10.5 リザ・ハーネット
スカーレット皇女殿下の親衛隊。
肩書は立派だが、要するに私は彼女の御守りだ。
策略家の母親の血がそうさせるのか。
彼女は幼いころから周囲の人間を操り、貶める。
無垢なる心などではなく、悪意。
いや、彼女の本質はそこではない。
おそらくは――「劣等感」
第一皇女クラウディアは宰相。政治のトップ。
第一皇子ギルバートは北部方面軍総帥。
第二皇女ルージュは帝国屈指の機士にして東部方面軍総帥。
第二皇子フェルナンドは天才技師にして軍参謀。
彼らは総じて卓越した能力を持つ。
対して第三皇女スカーレットには何もない。
周囲を操る術はクラウディアには遠く及ばず、統率力はギルバートに比することなく、フェルナンドほどの明晰な頭脳を持ち合わせない。
無論、ルージュと伍する機士としての腕前も無い。
その劣等感が彼女の行動を支配している。
ゆえに皇族という身分に固執する。
それを憂いたルージュ皇女殿下が兵学校を勧めた。
スカーレットは素直にそれに従った。
おそらくうれしかったのだろう。
「リザ、あなたルージュお姉さまと同期で2席だったわよね」
「ええ」
「私にギアの扱いを教えなさい」
自分に素養があるのだと認めてもらえたと。そう考えたに違いない。
目指すものを得て『悪逆皇女』はひたむきに努力を続けた。母親からの呪縛から解き放たれたようだった。
「ちょっと待ちなさい。あれ、ウェール人よね」
兵学校の入学試験受付場。
そこに並ぶウェール人。
彼女の心は透けて見える。
ウェール人は帝国内で嫌われ者。
ここで立ち退かせれば自分の株が上がる。
受付に指示をして追い返そうとした。
やはり人はそう簡単に変わりはしない。
「彼は皇帝陛下より直々に名誉市民権を下賜された者です」
「リザ、あなたそれを早く言いなさいよ」
私が彼を知っていたのはたまたまだ。
彼の付き添いにあのフリードマン少佐がいたからだ。
『カルカドの三英雄』の一人。
『粉砕棒』の異名を持つ一等機士。
高難度の超絶技巧を駆使し超重量ハルバートにより敵ガーゴイルを一撃で粉砕するという。
救った命も数知れず。カルカド要塞の窮状において、彼の功績は計り知れない。
ギルバート皇子とルージュ皇女が親衛隊にと競り合ったがウェールランド周辺の戦況悪化を懸念し残留が決められたほどだ。
身分や家名は遥かに下だがその戦績に憧れすら抱いたのは私以外にも多いはずだ。
そんな彼のパーソナルデータはそれなりに高額で取引されて広まっている。
私が注目したのはその担当技師にウェールランド人の名があったことだ。
グリムはあちら特有の名前。しかし属州の現地民の名前が資料に出てくるはずがない。
調べるまでも無く、同僚の情報官が知っていた。
スカーレットの懐には様々な人間が潜り込んでいる。
『ああ、テスタロッサさんがわざわざウェールランド州に行ったことがありましたっけ。名誉市民権を与えるためだったらしいです。彼の事じゃないですかね』
これらの情報を総合すればおのずと答えは出る。
皇帝はその能力を評価している。
わざわざ付き添いにフリードマン本人がいることからも確からしい。
スカーレットの取るべき行動は排除ではない。
なぜそのことに気がつけない。
この直情的な性格は誰に似たのか。
「あいつ。何で魔法使わねぇ?」
第二試験の観戦中、フリードマンは周章狼狽していた。
「意外ですね。カルカドの英雄と謳われるあなたがそこまで狼狽えるとは」
「いや、お恥ずかしい。あいつ、グリムに訓練を付けたのはおれなんですよ。あれは教えなくても魔法は得意だったはずなんだが」
「おそらく皇女殿下が何か言ったんでしょう」
フリードマン少佐から直々に訓練を受けるなんて羨ましい。
「まぁ、あいつなら大丈夫でしょう」
「随分信頼しているんですね。専属技師だからですか?」
「グリム、あいつこそ英雄ですよ。まぁ技師が表舞台に立つことは無いでしょうけど」
その評価に反し、グリムは最下位。
その後の魔法試験も記録なし。
対する皇女殿下はトップ。
これはもう合格確定だ。
グリム・フィリオン。
ここで不合格になった方が彼にとっては良いのかもしれない。
スカーレットと関わる必要はない。