転章 110
ギルバートとルージュの試合に、万雷の拍手が送られた。
私も感嘆の意を表し、拍手した。
「いやはや、やはり皇室のお力は盤石! 帝国は未来永劫安泰でございますな、フェルナンド殿下」
「私も驚いています。美しい」
「はい。いがみ合っておられたお二人が、こうして和解なさる日がこようとは。美しい光景ですな」
「美しいのはあの輝くギアのことです。やはり素晴らしいですよ、グリム君は」
「は? グリム?」
私は彼に拍手を送った。
まさか、あれだけの機体を一から創造してしまうなんて。
やはり、君は特別だ。
見事、私の皇帝暗殺計画は潰された。
私の完敗だよ。
私はね。
「……おや、殿下。その眼鏡は?」
「偏光レンズです。強い光から眼を護るものです。サングラント卿もどうぞ。予備がありますので」
「はぁ、恐れ入ります……はて、日差しが強いですかな?」
直後、皇宮前広場がまばゆい閃光に包まれた。
肌を焦がすような熱風と爆音。
身体を貫く衝撃波。
フィオナの傍にいた衛兵が自爆した。
「ひぃぃ、何事だ!!」
「本当にすごい……」
直前、勘付いたフィオナが衛兵を突き飛ばす。
ギルバートがフィオナとルージュを庇う。
爆心地にいた三人の安否は不明。
だが……
「兄さん、あなたがここまで変わるとは。グリム君ともっと早く出会っていれば、殺さずに済んだかもしれないのに……残念です」
逃げ惑う人々。
沈黙するギア。動かない帝都守備部隊。
阿鼻叫喚、混乱の中、銃を乱射するスタキア人傭兵団。
応戦する衛兵と護衛騎士たち。
その背後から裏切り者が刃を立てる。
敵味方が入り乱れ、混沌とした。
「ルージュ殿下ー!!」
スタキア人部隊を制圧し現れたのはマクベス。
やはり君も生きていたか。
「君一人では何もできないよ。ギアが無い君はただのスタキア人だ」
衛兵に進路を阻まれるマクベス。
「待ってくれ、おれは……!」
私も爆心地の様子がただ気になった。
感慨にふけっていると、銃口が突き付けられた。
「第二皇子フェルナンド。お前は人質だ。一緒に来てもらう」
「なるほど。こういう展開になるんだね」
ずっと計画が見透かされていると感じていた。
ヴェルフルト要塞で確信した。
あれは未知の脅威である『白銀』の力を前もって把握し、奇襲を予期していなければ絶対に防げなかったはず。
ただ、例外もある。
ウィヴィラの反乱、その前に帝都の襲撃も成功している。
そこである仮定を立ててみた。
何らかのスキルで未来を予知している者がいる。
未来を予知――皇帝と類似のスキル。あり得ない話ではない。
あるいは皇帝本人の力。
クラウディアが生きていたのならあり得る。
その場合、わかるのは断片的な情報のみ。
複数の人間が、不規則に関わる無数の結末には対処できない。
そこで私はカオスを作り出した。
情報と手段をバラまき、タイミングとターゲットを誘導した。
軍の反乱勢力。彼らには中央管制室占拠の作戦案と、ダイダロス基幹に介入する装置を。
非ガイナ系民族ゲリラには皇宮制圧の作戦案と爆発物等の武器を。
没落貴族たち革命勢力には新型ギアを提供し、クラウディアの居場所を伝えた。
三方でバラバラに動かし、三つの勢力が連動するよう仕向けた。
完全に破綻するか、歯車がかみ合うか、やってみなければ私にもわからなかった。
だが、私はその賭けに勝った。
そして、仮説は立証された。
「何を笑っている」
「こういう未来があったのか、と思ってね」
こちらにマクベス君が来てしまっては、あちらが無防備だろう。
いや……皇帝が現れない。
まさか助けに行った? 間に合うはずがない。
いや、わかる。私でもグリム君を優先するだろう。
スタキア人を中心とするゲリラに対し、機士たちがギアで応戦しようとする。
しかしその動きはエリートたる帝都守備部隊や皇室親衛隊にしては緩慢で、統制が取れていない。
「上部構造を破壊しようとする軍内の反乱有志たちが、中央管制室の占拠に成功したようだ。ダイダロス基幹でのサポートに介入すれば、ギアの機動を乗っ取れる」
防衛の要である帝都守備部隊が同士討ちを始める。
着装する者の意思に関係なく、機体を動かす強制介入だ。
「お前、まさか……お前が……?」
「皇宮の地下、隠し通路の先にある秘密基地。そこにも、権力独占に抗う没落貴族たちを誘導した」
そこにクラウディアがいるはず。
それに、グリム君も。
きっと君を捕まえる。
次々と倒されていく、帝都守備部隊。
管制室との接続を断ち始めたか。だが、もう遅い。陣形はズタズタだ。
「さぁ、見ているかい、グリム君。君が最高傑作を見せてくれたお礼に、私も披露するよ」
広場に搬送車両が突っ込む。
ダメ押しの、ギア投入だ。
政治闘争や、汚い家督争いに敗れ、日の目を見ることなく市民となった才能たち。
彼らに機体を与えた。
『サイクロプス』をさらに強化発展させ、ダイダロス基幹での魔法支援を念頭に置いた超大型ギア。
『ギガンテス』だ。
ルージュ、ギルバートにとどめを刺す。
また生き返ってもらっては困るからね。
皇族の血で属州は覚醒する。
帝国が世界の秩序であるという、根拠のない魔法は解け、世界に本当の自由が生まれる。
「おや?」
ルージュの『クラスター』が動いた。
やはり、生きていたか。
『白銀』との戦いで消耗し大爆発に晒された機体で、あの『ギガンテス』は倒せまい。
三機の『ギガンテス』が『クラスター』を囲んだ。
直後、舞を思わせる流麗な三連撃が『クラスター』から放たれた。
「速い……だが」
ボロボロと崩れたのは、機体表面の岩石のみ。
並みの機体なら今ので三機ともやられていただろう。
だが、その黒い装甲には届いてすらいない。
『ギガンテス』は分厚い装甲の上に土魔法でさらに岩の鎧を纏っている。
そして、水の鎧が重なり、遠距離攻撃を無効にする。風の鎧が接近を阻止し、火の鎧が辺り一面を焼き尽くす。
魔法支援のすべてを機体に纏わせ、近づくものを焼き尽くし、跳ね除け、あらゆる攻撃を防ぐ要塞と化した。
機動力を捨て、防御に特化させ、両腕のガトリング砲の大火力で敵を殲滅する。
機士の腕も関係ない。
ルージュの剣は一切通らない。
「魔力運用力が、凡人にも活躍の機会を与えるという天才的発想。グリム君からはよく学ばせてもらったよ」
吹き付ける炎の中、飛び交う弾丸。
それを掻い潜り接近しても、風圧が壁となり、その先には水と岩による圧倒的質量が物理的に攻撃を防ぐ。
突破できず、逃げ回る『クラスター』。
「『串刺し皇女』も串刺しができなければ、無力」
突如、『ギガンテス』が倒れた。
「ん?」
炎を遮り、押し寄せた氷山。
本物の『白銀』を思わせる破格の『氷結』が『ギガンテス』を質量で押しのけた。
「……何?」
『白銀』もどきが動いている。
「誰だ……」
気を取られている間に『クラスター』の一撃でいきなり『ギガンテス』四層の壁が三層まで貫かれた。
「あのストレート型の機動は……まさか」
昔見た覚えがある。
迷いの無いまっすぐな機動と、最大威力を発揮する間合い、重心で相手を必ず後退させる、超絶技巧『ストライク・チャージング』。
あれが毎回できる機士はこの世にただ一人だった。
あの『クラスター』に乗っているのは『北の先槍』フィオナか。
「さすがは、元北軍エース。調整していない機体でこれほどとは……」
先ほどのカットバック型を思わせる三連撃はルージュの剣技を真似た囮。
『白銀』もどきに機乗しているのはルージュ。
だが稼働限界は5分だったはず。
ギルバートにあわせたリミッター?
遠隔で解除し、ルージュにフィッテング。
ルージュの熱魔法で、オーバーヒートを解除したのか。
「グリム君、素晴らしい。やはり君は一技術者として使われるような人じゃない。君こそ、もっと敬われるべき尊い存在だ」
さらに、独特の発破音と共に『ギガンテス』が大きくバランスを崩した。
「あれは……」
両腕部に特殊兵装を搭載した『クラスター』。
「マーヴェリック少尉……」
ギルバートという枷がなくなった今、君も利用できそうにないな。残念だけれど。
ルージュ、フィオナ、マーヴェリック。
厄介者たちが勢ぞろい。
おもしろい。
要塞三機にギアが三機。
揃いもそろって近接型。
「機士の腕前で、この相性の悪さを覆せるのか、見もの――」
激突音がした。
『ギガンテス』が一機、ひっくり返った。
「……は?」
巨大な質量体が魔法の壁を突破し、いや、うねるような回避する機動で直接ギア本体頭部に激突した。
「四機目?」
その質量体が引き寄せられた先に現れた四機目。
『カスタムグロウ』。
いや、あれは……あの飛翔する巨大腕部兵装は……
忘れもしない。
トライアウトでグリム君が言った『ロマン』というやつだ。
「マクベス君、君も死人のままではいられなかったようだね」
スタキア人傭兵たちの多くが地面に転がるか、衛兵たちに取り押さえられている。
同胞を片付け、ギアに機乗したのか。
同じスタキア人なのに、彼もまた別格か。
それにしてもまさか、あんな意味不明なものが『ギガンテス』に効くとはね。
戦略的合理性が否定された気分だ。
法則に反している。
これは看過できないな。
四機が光点滅で連携。
「さて……」
「おい、ここを移動するぞ!? 話を聞かせてもらう!!」
私は倒れていた椅子を見つけ立てた。
「君も観て感想を聞かせてほしい」
「いかれているのか? ここは戦場のど真ん中だぞ!」
「命がけの演目だ。こちらも命を懸けないとね」
銃声と爆発、地面を伝わる振動、悲鳴と雄叫びが決戦を盛り上げる。
私は戦いの行く末を特等席で、観戦することにした。




