112.皇帝といっしょ
『アルビオン』のハッチが開き現れたのは長身の男。病床に臥しているという世間の認識とは真逆の猛々しい益荒男。
プロテクトスーツの上から見て取れる筋肉はとても50代半ばとは思えない。
何より、その眼は人ではない何かを思わせるほどに鋭い。
ガイナ皇帝ジェラルドリー。
相対し、自然と膝を着いていた。
同時にいくつもの思考が駆け巡った。
窮地を脱した。
しかし皇帝がこちらに来てしまっている。
帝都は大丈夫なのか。
想定外のことが起きた。
状況が把握できない。
なぜ皇帝はこっちに来た?
「余がなぜこちらに来たのか、不思議なようだな」
皇帝とは以前、通信装置を介して話している。
だが、あの時とは状況が違う。
互いに境界線の話をした。
おれは皇帝暗殺の阻止には手を出さないと。
ほとんど破っている。
「以前の取り決めについてなら気にすることはない。余もこちらに来た時点で反故にしている」
いや、この際気にするべきことは別だ。
やるべきこと、それはあの殺人鬼の確保だ。
爆発で地下水が流入している。
ここもいつ水没するか分からない。
「うむ」
皇帝は腰の剣を抜き、殺人鬼の首を落とした。
えー!! なんで!!
あいつが生きていないと、フェルナンドを捕まえて裁判にかける口実がないぞ!!
「落ち着け、グリム・フィリオン。今こやつをとどめておく術はない。特殊なスキルを持つ者には魔力を消費し続ける設備での監視が原則だ」
確かに、振動を操るなら拘束してもダメだけど。
「案ずるな。首だけでもフェルナンドの責任は問える。公正プラグラムの裏で犯罪者が野放しになっていたとなれば、言い逃れはできん」
そうか。
今はこれがベストな選択……
とにかく、この場所を離れないと。
それに、連絡の手段を。
何か使えるものを見繕って……
「脱出優先だ。全て置いていく」
『アルビオン』もか。
あれ? 以前稼働限界以上に動かしていたじゃないか。
ダイダロスに似た魔力供給システムを搭載してるなら、遠隔で少しは動かせるのでは?
通信とか……
「わが師ウィリアム・ヘル、我が右腕ヴィルヘルム・ハーネット、他も皆老骨ゆえ、来る途中で魔力切れだ。この位置はわかってるとは思うが、余が勝手に飛び出したゆえ、ここまで来る手段はあるまい。列車は今混乱してまともに動いておらぬであろう」
熱気を放っている。相当無茶をしたようだな。
皇宮の地下からこの地下坑道まで約450kmはある。
まさか、この距離を全速力で走ってきたのか。
『予知』で爆発より先にここに向かっていた?
「今朝は悪夢で目が覚めたのだ」
なるほど。確かに皇帝が来なかったら終わっていたな。
マリアさんは非戦闘員だし、付いてるのおれじゃ絶望的だものね。
■状態検知
総改修段階:【?】
・装甲板 【3/9】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:△ 腕部:△ 脚部:〇)
・フレーム【8/9】(インナー:〇 メイン:〇 アブソーバ:△)
・動力炉 【?】(メイン:? サブ:?)
・増幅機 【?】(一基:? 二基:? 三基:?)
・感応機 【27/27】(胸部:〇 頭部:〇 胴部:〇 腕部:〇 脚部:〇)
・バイザー【2/9】(シールド:〇 外部視覚:〇)
・動作機関【?】(胸部:△ 頭部:△ 胴部:△ 腕部:△ 脚部:×)
パッと見ただけでも動作機関の摩耗が著しい。
「これはもう動かん。下手に表に出すより、ここに埋める方が良い」
なら、最後に詳しく見たいが……
原始系は構造を目視で確認しなければよく分からない。
皇帝に制された。
「急げ。命には代えられんぞ」
確かに水かさが増してきている。
崩落も続いている。
皇帝が来た方向は長い直線道。徒歩では危険だ。
それに待ち伏せされたら逃げられない。
「地上に出る。それ以外にあるまい」
「さっきからしゃべってないのになんで全部わかるんですか!!」
ずっと皇帝だけ喋ってる。言う前に反応されるし。
怖いて。
スキルで心まで読めるの?
「いや、心は読めぬ」
いや読んでる。
「あなたの顔に全部書いてあるのよ。私にだって少しはわかるわ」
「マリアさんで少しなのに、なぜ初対面の陛下が……?」
周囲に警戒を張り巡らしているようで、ちらちらとこちらを見てくる。
ずっとこっち見てる気がする。
横目でずっと見てる。
いや何はともあれ、今は脱出を優先だ。
ここに皇帝がいるんだ。
安全第一。
責任重大。
「確かに責任重大である」
皇帝が剣を携え先導した。
お優しい。
◇
崩れかけた坑道抜けて、安全な区画に出た。
安全といっても構造上の話だ。
どこに伏兵が潜んでいるか分からない。
警戒しながら進む。
万が一の時のため隠していた物資を確認。
車と物資、銃器類は当然潰されていた。
だが監視用の視覚装置と信号増幅装置が一個生きていた。
パーツを組み合わせれば通信ができるはず。
建設時に使われた作業員スペースにて小休憩を挟み進む。
おれたちが用意したものではないが、大昔の非常食が発掘された。
『状態検知』で安全確認。
毒見を買って出る。
マズい。だが、食える。
「陛下、どうぞ」
「うむ。一々膝を着く必要はない。そなたも楽にするがいい」
お優しい。
二時間ほど歩きようやく地上に無事出られた。
無機質で巨大な廃墟跡。
外には何もない平野が広がるのみ。
伏兵の影はない。
「あの、だれか魔力残っている方……」
通信装置は組めたが、魔力がないと動かない。
おれはギアと重力魔法で出し尽くした。
「余も『アルビオン』で消費し尽くした」
「私が」
マリアさんが通信を試みる。
「帝都はだめね……情報遮断されている」
「ではウェールランドへ」
「ええ」
《はい、こちら技研ウェールランド支部、レイナです!》
通信に応じたのはレイナさんだった。
「レイナさーん!」
「マリアよ。緊急事態なの」
《マリアさん、グリムさんも生きてますよね!?》
設備の信号接続が一斉に落ちたからな。
何かあったと心配していたようだ。
《今の今まで、グウェンさんたちはサポートに徹していました……》
「今の今まで……ということは」
《はい。帝都皇宮で起きた破壊工作は止まりました。ルージュ殿下やマクベスさんも無事ですよ》
ギアでの戦闘は決着がついた。
ルージュ、マクベス、マーヴェリック、フィオナ。
この四人がいて敗北することはない。
窮地は脱した。
しかし収拾がついたわけではなく、まだ中央指令室の立てこもりや、スタキア人傭兵のゲリラ戦が続いている。
それも時間の問題。
《ルージュ殿下にもお伝えます。それからスカーレット皇女殿下からも通信がありました》
「姫が? なんと?」
《グリムさんは賭けに勝ったと》
「!……そうですか」
最初の爆発の直後。
おれは賭けに出た。フィオナを説得するには助けると約束するしかなかった。
瀕死のギルバートを救う唯一の方策。
その場で外科的処置を施す。
それも、不可能を可能にする帝国一の腕と経験を持った名医が必要だった。
『わかる君』を用いた遠隔手術をお願いした。
姫に同行していたおれのかかりつけの先生に。
『わかる君』は整備用端末で人体の修復などする機能はないが、バイタルの確認や複数のアームによる精密作業はお手の物。
なにより、先生ならやってくれると直感した。
「それで、先生はなんと?」
《いえ、皇女殿下の通信の後ろで叫んでる大人の人の声は聞こえたんですが……》
「勝利の咆哮ってやつですね」
しかし、喜んでばかりもいられない。
ギルバートは一命をとりとめたが、片手片脚、片目を喪失していた。
ギルバート以外にも犠牲になった人は大勢いる。
全員は助けられなかった。
《迎えを送ります。どちらですか?》
「べスペサリの森の西に村があるわ。そちらに退避する」
村には地下の地盤調査をしていると言ってある。
さっきの爆発やらで誰か様子を見に来るはずだ。
《わかりました。おそらく、明日の朝には到着するかと!!》
通信が終わった。
程無くして駆けつけた村人に崩落に巻き込まれたと事情を説明して村まで荷馬車で連れて行ってもらうことになった。