115.フィリオンズレポート
凍結した口座は無事解除された。
銀行ではVIP待遇で頭取が出てきてあっという間に手続き完了。
手続き後頭取が食事にというので、おれたち三人はそのまま高級なレストランに入った。
おれも有名になったものだ。
食事は気取らず、洗練された家庭料理だ。
「親しみやすいシンプルな料理をここまで奥行きのある味わいにするとは。素材の味を引き出すための丁寧な下処理。絶妙な味付け。む、この深い味わいの正体は……」
「グリム君、恥ずかしいからやめなよ」
今からこの料理の神髄を紐解く。
「ハハハ、グリム殿は味にも御詳しいのですね」
「自慢ではありませんが、舌には自信があります」
「物事の本質を見抜く、それは料理もギアも同じと言うことでしょうか」
「ええ、まぁ、そんなところです」
頭取が神妙な面持ちになる。
すいません、本当は下町B級グルメが専門です。
「率直にお聞きします、グリム殿。敵のギアの戦力脅威度は実のところどの程度なのでしょうか?」
銀行は軍関連事業、民間の機械産業に融資している。
戦時下においては国債を発行し、軍事費調達のため一般の貸付は制限されるだろう。
そして、先の敵巨大ギア――『ギガンテス』に関する検分は各機関で終了し各々の結論が出ている。
総じて、その脅威度は高いと結論づけられている。
「たいしたことありませんよ」
ただし、おれは脅威度は低いと報告した。
「そうですか……」
頭取はネフィー・リドリムに目を向ける。
彼女もまた検分を依頼された一人だ。『センチュリオン』からの軍事顧問として。
「頭取困ります。我々から軍事機密をお話しすることはできません」
「承知しております。あのグリム・フィリオンからひと言いただけただけで満足致しましょう」
頭取は品よくそれ以上追及することなかった。
話題を変えおれたちは食事を楽しんだ。
帰り道、ネフィーがアイスを食べたいというので三人で立ち寄った。
急に、ネフィーが詰めよる。
「こっち一口食べます?」
「どういうつもりだ」
シリアスな空気だ。
「ぼくらに聞いたってことは、とっくにもっと上の方に詳しい話を聞いてますよ」
それも、混乱した情報に違いない。
広場での戦況、検分内容は楽観視できない。
「脅威度が『たいしたことない』など、無責任だ。帝国最大戦力ともいえる四人が一丸となりようやく撃破に成功した機体。それがたいしたことがないわけがないだろ」
ネフィーの眼は実際に戦ったマクベスに向く。
「またガーゴイルのパーツ流用だろうと思っていたところに、あの新型は意外でしたけど……グリム君が言うのなら、あれは脅威にならないということですよ」
「はっ、どうして?」
「攻略された兵器は脅威じゃない。あれはもう通用しません」
『ギガンテス』の機体構造は把握した。
コンセプトは『サイクロプス』のスケールアップと魔力運用力拡大。
魔法による防御と重装甲で要塞と化し、両腕の重機関銃で敵をせん滅する。
「視認性の低さ、死角が多い。魔法による防御は地面に近いほど薄い。そして、あの機体は走行による機士の負担を軽視している。直立姿勢で乗り込むため、戦闘の振動はモロに足腰に負担をかける。垂直方向への衝撃は内部に伝わってしまう。足場を崩せば一発で倒れる。踏ん張ろうとした衝撃は機士にダメージとして蓄積する。また、『アリアドネ』の『オーバーコート』を再現しようとして断念した形跡がある。つまり、製造者はあれが欠陥品だと認識していた。それゆえの三機背中合わせでの運用。裏を返せば一機倒せば、三機倒せる。それに魔法の放出に伴う金属疲労、特に感応板の制御回路摩耗が著しい。実は耐久戦に不向きだ。他にも――」
「いや、もういいわかった」
フェルナンドの技術力はおれの想像の域を出ていない。
厄介なのは、戦略の方だ。
しかし、それも決戦に近づけば近づくほどおれには確信がある。
「初見で敵を撃破できたことはむしろ喜ばしいことです。ルージュ殿下は『メサイア』で隊を動かすクラスター戦術を用いて戦われた。ルージュ殿下がいれば、帝国はそう簡単に負けませんよ」
己の最大威力、最大火力の攻撃を用いた一点突破。
一撃必殺の突き技。
そのバリエーションはフリードマンとの訓練で16パターン以上に拡大し、更なる応用、三次元的な動きも加えられた。
自己錬磨だけにとどまらず、彼女は周りを動かすという統率力を発揮して見せた。
それには個々の能力を正確に把握した戦略の組み立てが必要となる。
戦闘の最中、それは的確だった。
マーヴェリック少尉の『弱点看破』で敵の防御の隙を突くため、マクベスに陽動をさせ、フィオナが防御の壁を一点突破して道をつくり、ルージュ殿下が仕留めた。
それらの指示を、機体の動き、立ち回りだけで指示したのだから驚きだ。
フェルナンドにとって、相当な脅威だろう。
何せ、今までは単機ですら最強だったのに、群れを掌握した。それも不意の爆弾を受けた直後。初めての『メサイア』機乗。
もはやルージュ殿下を倒すことはほぼ不可能だ。
「なるほど……グリム、あなたのその検分報告が混乱を招いているとよくわかったわ」
「え。なんで?」
「うーん、グリム君。これは擁護できないかな」
「なんでよ?」
「ギアが敵に回った。しかも新型。この混乱の中、あなたのその全て把握した報告。一般の技術者の理解をはるかに超えている。並の人間とあなたの感覚はズレている」
「グリム君、ちょっと見てササッとその場で書いてレポート渡してたじゃないか。脅威度なんてすぐ結論が出ない議論に、正解をポンと渡されても、信じるべきかみんな判断に困るよ」
おれが天才で困るって話か?
別に間違ってないんだからいいじゃないか。
「それに機士の立場から言わせてもらうと、あの戦いの勝因はグリム君だよ」
「え?」
「だってさ、戦略うんぬんを実行できたのはグリム君のギアがあってこそだよ」
「確かに、名義上私が『メサイア』、マーヴェリック少尉の『プレデター』を手掛けたことになっているが……フィオナ様の皇族専用『クラスター・カスタム』、マクベスの『カスタムグロウ特式』これら四機全てグリムの製造整備を経ている」
「うん、そうですね。ま、ぼくって割とすごいので」
最近ちょっと思っていることがある。
そして戦闘後の『メサイア』らを整備メンテして確信した。
おれの技量は確実にアップしている。
作業時間が短くなっているし、前よりもっと深く、細かく、的確にギアを把握できる。
「それもあるけど……機体のスペックだけじゃないんだ。グリム君の仕上げた機体をいろいろ乗りこなそうとすると、段々自分の課題が分かってくる。機体を操るには、機体の力を引き出すためにはどうすればいいのか、必ず答えがある」
そういうものなのか。色々乗り換えると混乱しそうだから大丈夫か心配なんだが……そうか、そういうものなのか。
「これは機士として実際動かしてみないとわからない感覚だろうけど」
「わかる」
「うん。いつの間にか物足りないスペックにも、安定性や制御の奥行みたいなものが見えてくるんだ」
「うん、わかるわかる。狙い通り」
「まさか、そこまで……」
ネフィーが感心した様子でおれを見つめる。
ギアって奥が深いな。
「おれも戦闘に関して聞かれたけど、一番の功労者がグリム君なのは間違いないよ」
「ならあなたが軍部で説明をしっかりするべきだ」
「グリム君、ここでのんきにアイス食べてる場合じゃないと思うよ」
「軍はあれらを軍で運用するべきか、対抗策を確立するべきか、思案中だ。無駄だとわかっているなら止めろ」
付き合いの薄いおれを頭取が食事に誘った。
おれも有名になったもんだと思っていた。
違った。
当事者だから聞かれたのか。
ひょっとして、また軍事会議に呼び出されるのか。
嫌なんだよな……。
別に話すのはいいんだけど、一人が嫌なんだよ。ルージュ殿下は頼んでも聞いてくれるかわからないし、マリアさんがいてくれたらな。
待てよ。
「いや! ネフィーお嬢様こそ、ここにいていいんですか! あなたに期待されるのは機体の製造の癖などからどこの工場が使われたのか製造ルートをたどることでしょう? ぼくの生み出したネフィー・リドリムのブランドイメージを崩さないでくださいね!!」
こんなときのお役立ちネフィーお嬢様だ。
なんやかんやで一緒に出てもらおう。
ネフィーお嬢様がぎろりとおれをにらむ。
まるで「お前が脅して呼んだのだろうが」とでも言いたそうな眼付きだ。
「あなたは戦略面の考察や人材の適材適所も判断できるのだったな」
「……ぼくのこと社会不適合者だと思ってますか? これでも技研支部長なんですからね」
いや……運営実務はレイナさんやマリアさんに投げっぱなしだけど。
部屋とかきれいにできるし、ちゃんと働いてるし。
「つくづく安請け合いをしたと後悔している」
「はぁ……自信持ってください。あともっと愛想よく朗らかに」
「グリム君はネフィーお嬢様にもっと感謝するべきだと思う」
確かに。この人いないとメディア戦略やメサイアの基幹部品、その他もろもろの事業展開が他社に奪われかねない。ネフィー・リドリムという悪名は必要だ。
「ここのアイス代はぼくが払いましょう」




