10.試験
受付に戻ると先ほどとは打って変わって、即座に通った。
スカーレットの興味はフリードマンに移り話し相手をさせられている。いや、興味があるのは彼女の親衛隊の方か。
親衛隊は一般機士より上の機士長や機士正ばかり。
フリードマンは汗だらだらだ。
「貴官の超絶技巧『スレッシャー』の噂は帝都にも届いている。ガーゴイルを200体は討伐したそうだな」
「はい。部下と整備士に恵まれました!!」
「フフン、正直な男だ」
『スレッシャー』とは粉砕棒の意味だ。
高速回避機動に攻撃を組み合わせたカウンター技。
敵をボロボロにすることからついた異名であり、フリードマン独自の『アクセルターン』のことだ。
ちなみに今はその『アクセルターン』を部隊全体で鍛錬し、彼の部隊は帝国でもルージュの親衛隊に匹敵すると言われている。
「フリードマンって、カルカドの英雄だろ」
「知ってる。確か、庶民から次に騎士になるのはあの人だって」
「貴族派も一目置いてるって話だよな」
「戦場であの人に救われた貴族子息も多いって話だろ」
さすが、一等機士は軍関係ではなおさらヒーローのようだ。
「グリム君、頑張ってくださいね」
「はい、メアリー先生」
おれはおかげで目立たずに試験に臨めた。
試験はまず座学。ペーパーテストだ。
軍事工学課志望のおれは特に試験科目が多かった。
しかし、3年みっちり対策をしていたおかげでかなりの手ごたえだった。
1日目を乗り切り、豪勢なホテルに泊まる。
「帝都ではグリム君ぐらいの年の子はね―――」
メアリー先生は食事のときも無理やり世間話をして、試験のことは聞かないでいてくれた。
問題は2日目だった。
軍事工学課志望でも、実技を三つ選択しなければならない。
士官課や機士課は五つとかだから少ないのだが、それでも兵器整備、魔法以外を一つ選ばなければならない。
基礎体力、格闘、剣術、乗馬、射撃、全て苦手だ。
仕方なくおれは基礎体力試験を選んだ。
ほぼ全員がこの試験を選ぶので、真っ先に開始された。
「ちょっと、そこの蛮人」
スカーレットが話しかけてきた。
さすがに試験中は取り巻き連中もいない。
「なんでございましょう?」
「ごめんなさい、受付の時のこと謝りたくて」
しおらしい態度だ。
これは本気で心を改めたのだろう―――って、原作知らなかったらそう思ったかもね。
「お詫びと言っては何だけれど、一言アドバイスしておくわね」
「アドバイスですか?」
スカーレットはもったいぶって笑みを浮かべた。
「試験官はみんなお前をマークしている。落としたくて仕方ないのよ」
アドバイス?
脅しじゃん。
「体力試験で少しでも魔力を使ってごらんなさい。即失格よ」
え?
フリードマンと訓練している時は結構重力魔法でズルしてたんだけど、あれだめってこと?
確かに、試験官の眼はこっちに向いている。
一応聞いておこう。
「あ、あの」
「ちっ、私語は慎め」
「いえ、ちょっと確認を。体力試験で魔法を使ったら失格なんですか?」
試験官は呆れた顔をした。
「当然だろ?」
分かってはいたが、軍に入ろうという奴でおれみたいに並みの体力の奴はいない。
みんな羽でも生えているかのように駆けて行った。
対するおれは思うように体が動かない。
悪逆皇女はさすがで、トップ。
おれはビリだった。
「ウェール人、弱いな」
「こりゃ、戦争に負けるわけだ」
「そこで寝てろ。お前にはごみ拾いとかが関の山さ」
くやしい。
でも、次は自信がある。
魔法で見返してやる。
そう思っていたが、問題が起きた。
的が遠い。
魔法を使った的当て。
ギアの装甲板に魔法を当てる試験。
装甲板は生身の人間の魔法ではびくともしないからこれは精度を測る試験。
もちろん、傷でもつければ即合格だろう。
悪逆皇女は装甲板を火魔法で変形させていた。
「なんという火力」
「さすがは皇女様です」
「いずれはルージュ様に匹敵する機士になりますな」
歓声が上がる。
「あらあらごめんなさいね。誇示する気は無かったのだけれど―――」
明らかにおれへの当てつけ。
確かにおれはここでかなりの成績を残さなければ挽回できない。
闇属性は射程が極端に短い。すなわち距離があるだけで威力も損なわれる。
だからこそ3クール目までまともに闇属性を使った武装が無い。
とにかく全力で、魔力を集中させて放つしかない。
「おい、いつまでやってんだ?」
「闇属性って……」
「あいつ、落ちたな」
空間に生み出したゆがみ。それが仮想の質量を発生させる。
超質量体を中心に空間はゆがみそれが重力となる。
魔法に形作った均衡を崩す。
その結果、超質量体はその存在を維持できず、消失する。その時発散されたエネルギーに指向性を持たせる。
「ぐわわわ!!!」
方向を間違えてしまった。
膨大なエネルギーの半分がこっちに飛んできた。
間一髪、空間を捻じ曲げて逸らせた。
しかし、的にはかすりもしていなかった。
「あはは!!」
「何よあれ」
「あそこまでダメだと、おもしろいな!!」
「かわいそうね。もう、試験受けるだけ無駄よね。帰ったらいいのに」
スカーレットの言葉で一気に帰れコールが巻き起こった。
茫然自失とした状態でおれは最後の兵器整備に望んだ。
気が付くと終わっていた。
放心状態でほとんど記憶がなかった。
多分、銃のライフリングを直すのと、設計図通りに機械を組む試験。
思い返そうとしたが、記憶が無く不安になった。
試験が全て終わり、試験場を出るとフリードマンとメアリー先生が迎えに来てくれていた。
おれの顔を見ていろいろ察したのだろう。
「ま、とりあえず終わったな」
「おいしいものでも食べに行きましょう」
そう言ってくれた。