106.人が本性を晒すとき
「グダグダと長話はやめい。結論を出してやる」
上等な服に身を包んだ山男が議論を遮った。
その横には立って勝ち誇るセントラル産業フードルと、ビルポーク・ルファレス。
視線の先にはおれたち、長机を挟み座るスカーレット姫とネフィー・リドリム、他多数の技術者たち。
「おっしゃる通り。ノボルチェフ辺境伯、このくだらない議論の結論をおっしゃってください」
ノボルチェフはルファレスの眼を見てはっきりと言った。
「おれはスカーレット姫を支持する」
「……え?」
隣に立つルファレスはあっけにとられ、ノボルチェフの顔を「信じられない」とばかりに凝視する。
「今何と!?」
「スカーレット・アレス・ガイナ統括軍団長の技術管理権限は妥当なものだと言っている。その姫様が管理責任を委任したネフィー・リドリム嬢の能力に疑いの余地は無い。つまりだ、貴様らに軍事技術を移譲する理由はみじんも無いということだ」
唖然とするセントラル産業側。
「は、話が違います……! まさか、一体何で買収されたのですか!!」
「無礼な奴だ。引き際を弁えろ」
「おのれ、小賢しい真似を!! 分からんのか!! これが誰の指示なのか!! 我々の決定を覆すことが誰に逆らうことになるのか!!!」
半ば発狂するルファレスをさすがに引き留めるフードル。
「取締役!! ここでは!!」
「ええい、離せ!! お前らの会社は全て潰れるぞ!! 下請けの仕事は一切回さん!! 徹底的にやってやるからな!!!」
「黙りなさい」
スカーレット姫の一言で、ルファレスは固まった。
おれもちょっと横でビクッとなった。
「まずノボルチェフ伯への無礼は見過ごせないわね。裏取引などない。これはひとえに、技術への信用の問題なのよ」
机の上に、資料が並べられた。
「こ、これは……!!」
そこにはギアの設計図案と、パーツの製造の流れが2パターン比較対象されている。
「『クラスター』の初期製造ラインで不具合が発生したわね。あれ、うちの技術顧問が原因を特定したのよ。おたくの工場で設計に手が加えられているわよね」
ルファレスは眼を見開く。
すっかり忘れていたが、本来無駄を省きパーツ点数を減らして汎用性を高めることに成功したはずのクラスターには無駄がいくつも残っていた。
「コスト削減の名目で、従来通りのグロウ系パーツを流用し、パーツ点数を水増しして製造受注件数を増やしたわね。あろうことか、管理庁の人間を抱き込んで調査担当になり、莫大な調査費用まで請求した」
無駄パーツを組み込み実績を水増し。
それによって生じた不具合の調査でさらに儲ける。
見事なマッチポンプ。
「う、嘘ですよ、こんなことはあり得ない!!!」
「ああそう。それでなくても、そちらの製造パーツの精度と組み立て技術の評価は最低ランクよ。下請けに任せて根本を疎かにした結果ね」
セントラルはこちらを評価する立場と勘違いしていたので、セントラルとその関連会社のパーツを取り寄せ、評価をしてみた。
複数の第三者機関に調査を依頼し検証してもらった結果、どこも同じ結論だった。
「結果の報告を、ネフィー」
「製造過程いくつすっ飛ばしたコラ? ああん?」
「ネフィー、机の上には乗らないの」
「いけない、私ったら!」
検品の甘さ。
過剰なノルマによる評価基準の改ざん。
緩衝材などの運搬備品の過剰なコストカット。
そして、加工の工程を減らし、足りない部品強度、急速に劣化変形するずさんな製造体制。
「どう落とし前――」
「ネフィー、言葉遣い」
「いけない、私ったら! ゴホン! カネ勘定に気を取られて、モノづくりを舐めやがりくださいましたわね。その報いは受けていただきますですわ、コラ」
ルファレスが茹でダコのように顔を真っ赤に震える。
「……我々は帝国に貢献しているのだ。安く多くの部品を製造し、帝国全土に届ける。帝国の安全圏を維持するために現実的な判断をしているのだ!! その責任の重さが貴様らに分かるのか!!」
諦めの悪い奴だ。
《もう止しましょうよ、ルファレスさん》
会議の場に、その場にはいない者の声がした。
信号通信機からだ。
「ま、まさか……」
《私はその『現実的な判断』?を否定する気は毛頭ありませんよぉ? で、す、が、ね~……大義を理由に戦っているのは現場の機士も同じなわけですから、それを理由になんでも肯定してしまっては、よろしくないんじゃないかい、えぇ?》
やけに丁寧な言い回しをしているが、ギルバート(末期)だ。
「ですが、殿下、これは……殿下の」
《ん!? なんだ!? どうした!? 今度は私のせいか!? これは参りましたね~!! 君も手当たり次第だな。こっちは現場で死を背負って戦ってるんだよ。君も大義を語るからには、同等の覚悟を持って発言したまえ》
完全にはしごを外され孤立したセントラル産業。
このギルバートの裏切りの理由は明白だ。
この会議の様子が軍部に配信されているからだ。
あれれ?
言ってなかったっけ? ごめんね!
不正の証拠が開示されたことでギルバートは形勢不利と判断。
自分の名がルファレスから出ることを強引に阻止した。
だが、この行為はウィヴィラとの停戦を公言しているスカーレットに、全面対決を望むギルバートが歩み寄った形となる。
全てはマリアさんの筋書き通りだ。
こうして会議は終了。
技術者たちは勝利に歓喜し小躍り。
ルファレスらセントラル産業関係者は全員連行されていった。
《いや、それにしてもお、ど、ろ、きですね~。まさか、北部の荒熊と称されるノボルチェフ伯が、我が妹と結託しておられたとは。人が悪い》
そう、そもそも七大貴族にして北部大貴族ノボルチェフ家は本来ギルバート側の派閥だ。
その彼がこちら側に賛同してくれなければ、このシナリオは描けなかった。
「北部の信条は弛まぬ生存競争ゆえ。この厳しい環境の中生み出された成果とあの銭ゲバ共どちらが必要かは明白だ」
《成果? まさか、あのわけのわからない単発式の杭打機で?》
おれたちが新開発した『単発式破砕杭打機』(パイル・バンカー)の動画は一部界隈で人気となり、絶賛予約受付中だ。
だが、本当の理由は別にある。
「一撃で生きるか死ぬか決す。ありゃ己が覚悟を試す兵装だべな」
《だべな?》
一撃必殺。
それは狩人の思考。
戦闘の最中、北部の民を慮ったスカーレット姫。
彼らは共に狩りをして、その度量に惚れた。
姫の人徳あっての勝利だ。
「お兄様、あの機体はすでに調査を終えておりますわ。謹んでお兄様にお渡しいたします」
《利口になったつもりか、スカーレット。マーヴェリックやリザ・ハーネットがいたのだ。この戦果が己の実力によるものとはき違えるなよ?》
「肝に銘じます」
ノボルチェフ伯は姫に恭しく礼を示し、のしのしと他の山男たちを連れて会議を後にした。
会議が終わると、いよいよ技術管理庁経由で引き渡しだ。
「ネフィー・リドリム兵器顧問。帝都にご同行下さい」
やはりこうなったか。
「やだ」
「え?」
この要求に対する合理的な断る理由は思い至らない。
マリアさんをもってしても、功績を評価される上に、関わった大仕事の説明に呼ばれて断る理由はでてこない。
「やだ! 帝都行きたくない! 都会怖い!!」
「えぇー!!」
「なんだこの人」
「これでも貴族令嬢か?」
ゴネることにした。
大人がゴネるのは見苦しく、言葉が出てこないだろう。
人は思いがけない事態に巻き込まれるとパニックに陥る。
そして混乱し油断した隙に走って逃げる。
「まぁ、まぁ、文句は列車の中で聞きますので」
「ちょろちょろしないでください」
「これは名誉なことですよ!」
ダメだった。捕獲された。
「助けて、人攫いだ! 姫―! みんなー! うわー!!」
おれは捕まって、帝都までの列車に連行された。
ドナドナを歌いながら車両の個室に入った。
だが、そこにはおれがすでに乗っていた。
「ドッペルゲンガーかな?」
「窓から降りて。グリム・フィリオン」
「あ、はい」
そして、ネフィー・リドリムを乗せた列車をおれは見送った。
「あれ、おれはここに居りますが?」
「いやはや、間に合ったねぇ」
聞き覚えのある声がするので振り返ると、細目に丸メガネの怪しい感じの美人が薄ら笑みを浮かべていた。
「テスタロッサさん。あの人は?」
「君の影武者だよ。大変だったんだからね」
そういうことか、助かった。
やはり持つべきものは胡散臭い情報官だな。
「よくぼくとそっくりの人を見つけられましたね」
「いいや、普通に整形だよ。これからは一生彼女がネフィー・リドリムだ」
思わず、本名も知らない彼女がいる方向へ手を合わせていた。
申し訳ない。
「ん? じゃあ、ぼくは?」
「もちろん、これから君には下僕になってもらうよ」
「じゃ、ぼくはこの辺で失礼します」
「ムリムリ、行けないよ」
結局おれは捕まり、再び最下級の身分からやり直しとなった。
「ま、いっそ清々しいですね。ギアを造れるならなんでもいいです」
「よく言った。それでこそ、グリム・フィリオンだよ」
おれはウィッグを脱ぎ捨てた。