107.しゃべる湯たんぽ
アリアドネのガトリング砲の斉射が、ガーゴイルのボディを捉えて砕く。
半人半機の怪物は金属片をまき散らしながら、構わず突撃してくる。
「フン……!」
鞭の間合いに入ったその個体は、頭部から半身にかけて引き裂かれ、沈黙した。
スカーレット姫は他の機士に呼びかける。
「目標討伐確認。回収班に引き継ぎ後、帰投するわよ」
極寒の地、ウィヴィラ属州は帝国による再統治を受け入れた。
ヴェルフルト要塞での大敗も主たる要因と言えるが、反抗勢力と秘密の交渉材料を用いて速やかに合意に至ったことが大きい。
問題は反抗勢力よりガーゴイルだ。
帝国にとってウィヴィラにおけるガーゴイル被害の拡大は対岸の火事ではない。
産業地域、特に製造工場への深刻なダメージを及ぼし部品供給の数%を犠牲にする。
帝国もウィヴィラ防衛を優先した。
その停戦と防衛を担ったのがスカーレット姫だ。
《姫。こう……左右で兵装の摩耗差が著しいので、均等に扱えます?》
「ガーゴイル討伐は難しいのよ。まぁ、あんたには分からない、か」
《あ、優越感! 姫がガーゴイル討伐したという優越感に浸っている!》
「失礼ね。達成感よ。浸らせなさいよ」
駐屯基地で、整備をしながら機体をチェック。
『アリアドネ』は他人任せにはできない。
《あ、姫すいません、ちょっと降ろしてもらえますか?》
「自分で降りなさいよ」
《えぇ、まだちょっと怖いんですよ。わかりました。とう!!》
おれは機体の上から飛び降りる。
重力魔法で衝撃はさほどないが、べしゃりと転がった。
《お、起こしてぇ……》
姫に抱き起される。
《姫、もういいですよ》
「あったか~い」
おれはされるがまま、姫の湯たんぽとなった。
◇
同時刻、西部ロデリン市郊外。
秘密軍事基地『聖域』にて。
「君がオーダーしたこれ、おおよそ完成している」
円盤状の鋼鉄の物体が浮いている。
本体には四基の回転翼。ウルティマに搭載していた指向性ブレードアンテナと高倍率視覚装置。
浮遊中継機『アトラス』だ。
中継機が破壊される危険があるなら、空に造ればいいじゃない、というわけだ。
カナン主任はいい仕事をしてくれた。
『ダイダロス基幹』の欠点を補うアンサーツールだ。
「言うほど簡単じゃなかったがね。君のスーパーバイザーの解析機能をセンサーとし、新たな記録補助を構築、それにネフィリム基幹との連携でようやく安定した浮遊状態を維持した」
《量産できますか?》
「無理だね。安定した製造には程遠い。それに魔力供給問題は大きい」
《わかりました。でも最低三機は欲しいのでお願いしますね》
「話聞いてたか?」
フェルナンドとの決戦の地がどこになるのか。
確定はしていない。
だから、最低でも三か所に分けて配置しておかなければ、いざという時役に立たない。
《大丈夫です。分業すれば》
製造拠点は帝国中にある。
◇
南部シュラール地方センチュリオン本社。
研究所内メイン整備室。
《というわけで、この図面のパーツはこちらでお願いします》
「何が『というわけ』なの?」
ウィシュラが寝不足で疲れた顔をしながらツッコむ。
《まぁまぁ、お仕事手伝いますから》
「『ウルティマ』の報告書をまず先に出して。まず機体は今どこにあるのよ? 返して?」
《ああ、忙しい忙しい》
「忙しいのはこっちよ。新たな冷却システムの大量製造の受注で大忙しなのよ」
元々冷却システムと言えばアズラマスダ家の南部が独占的市場を占めていた。
今回、冷媒から循環システムから見直された新たな冷却システムが内務卿主導で南部に持ち込まれた。
そりゃ忙しい。
今、ウルティマを量産されては困るからな。
もちろん、彼女たちにもメリットはある。
《他に何か言うことは?》
「ありがとうございます、ネフィー様のおかげで研究資金に困りません」
新たな冷却システムを応用した冷房機で居住地が拡大していく。
今、南部の土地開発が熱い。
このあとには建設ラッシュ、新都市建設まで控えている。
居住エリアの拡張はガーゴイルの発生地域と隣接しない南部においてはまさに安全域の拡張に等しい。
そして、その土地開墾、建設に必要な重機も、一種のブレイクスルーがあり、革新的専用重機が次々と導入されている。
センチュリオンはそれら先端技術を持つ企業に対し、製造、メンテナンスと流通網を提供している。
セントラル産業が事業差し止めになった影響らしいね。
「だから研究させて」
《は~い。2番から3番の重機メンテナンス終わりましたよ》
「も、もう!? 早い!! さすが!! ネフィー様ずっといて欲しい。結婚して欲しい」
《ぼくはこんな姿なのにいいの?》
「今のあなたの方が素敵」
《じゃあ、これも造ってくれる?》
「もちろん。作業は現場の職人に……」
二人で抱き合っていると現場の職人たちからレンチが投げ込まれた。
「しゃべってねぇで仕事しろ姉ちゃん!!」
「すいませんすいません!」
彼女は怒号が響き渡る中涙目で作業に没頭していた。
彼女は技術主任のはずだが。
《ウィシュラ、それ全部終わったらこのパーツの曲線比率を割り出してほしい》
「ああもう離婚、離婚よ!!」
《まぁまぁ、手伝いますから。は~い、5番から12番終わりで~す》
「すごい、早い!! 再婚!!」
《こんなぼくで本当にいいの?》
「あなたは私に必要よ」
レンチが投げ込まれた。
「すいませんすいません!!」
《じゃあ、よろしくでーす》
◇
東部属州ウェールランド。
基地内技研支部。
ドックに転がる死体。
《グウェン、朝だよ。仕事の時間だよ》
「あと五分……」
《図面の修正があるよ。午前は会議だよ》
「代わりにやっといてぇ」
《どこに埋めようかな》
「待って~生きてますから~」
《おのれゾンビめ。光点滅装置起動!》
「ぎゃあああ、眩しい!! 溶けるぅ~!!」
討伐完了。
危険は去った。
「お二人共、朝から何を騒いでいるのですか?」
《あ、レイナさんおはようございます》
「レイナさん聞いてくださいよぉ~。グリム君がいじめるんですよぉ~」
「グウェン新支部長、会議があります。身支度を整えて下さい」
「グリム君、身支度を整えてだって」
業務用の洗浄機でまるごと洗浄。
「あばばばっ!!やめて!!」
待て、逃げるな。
狙いがズレるだろう。
「きゃあ、グウェンさん!! こっちに来ないでください!!!」
怒られた。
午前の会議で、新型の製造進捗が報告された。
主に一機分のメインフレームと外装部品。
「現在機体製造は4割ほど。やはりグリム君がいなくなったことが大きいですね。なので、私なりに解決策を検討しましたよ、みなさん!!」
『グリム君復活のためのアイデア募集!』
配られた資料をドークスがくしゃくしゃにして投げ捨てた。
「時間の無駄だな! 作業に入るぞ!!」
「「「おおーう」」」
「待ってぇ! 名案が!! 私が人質になったと知ればグリム君も地の底から――いやぁ、仕事したくないぃー!!」
引きずられていくグウェン。
本人の前で言ってどうする。
《レイナさん》
「はい」
《できているメインフレームはマクベス機で運用します。プロト機をいきなり殿下に渡せませんから》
「ご自分でお伝えください、支部長」
《やだぁ、こわいよ!! 助けてよレイナさん!!》
レイナさんはにこりと笑いながら自分が抱える書類の束を見せた。
《なんでもないです。お疲れ様です。運営丸投げすいません》
◇
帝都。
おれはちらりと傍にいる女性を見上げる。
「なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言え」
《あ、はい》
ルージュ殿下は軍議出席のため一時帝都に帰還。
ガーゴイルとの戦闘も、ウェールランド兵との訓練もできないここでは彼女のフラストレーションはたまる一方だ。
《殿下、怒らないで聞いて欲しいのですが》
「私はできない約束はしない」
《殿下の機体は、一から造ってます》
バッと身体に力が入る。
しかし、ルージュ殿下は静かに会議資料に目を通している。
「……それで?」
《殿下の機体は、ぼくが一から造ろうかと思ってます。今回、殿下が帝都に戻られた目的には間に合いませんでした。申し訳ございません》
皇帝暗殺の阻止。
それが、殿下がこの時期帝都に戻った理由だ。
しかし、機体は調整用『クラスター』。専用機には程遠い。装甲だけは立派だが。
相手はおれたちが造った『メサイア』になる可能性が高い。
殿下の出番はない。
これは意図した結果だ。
殿下の突出した個の力。
いずれ現れるガーゴイル第四形態飛翔型や、雷魔法を用いる特殊個体、そして原始系ギアとの戦闘に必要不可欠。
ここで万が一があってはすべてがご破算。
だから『メサイア』には仕掛けを用意している。
暗殺そのものを阻止するために。
「あれをギルバートに行きつくよう謀った狙いはわかる。正直なところ私はお前ほど人を信じられない。ギルバート兄のことはお前よりも良く知っているからな。だが、お前のことは信頼している。奴にまだ可能性があるのなら……協力はする。不本意だが、私は奴の妹だからな」
《ありがとうございます》
「だが、私は父上が危険と判断した際には参戦するぞ。機体がどんな状態でもだ」
《はい》
話しているとドアが鳴った。会議の時間だ。
「ではいくぞ」
《はい》
おれたちには今まさに、やるべきことがある。
この軍議だ。
フェルナンドと対峙する。
重要な局面だ。
「殿下、申し訳ございませんがその機械は会議室には入れません」
「なに?」
《えぇ……》
「信号通信が確立した今、盗聴、盗撮の対策として機械の持ち込みを制限させていただいております」
「うん、もっともだな」
《もっともな理由ですね》
おれは涙を呑んで会議に向かう殿下を見送り留守番となった。
◇
「ふぅ……」
専用クレードルから降りて背伸びをする。
巨大な洞穴。
例の地下空間にある秘密の拠点に滞在している。
本物のおれはここからしばらく出ていない。
おれは機械の身体を手に入れた。
整備用遠隔作業ボット『わかる君』だ。
これらを各拠点に配置することで移動時間短縮。同時に複数の製造工程を把握できる。
これも機密情報部機械課の発案のおかげだ。
機密情報部といえば、もう一つやることがある。
「マリアさん、つながりましたか?」
「えぇ」
おれたち体力ない組は地下からサポートに徹する。
まずは、この会議だ。
マリアさんの『ゆりかご』に、会議の様子が映し出される。事前に設置された視覚装置と収音機からの映像音声だ。
この会議で話し合う項目は三つ。
ウィヴィラでの統治とガーゴイルとの戦闘継続。
北部での戦闘、特にスカーレット姫の戦闘を鑑み、従機士を含めた新たな評価システムの構築。
そして、そのシステムに関する参考人としてネフィー・リドリムが召喚される。
「ハロー、ネフィー・リドリム。聞こえてますか?」
《感度良好》
イヤリング型の小型通信機で交信。ノイズが出ない改良版だ。
おれの代わりにネフィー・リドリムとなった彼女には、フェルナンドの反応を見てもらう。
奴が『メサイア』を手中に収め、何も勘付かないとは思っていない。
必ず、ネフィー・リドリムに探りを入れる。
おれたちはそれを観察する。