113.父と娘
木々の立ち並ぶ小道を抜け、夕暮れ時に村へと到着した。
山に囲まれた小さな村だ。
村を治める田舎貴族が皇帝を見て膝を着いた。
顔で分かったのだろうか。
「己はハーネット男爵よりこの森を預かりし、スティルス家のジョンと申しまする。御身の名をお聞かせ願いたく」
どうやら、顔見知りではないようだ。
皇帝の顔は硬貨に刻まれているが、まさかこんな田舎に病床の皇帝がふらりと現れるなんて想像するまい。
ここで、この方をどなたと心得る!などと明かすのは余計な混乱を招くな。
「アルだ。皇帝直下の軍人である。軍務中ゆえ詳しくは明かせぬ。許せ」
皇帝は剣を見せた。
皇室の紋が刻まれているため、ジョンは納得した。
「はっ、心得ました、アル殿。ではどうそ我が屋敷へ」
おれたちは屋敷に招かれ身なりを整え落ち着いた。
マリアさんは脚の治療を受けた。幸い骨に異常はなかった。
おれは使用人にちょちょいと呼び出された。
「はい」
「お主ら、どれだけ滞在するのだ?」
ウェール人ともあっておれとは話しやすいらしく、使用人やジョン、ジョン夫人らに詰めよられた。
「どこのどなたなのだ? もてなしはどうすればよい?」
「お連れの女性はどのような関係だ?」
「どちらの生まれなの? どなたかお知り合いはこの辺りにおられないの?」
小姓と思われているようだ。
その設定に乗ることにした。
「旦那様は……剣の名手でして……ハーネット卿とお知り合いです。あの女性は旦那様のお嬢様でマリア様です。お二人共生まれは帝都です。明日の朝には迎えの者が来ます」
おれは厨房に引っ張られた。
味の好みを教えろと言われた。
「うーん、スープの塩が薄いですね。この肉はやや臭みがある。香草で蒸して下さい」
「グリム、何をしているの?」
マリアさんが様子を見に来た。
「何って……お料理」
メアリー先生に育てられおれは舌が肥えている。
帝都のグルメも食べつくしたと言ってもいい。
最近のトレンドと、美食の水準に照らし合わせ、皇帝が食すに値するものを作れるのはおれだけだ。
「あなた、料理ができるのに黙っていたのね。ずっと私に料理させていたのね」
「そんな結婚三年目の危機みたいに……」
「代わりなさい。私の方が上手いわ」
「いいえ、お嬢様の手を煩わせるわけにはいきません」
「お嬢様?」
おれの気を利かせた設定にマリアさんは乗ってくれなかった。
「ガラではないわね」
「そんなバカな……」
皇女だったのに?
「一般人でいいのよ。迷惑でしょう」
「ええー」
マリアさんが厨房で調理を始めてしまった。
仕方なく設定を加えた。
「お嬢様は料理しか能がないので」
「お主、お仕えする身分であろう」
「お料理ができてあれだけ美人なら十分でしょう」
「それにしても、お前はウェール人にしては妙に知性的だな。うさん臭くもあるが」
いろいろ疑われ始めた。
厨房を追い出され、ふと窓の外を見る。
皇帝が村のやんちゃ共と遊んでいる。
いいんだ。
剣のお稽古?
やんちゃ共が畑に吹っ飛んでいったが、いいのか?
屋敷の守衛さんが止めに行った。
守衛さんが畑に犬神家した。いいのか?
疑いの眼が濃くなる。
どう誤魔化すか。
楽しいおしゃべりでスティルス卿たちの興味をおれに引けばいいか。
「実は世界各地を旅してまして。ぼくのこの壮絶な13年の物語聞いてくれます?」
「戯言はいい。興味ない」
「5歳の時、廃屋でギアを発掘したとき、運命が変わりました」
「勝手に語り始めるな」
不測の事態が続いたが皇帝が生き延びた。
暗殺の証拠もある。断罪する材料もある。
暗殺者の女の出自はフェルナンドの公正プログラム。
皇帝がフェルナンドを糾弾するのなら決着はついたも同然だ。
スキルによる尋問で罪状は確定する。
明日の朝、迎えが来れば、全てが終わる。
◇
「――そして、ぼくは軍で整備士の仕事を始めたのです」
「お、親方~!!」
「うぅ……」
食堂に設置したテーブルを囲い、おれの話にみんなが聴き入っていた。
スティルス卿と夫人が涙していた。
おれは多くの人々に支えられてここにいる。
そして、その恩に報いるために前に進み続けた。
それはこれからも変わらない。
「――その功績でなんと、ぼくは名誉市民となったのでした」
「カルカドの英雄たちのギアを改造だと?」
「うーん……ちょっとそれは……」
「え?」
急に場がシラケた。
「話としては面白いが現実味に欠ける」
「ウェール人がギアを改造したら、犯罪でしょう?」
「いや、それは皇帝陛下が……」
あっ、あの時危機を脱したのは皇帝のおかげだった。
それに名誉市民にしてもらえた。おかげで帝都で国家資格を目標にできた。
皇帝が現れたことにびっくりしてお礼を言っていなかった。
今言うべきではないが、スルーするのも気まじい。
「――私にグリムを探させたのは、この未来が分かっておいでだったのですか?」
不意のマリアさんの質問。
「いや。未来は絶えず変化するもの」
「それでも、ここまで事態が悪化する前に、私に話すことを少しでもお考えになりましたか?」
二人はこれまでまともに話してなかった。
マリアさんもそりゃ思うところはあるだろう。
帝国の難しい時期を耐えてきたのは宰相クラウディアだった。
それが、弟の魔の手から逃れるため、今や死亡者扱いだ。だから厨房とか外とかに分かれたのか。
でも、助けに来てくれたんだし大切に思われていると気づいているはずだ。
「陛下、フェルナンドを息子だから見逃しておられたのでは?」
マリアさんの追求に食事会はお通夜の空気。
ホストたちは困惑している。
「数ある未来、選択肢の一つとしてあれもまた世界にとって有用ではあった」
皇帝も知っている。
フェルナンドが世界を救う未来。それには大きな犠牲が伴う。それでも救うことに変わりはない。
もっと絶望的な未来もあったのだろう。
「それで傍観なさっておられたと?」
ヒートアップしてきた。
御止めしておこう。
「マリアさん、その辺で。ぼくの人生の快進撃聞きたくないです?」
「あなたは黙っていなさい」
「はい」
マリアさん、怖い。
「傍観か。そう見えたであろうな」
「……それが急に命がけでグリムを救い、帝都から離れるなど愚策! 世界を危険に晒してもグリムを救う価値があると!?」
「認める。余は情に流されここに来た。皇帝失格であろうな。だが、後悔はしておらぬ。ここでお前たち二人を見捨てては、余が行った唯一のことが無駄になったであろう」
唯一のこと?
「……まさか、私にグリムを探させたのは」
「余はグリムを信じた。お前を救えると。余はグリムを見捨てられぬ。娘の命の恩人ゆえ……不服かクラウディア」
マリアさんは少し俯いて黙っていた。
「クラウディアは死にました。私はマリアです」
「名が変わろうとお前は余の娘だ」
きっと皇帝は宰相クラウディアが死ぬ無数の未来の中で、おれのスキルコンボ治療が偶然できた未来を知っていた。
だから、おれを探したってことか?
おれは娘を救う唯一の手段だったわけね。
「あの、先ほどから一体何の話を? 皇帝とは?」
スティルス卿が困惑されている。
ここはおれが気を利かせて誤魔化すか。
不穏な空気を一変させる妙案が全く思いつかずにいると外が騒がしくなった。
情報部の部隊が屋敷に突入してきた。
騒然となる屋敷内。
その先頭にいたのは銀縁眼鏡の女。
息を切らせて慌てた様子だ。
「皇帝陛下、ご無事で!」
「早かったな、テスタロッサよ」
無事迎えがやってきた。
もう誤魔化しのできない派手なお迎えだったが。