108.RPGお出かけ『わかる君』
ルージュ殿下が会議に向かったが、ネフィー・リドリムが会議に招集される順番は午後から。
《ちょっと、急ぎなさいよ、もたもたしないの!》
《は、はい》
貴賓室が騒々しいと思ったら部屋にメイドさんたちが来ていた。
そうか、有識者会議に呼ばれる人は後を絶たない。
会議の前にも会議があって人が絶えず出入りする。
会議前に資料をまとめるために居座る人もいて、ローテーションは絶えず変わる。
お掃除、お茶やらお菓子の準備、お花の交換、空気の入れ替えなど忙しない。
《え、隣の部屋のインクとペンが無い? 誰よ持ち帰ったのー!》
《補充してくるからここはお願いします!》
《そっちは駄目、この時間は迂回して!!》
大変そうだな。
《あれ? 何かしら、この切り株みたいな円い機械?》
《えぇ、どうしよう……ルージュ殿下の紋が入ってるよ》
《動かせない……じゃあこの部屋使えないじゃない!!》
え?
邪魔?
すいません……!
『わかる君』をただちに動かした。
《え、動いた!》
《良かった……のよね?》
《いいから窓開けて!! 補充品も確認して!!》
《ええっと》
ルージュ殿下が飲んだ紅茶とお菓子はわかるぞ。
これだな。はい。
《え? あ、ありがとう。……合ってる》
《なにこれ、教えてくれたの?》
ではさらば!
《きゃあ!!》
《どうしたの?》
どうしたの?
《む、虫が……!》
《網よ、網持ってきて!!》
やれやれ……
喰らえ、メンテ用エアダスト!!
シュ、シュ!
《あ、出てった出てった!》
《はぁ、はぁ……もういないわよね?》
スーパーバイザー分析チェック。
敵影なし……
《あ、なんかいいみたいです》
よし、敵が後退した隙に窓を閉めるんだ!
《あ、閉めて閉めて》
《ふぅ、よかった……》
《……これ、言葉わかってるわよね?》
ではさらば!
メイドさんに掴まれた。
《ちょっと、何しているのよ》
《次は隣の部屋もあるの……急いでるの》
そっか。
がんばってね!!!
おれはメイドさんの手を振り払い部屋を逃げ出した。
《ああ、労働力―!!》
おれは振り返らなかった。
だが、問題がまた起きた。
《あらあら、なにかしらこれ?》
迷子の奥様に出くわした。
《こっちだったかなー? こっちだったかしらー? ねぇ、西の離宮はどちらかしらー?》
仕方ないので送り届けた。
途中奥様を探している兵士たちに遭遇して引き渡した。
《皇宮は広くてすごいわねー》
なんで自分の住む離宮がわからないんだよ。
《お世話になりましたー。ルージュ様によろしくねー》
ゆるいなぁ、ギルバートの奥さん。
もう人に会いたくない。
人気のない場所を求めて彷徨い地下の方へ進んだ。
途中迷路みたいに隠し通路的なギミックを解いて、ワクワクドキドキしたアミューズメントを体験!
《なにかのーこりゃ?》
迷子のおじいさんに出くわした。
ライトを向けられた。
眩しっ!
《ひょひょ、遠隔操作型の整備機械か。多脚式ローラー駆動とな。装甲の奥に多目的アーム、南部の装甲比率計算式の応用だな。それに高感応ハンドマニュピレーターの応用で魔力感知式触覚を……こりゃよくできておる……》
何この人。
なんで一目見てわかるの?
《お主グリム・フィリオンだな?》
きゃあああ!
なんでわかった?
なにこのおじいさん怖い!!
ここはホラー屋敷だったのか!!!
《ひょひょ》
追ってくる!! なんで? なんで追ってくるの!?
《ひょひょ、もっと見せんかい!!》
全力ダッシュ!!
ダーッシュ!!
おれは急いで地上に戻り、安全圏にたどり着いた。
あれ?
そういえば皇宮の地下ってここと繋がってるんだよな。
地下にはたぶん『アルビオン』を隠していて、整備担当は……
じゃあ、あそこにいたのって……
逆光で見えなかったけど……
ギアの創始者、ガウスだったんじゃ……!!
今ならお話しできるんじゃ……!!!
落ち着け……今じゃない気がする。
どうしよ。
マリアさん怒るかな?
彼女を見ると朝食のパンケーキを焼いてくれているところだ。
引き返そうか迷っていると扉が開いた。
《そこにいないで入ってください」
「あ、偽ネフィーさん、かくまって」
ネフィー・リドリムの部屋に退避成功。
「偽ネフィーさん、朝食食べましたか? ぼくらは今からパンケーキを食べます」
《無駄な通信はしないでください。これから審査会です》
審査会とは、本番の会議の前に問題行動が無かったかどうか確認する形式的な面接みたいなものだ。
一応、本人確認も兼ねているらしい。
初めて参加する外部顧問にある措置。
「頑張ってください応援してます」
《他人事ですね?》
「マリアさん、審査会の方は頼みます」
マリアさんがフライパンを器用に使い、パンケーキを裏返していた。
「てっきりあなたがやるものだと……好きでしょう? こういうこと」
確かに、他人に指示して動かすのはゲーム要素がありつつ昔のバラエティみたいで楽しそうだ。
この世界にはああいうお笑いも必要だと思う。
ただ、今じゃない気がしてる。
「自分で言うのもなんですが、ぼくは計画的に行動しそうで結構衝動的に動きます。口を滑らせるタイプと巷でも評判です」
「ええ、そうね。そうだった。しゃべる軍事機密だったわね、あなた」
無機質な空間に甘い香りが広がる。
カチャカチャと食器の鳴る音が響く。
「私が代弁すると、人物像が変わってしまうけれど構わないわね?」
「もちろん」
ネフィー・リドリムという突如現れた新星。
貴族界隈が慌ただしく、彼女の正体を探り、排除を試みている。
セントラルの惨状を世に知らしめたことで、不利益を被った人間が多数存在する。
審査会を口実に、ありとあらゆる追及を用意して待っていることだろう。
不憫なことだ。
のほほんとした能天気な技術者だと油断し、彼らは地獄を見ることになる。
トラウマにならなければいいのだが。
別に利権云々で騒いでいる小物たちに絶望を与えるのは本筋ではない。
あくまで目的は有識者会議で、フェルナンドの腹の内を探るため、揺さぶること。
「マリアさん、本番の午後まではお手柔らかに」
「それは相手次第よ」
朝食のパンケーキを食べたところで、マリアさんは『ゆりかご』に着いた。
おれは新型の製造を進めていく。
作業中聞こえる会話を聞く限り、偽ネフィー×マリアのコンビは審査会の貴族たちを叩きに叩き、審査会委員同士を争わせ、仲裁し、降参してからも言葉による恐怖の未来予告が続き、脅しの後に救済策を提示して……という手練手管で審査会を乗っ取った。
「いや、やり過ぎやり過ぎ!!」
途中で止めなければ、死者が出ていたかもしれない。
マリアさんは意外そうな顔をして「これからが本番だったのだけれど」と不満気に通信を切った。
「これ以上何をするつもりですか」
「通信で他人にしゃべらせるのは大変よ。ようやく慣れてきたところだったわ」
「本気は有識者会議まで取っておいてください」
この人、時間目いっぱい審査会で暴れて準備運動するつもりだったのか。
ただの宰相クラウディアになっていた。
《あ、見―つけた!》
《労働力!》
ぎゃああ。
ネフィー・リドリムが使っていた部屋にまたしてもメイドさんたちがやってきた。
おれは観念して仕事を手伝い『わかる君』はメイドさんたちの休憩室に退避させてもらうことで手を打った。
そうこうしている内に本番の時間がやって来た。
おれは『ゆりかご』の映像に注目した。
「いよいよね。準備はいい?」
「はい」
有識者会議の場にネフィーが呼び出された。
彼女は深呼吸をしている。緊張が伝わってくる。
悪女然とした余裕たっぷりの歩調。
厳粛な会議の場。
拍手の類は無いが、感嘆は漏れる。
明らかに前の専門家とは違う空気。
審査会をやり込めたことはすでに伝わっているようだ。
◇
「センチュリオン兵器製造会社より、民間顧問としてヴェルフルト要塞攻防作戦における整備、兵装製造を担ったリドリム家のネフィーをここに」
ネフィーの前には席に座る大臣、長官たち。
中央には将軍たち。
そして、皇族たち。
その奥には事務官や情報機関の人間がずらりと並んでいる。
部屋の左右壁際にも、様々な役職の軍高官、文官が列を成して立っている。
「ネフィー・リドリム!」
意外にも最初に発言したのはギルバートだった。