109.メサイアーー救世
有識者会議。
万全の態勢で臨んだが、結果は――
「まずまず、ですかね?」
「ええ、そうね」
おれとマリアさんは緊張から解放されてボーっと宙を眺めていた。
あの後偽ネフィーが倒れ夜会は欠席。
わかる君でメイドさんを呼んで世話してもらった。
情報部とはいえ、おれと同じで下町工場育ち。
信号阻害の間、こちらとの通信が切れた。
上手く躱したようだが、相当なプレッシャーだったのだろう。
ネフィー・リドリムとおれのつながりはバレた。
『君が生きていてくれて本当に良かった』
あれはブラフじゃない。
明確におれに向けたメッセージ。
だが、彼女が偽物だと証明することは阻止できたので潜伏は継続できる。
それにフェルナンドがどこまで把握しているのか、おおよそ見当はついた。
「機士の評価判別方法も改められそうですね」
《それは、手放しに喜べんな》
ルージュ殿下は夜会が終わった後も資料と格闘している。
「勝ちでしょう? 殿下の」
隊の編成に大いに役立つだろう。
必要人員のピックアップ。
そこには明確な根拠が必要だ。
「成立を早めたのよ」
《派閥の調整前に評価の改定があるとなれば、混乱が起きる》
「な、なるほど?」
「政治よ」
成り上がりを増やしたくない上流階級と、お家再興を目指す中流階級。軍部内の派閥。足の引っ張り合い。
人間って愚かだ。
《お前のように機乗力がわかる分析持ちは帝都にも数人しかいない。新たな選定基準ともなればそれは実技判定だ。それにも基準となる者を決めねばなるまい》
「マクベス君でいいのでは?」
《遠隔機乗力や中距離機乗力はどうするのだ?》
「あ、それは何かわかるので大丈夫です」
最近、『状態検知』で遠近以外にもわかるようになった。
「私も知らなかったわ。先に言いなさい」
「すいません」
《配置特性はどうだ? これはわからんだろう》
「わかります。なんとなく」
機乗力とスキルと性格などから、何となくわかる。
ゲーム内セオリーというやつだ。
ルージュ殿下が資料をバサッと放り投げた。
隣のマリアさんも、眼を細める。
「だって聞かれなかったから……」
《いや、お前を侮った私の眼が節穴だっただけのこと。気にするな。相変わらず私は独断専行の癖が抜けん。これではいかんな》
殿下がお優しい。急になんで?
ちょっと寂しい。
少しなじってほしい。
「隊の編成と配置、それに対応するギアの性能が整えば戦力の底上げが可能です」
《そうだな。それにもう一つ光明が見えた》
ギルバートだ。
《奴は信号阻害装置をわざと倒した。意外と芸達者なやつだ》
おかげで途切れた回線が復活した。
あれが無ければネフィーが偽物だとわかり、本物のおれをフェルナンドは公然と捜索できたはず。
「『メサイア』は効果あったようね」
機体内にガーゴイルの汚染信号を中和するシグナル発生装置を仕込んでいた。
原作アニメでは7、8話。
度重なる失態で後がなくなったギルバートが、病床の皇帝を襲撃し帝国皇帝を名乗る。
だがそれは皇女ルージュによって阻止され、ギルバートは死亡する。
皇族の反乱と死は帝国に亀裂を生んだ。
皇室派と呼ばれる最大派閥の瓦解。
それはギアの利権と技術情報の拡散を意味した。
「ギルバートが反乱を起こさなければ、皇室に血の代償を支払わせる手はないはず」
《そうだな。グリム、礼を言っておく》
「はい?」
確実にシナリオは改変された。
その証拠に、ギルバートは公式に試合を申し込んだ。
ルージュ殿下に。
ブーストクロスコンバットだ。
会議の翌日だった。
ルージュ殿下は二言返事でその挑戦を受けた。
◇
「理解できないわ。ギルバート……余計なことを。ルージュ、あなたも馬鹿正直に受ける必要はなかったわよ」
「それは違いますよ、マリアさん。これは機士と機士のプライドの問題ですから」
《そういうことだ。それに結論を引き延ばさないだけ良い。誰が皇帝に相応しいか……奴も覚悟を決めた。応じないのは無礼というもの》
「それで敗北したらどうするの?」
《私は皇帝になる。それに最高の技師が付いている。心配は無用だ》
「理屈になってないわよ、それ」
最高の技師と言われたのがうれしかったので、最大限の仕事をした。
わかる君で殿下の機体をブラッシュアップすることに。
《グリム、一つオーダーがある》
「ご要望通りに」
《ダウンフォースウィングだ》
「え? でもレースじゃないですし、『アリアドネ』みたいに超重量じゃないのでフットブレーキとアンカーボルトで……」
《試したい機動がある》
ルージュ殿下は快活に笑っておられた。
二枚の翼――ダウンフォースウィングは特注なので、一から造るのすごい大変なのだが。
「……あの、たぶん殿下がやりたい機動に使うとなるとすごい精度が必要ですが。角度調整や曲面計算が面倒でございまして」
《期待しているぞ。なに、時間はある。あと6時間後だ》
試合は6時間後なのだがおれの睡眠時間が計算に入っていない。
「……がんばります。グウェンさーん!! ちょっと――」
おれはわかる君ですぐに作業に取り掛かった。
「『ハイ・グロウ』のような出力は無いので装甲を取っ払いました」
装甲は翼を造るための犠牲になったのだ。
《ご苦労。これでは一撃でも当たったら終わりだな。ハッハッハ!》
これで万が一があったらえらいことだ。
専属技師の責任が大きい。というか『メサイア』造ったのもおれだから全責任はおれ?
いやいや……まさか。
え、おれ?
「実戦用に調整し直しましたが『クラスター』であることには変わりありません。無茶は2回までです」
《うむ! チャンスが2回もあるなんてお得だな! ハッハッハ!》
殿下の熱魔法とニトロの併用は動力炉と動作機関を大きく損耗する。冷却システムは刷新したが、それでも超限界稼働は2回まで。
それを使っても機体スペックでは圧倒的不利。
だが、戦いは互角だった。
◇
「す、すごい……」
皇宮前広場で行われた戦い。
ギルバートはこの短期間で『メサイア』をものにしていた。
圧倒的な機動力。そしてソラリスと違い熟達した戦闘技術による近接戦。パターンを読ませない戦術。
兵装は大型メイス。
重量級の得物に振り回されず、機体の瞬発力を破壊力に還元している。
土魔法で舗装された地面に、大穴が空くほどの威力。それを連発した。
「なんてことだ。ストレート型の機士との相性でここまで強くなるのか!」
「あなたが造ったのよね?」
すごいのはルージュ殿下だ。
一撃でもまともに食らえば勝負がつく緊張感の中、紙一重で『メサイア』の打撃を躱す。
正面から攻撃を捌き、反撃の剣を振るう。
得物が交錯し、激しい火花でモニターの視界がちらちらと飛ぶ。
画面越しに衝撃が伝わる。
明らかに戦闘のスタイルが変わっている。
カットバック型の細かな高機動制御。
苛烈な破壊特性優位の戦闘スタイル。
それがさらに苛烈に……いや、滑らかになっている。
攻撃の連続性がすさまじい。
一度攻撃に入ると、止まらない。
多彩な角度からの剣撃は、一撃必殺の突きへの布石か。
フリードマンとの訓練の成果だ。
並みのギアならそれこそハチの巣。
しかし、機体スペックはやはり『メサイア』。
ダメージは少ない。
「マリアさんの総資産半分かけただけはある!」
「造ったのはあなたでしょう!」
『メサイア』の装甲は短縮シグナル感応操作により、筋肉の硬直と同じ感覚で特定部位を『硬化』できる。
一撃で倒すことはできない。なんてこった。
「まるで、全身が盾だ!」
「だからあなたが造ったのよ!」
最小限の動きで攻撃を逸らし受け流しながら、攻撃の手を緩めない。小さく細かく多彩な剣筋。
そして強力な突き。
ミッション操作、タイミング、距離、全ての条件が合わさった時のクリティカルヒットで、圧倒的スペックの『メサイア』を後退させるほどの一撃を放つ。
機士として、ルージュ殿下はさらなる覚醒を遂げた。
いける!
「おおおーっ!」
「んんんーっ!」
応援にも熱が入る。
ギルバートはたまらず、距離を稼ぎ氷魔法を使う。
破格の威力と効果範囲。
実はこの一対一のルールに関わらず、『メサイア』は従機士によるサポートを前提として設計している。
ギルバートとの意思疎通関係なく勝手にバックアップされる。
短縮シグナル点滅操作により、『メサイア』の増幅装置が魔法発動を感知すると短縮シグナルがウェールランド軍サポート室に送られる。
従機士要員はランプの色と点滅で要請に応じた二点間誘導法の魔力操作を即時サポートする。
「溜めもなく、なんて威力!」
「あなたが造ったんでしょう!!」
「わー殿下!!」
一瞬で白く凍てつく広場。
その中をルージュ機が切り裂き現れた。
その効果範囲の外。
中空にルージュ機は舞っていた。
「やはり、このお方はすごい……」
ニトロと熱魔法を併用した超限界稼働で受けきった。
氷魔法を切り裂き、突進。
不意を突いた頭上からの三次元的な攻撃。
ダウンフォースウィングを用いた、中空での軌道修正を当然のように使いこなしている。
『メサイア』は防御したがそのまま吹き飛ばされた。
そしてそのまま5分の稼働限界に達し、『メサイア』は沈黙した。
機体から出てきた男の顔が見違えるほどさっぱりしていた。
バッと両手を上げ、全面降参の意を表した。
ルージュ殿下もその正々堂々の戦いを称えると拍手と歓声が巻き起こった。
歴史家も解釈に悩むであろう。
予期されていた血みどろの抗争は清々しい試合に取って代わられたのだから。
「あなたが最高のギアをギルバートに贈った理由がわかった。兄が変われると分かっていたのね」
「いいえ買い被りです。ぼくはただ最高のギアを造りたかった。それだけです」
殿下がおれに優しかったのは、やはり兄妹だからか。
画面の向こうでは次期皇帝の座を争ったとは思えない緊張感のない口喧嘩になっていた。
「改めてお礼を言います。グリム・フィリオン」
「本当に、ただ手を抜けなかっただけなんですけど」
技術者として機士の力を引き出す最高のギアを造れるか否か。
これは戦いだ。造る上で機士を誰よりも理解しなければならない。
人格や経歴は関係なく、ただ機士としてのギルバートをおれは案外評価していた。
だだそれだけだ。




