士の力量差もあるのではないか? 常に互角である保証はない」
むしろ機動力のある『グロウ』の方が回避という手段を持っている分、有利だ。
いや、単純に内部の受信機とセレクター間のライン、増幅装置を経由するライン、そこから手先の感応板へのライン。ラインの長さは『グロウ』の方が短い……!?
つまり、魔力を魔法に変換し、増幅し、放つ間でのタイムラグ、つまりは……発動スピードに差が生まれる。
「ラインの長さ……魔力速度」
私の漏れた感嘆の言葉に、皆も遅れて気が付いた。まさしく盲点だ。
「魔法力学か……!!」
「まさかそこまで計算に入れて」
「我々にとって誤差でしかないそのコンマ1秒未満で、圧倒するとは」
魔法がギアにおいて有効な戦闘手段となり得るのは魔力の束縛から解放された『ダイダロス基幹』登場ゆえ。
魔法力学はギア運動力学と比較され、未だに古いと軽視されがちだ。
そうだった。
グリムは魔力信号の無線実用化を果たしたスペシャリスト。
魔力の速度、サポートの魔法がギアで再現されるラグは専門家として考えて当然。
そして、『ギガンテス』のあの過剰な防御はこの弱点を隠すための必要戦術だったというわけね。
「えー次です」
まだあるのか。
グリムは「やっと本番だ」とでもいうように張り切り準備を始めた。
「さぁ、ご覧ください! 『センチュリオン』と傘下、『ジャベリン』社で開発で話題の『単発式破砕杭打機』がリニューアルしました!!」
現れたのは腕に盾を装備した『グロウ』。
盾の内側に例の破砕機が搭載されている。
「これを使えばあら不思議! 先ほど三機で対応していたこの『ギガンテス』もあっという間に打ち倒せます!」
この短期間で弱点を見出し、それを詳らかにする実証実験を即座に公開し、それらの方法は私の予想を超えていた。
だが、私は甘かった。
「まさか、ここで商品の宣伝を……?」
もしかしたら、私にこのグリム・フィリオンの人格を掴むことは永遠にできないのかもしれない。
「あらあら~? 本当かしら~?」
高感応プロテクトスーツを着た、柔和な顔で人当たりの良さそうな栗色の髪の女性が現れた。
「奥さん、試しにやってみませんか?」
「私にできるかしら~?」
「とっても簡単ですよ!」
茶番が始まった。
兵装を装備した『グロウ』が駆け出す。
真っ直ぐ三層の魔法の壁に突っ込む。
その瞬間、盾が展開し、機体前方を覆った。
そして、盾の後部から炎。
なんてものを造るんだ。
兵装それそのものに、『スラスター』を搭載したのか。
盾と思われた展開装甲は大気の壁を突き破る、空気抵抗抑制のため。
爆発音とともに、『グロウ』は魔法の壁を貫き、鋼鉄の杭が黒い山を打ち崩した。
「さぁ、どうでしょう? これまで単発式だったこの兵装! 今まではこれ一発で終わりでしたが……なんと、なななんと!! リロードが……ってあれ、フィオナ様?」
《あらあら~? ダメダメなのね~脆くて……》
「えっ? えっ……これは、えっと……あああああ、『ギガンテス』の機士の方々応答をーっ!!!」
《もしも~し? あら~だれも起きてこないわ~》
「だから全力はダメだって言ったでしょ!! なんで人の言うこと聞かないの!!? きゅ、救護班ー!!! ヘルプ!!!」
衝撃的な実証実験はこれにて終了となった。
『ギガンテス』三機が大破。
機士たちは三人とも失神。
『グロウ』も全身のフレームが大きく湾曲。
だが、誰も『ギガンテス』の脅威など気にしていなかった。
グリムの技術力。
新時代の兵装の可能性。
そして、フィオナ・ローゼン・ガイナの北部方面軍復帰を暗示するセンセーショナルなデモンストレーション。
それしか記憶に残らなかった。




