104.5 技術者たち
「先輩、ヤバいっすよ!!」
後輩が電報を片手に驚喜する。
「なんだよ。結婚相手でも見つかったか?」
「違いますって!!」
短文の格安電報を見て、おれは何度も読み返した。
『わが社好調なり。契約続行されたし』
「おおう?」
「やりましたね、先輩!!」
ギアに携わりたいと、技師を目指した。
属州で子供時代を過ごし、ガーゴイルからギアに救われた影響だろう。
だが、夢物語を追うほどもう若くはない。
現実のおれは、ギアとは関係ない小さな重機製造会社で北の僻地に営業に行かされる、35歳独身、貯金無しだ。
要塞に来て売り込んだ破砕機は案の定売れやしなかった。
「なんでですかねー? こんなかわいい娘が営業してるのに」
「そりゃ、答え出てるだろ」
「私が可愛くないって言うんすか!?」
「いや、お前はそこそこ美人だし、愛嬌あるさ」
しゃべらなきゃいいんだがな。
営業職としては致命的なジレンマだ。
「まぁ、問題はこの商品だ」
「え、うちの商品だめなんすか?」
「この破砕機は従来より20パーセントも軽く、小さい。それでいて、トルクが27パーセントも増している」
「……それってすごいっすか?」
「その分、衝撃も大きく扱いが難しい。これが市場に出たら、けが人が続出するだろうな」
「なにやってんすか!! だめじゃないっすか!!」
「大丈夫だ。2メートル越えのゴリゴリのデカマッチョ、肩に人間載せて歩く感じの、スキンヘッドの化け物みたいな人に売りつけるんだな」
「了解っす!! って、ムリっす!! そんな人間いないし、いても声かけられないっすよ!!」
そんなことは分かっていた。
ここに来る前から。
うちの会社は潰れる。おれもお前も職を失うってことだ。
だが、後輩はあきらめなかった。
「見てくださいよ、先輩!!」
「おおう?」
そこには2メートル越えのデカマッチョ、肩に女性を乗せているスキンヘッドの、まさに怪物みたい大男がいた。
「本当に見つけてくる奴があるかよ!!!」
「ええーだってー」
「だってじゃない。お帰りいただきなさい!!」
大男は試用機を片手で掴むと作動させた。
「うわぁ、何やってんだあんた!!」
破砕機は見本の岩を粉々に砕いていく。
「おお、いいなこれ。いい武器になる。一つくれ」
化け物だ。
大人二人がかりでやっと制動させるのに、片手って……
「コレコレ、イゴール君。それはね、道路建設用重機だからね。人に向けちゃダメだよ」
「これを持ってるおれに指図しねぇ方がいいぜ?」
「やれやれ」
肩に乗っていた女性が下りて、破砕機に触った。
「いい設計ですね」
「ああ、どうも」
「でも、これは売れないでしょう。進軍時、開拓用に四輪駆動車に乗せて運ぶというコンセプトはいいですが、肝心の扱いやすさ、安定性に対するアプローチが無い」
「なんだ、あんた!? うちの商品にケチつけるってのか? 何の根拠があってそんなこと言うんだ!?」
「先輩……全部図星じゃないっすか。なんで張り合うんすか?」
女性は紙を手渡した。
「もし、あなたが私の試験をクリアしたら、私がこの欠陥品をヒットさせてみせます」
「ええ、言うじゃないっすか! そこまで言うなら受けて立とうじゃないっすか!!」
「おおい、勝手に受けるな!」
誰がそんな怪しい勧誘に引っかかるか。
試験を受けると言って、あれこれ個人情報を盗む詐欺に違いない。
どうせ、チャンスはない。
おれは帰り支度を始めた。
「先輩……」
「言うな。社長も別に期待してなかったさ」
「先輩、でも……」
「売れなかったのは技術者としておれが未熟だったからで、お前のせいじゃない」
「あの人、センチュリオンの技術者で、皇女殿下の整備顧問らしいっすけど」
「……おおう?」
「なんか、営業ブースのお隣さんとか、営業黒字になったって喜んでましたけど」
「先に言えよぉぉ!!!」
おれは急いで試験を受けた。
「なんだこれ?」
問題は「条件からギアの機能を逆算し、設計プランを立てよ」というものだった。
「こんなんでいいのか?」
簡単だったので、すぐ解いて、合格した。
「おめでとう。じゃあ、相互アドバイザー契約成立ということで。これを売りたいんだね?」
「まぁ、こんなものでもどこかの誰かの役に立つなら」
「立つわけない!」
彼女、ネフィー・リドリムはおれの破砕機を分解した。
「いらない、いらない! こんなパーツ要らない!!」
狂気じみた彼女の言動に、後輩と二人凍り付いた。
身の置き所も無い心境だった。
「これ、これは要る。これはいいです」
「それは……」
おれの担当した原動機。
「小さな魔力で一気に大きな出力を生み、しかも制動幅が大きく精度が高い。こんな欠陥品の中でも壊れない頑丈さ。なにより、小さい」
「あの……?」
「これを売ればいいんです」
彼女はすごかった。
おれの原動機を無理やりギアの腕に取り付け、動力炉無しで、直接稼働させてみせた。
その他にも大型重機なども動かし、それを撮影した。
おかげで、原動機単体の注文が殺到したらしく、会社は経営難から脱出した。
電報が届き、おれたちは浮かれた。
「おおおおし。やったったぞぉ!!!」
「先輩偉い!! よっ、天才技術者!!」
「おれはね、常々思ってたんだ。重機販売という形にとらわれず、優れた発明品を世に送り出せればいいってな」
「先輩、すごい! よっ、時代の先駆者!!」
「まぁ、彼女には悪いがあれはね、試したんだよ。あの破砕機の本当の価値を見抜けるようなら協力してもいいってね」
「先輩賢い!! 憎いね、この策士!!」
相互アドバイザー契約というのも、大した仕事じゃない。
原動機を複数パターン試作するというものだ。
何を造らされているのかは不明だったが、おれ以外にも様々な企業の技術者が、各々試作品を造っていた。
秘密保持契約の内容は緩く、互いに交流することも許された。
だが、話しても良くは分からなかった。
何せ、土建業や解体業、ガラス職人、食品加工業や家具屋までいて、専門もやっていることもバラバラだ。
「四輪駆動車の座席に最適な衝撃吸収素材を売り込みに来たんですが、ネフィー嬢に言われて、幾何学構造に成型したところ、衝撃吸収効率が400%も向上したんですよ。おかげで、ギアに搭載の見込みです。うち、家具屋なんですけどね!」
「冷凍食品の営業に来たんですけど、熱変換冷却システムに目をつけていただきまして。なんでも私が開発した冷凍技術で、南部の生活圏が変わるとかで、内務卿からご支援の打診が。ただ、ネフィー嬢からはギアの冷却システムに応用できると……」
「ギアの腕に重機つけたい。そういう依頼だ、うちは」
分かったことは、ネフィー嬢がギアにまつわる新たな研究をおれたちを使ってやっているということだ。
それも極秘に。
それを聞けないのは、事が大きすぎるからだ。
「うちは、ホラ、セントラル産業に難癖付けられて、今じゃ光点滅装置の下請けなんですけど、あれほんとはうちの先代が考案したんですからね」
「ああ、セントラル……私前の会社で塗装用の防錆コーティング剤を考案したら技術盗用だと騒がれましてね、それで今は家具屋です」
「農耕器具メーカーだったが、セントラルに脅されて下請けになった。そこで解体重機開発で再起した、うちは」
おれもセントラルには因縁がある。
ガーゴイルの装甲を貫通する特殊な高硬度合成物との二段構造の徹甲弾を発明した。この特殊合成物を生み出した企業が訴えられ、おれの徹甲弾も今じゃセントラルが権利を持っている。
開発に多額の金を投資したおれの会社は倒産。
今じゃ道路用整備重機の製造業だ。
巨大な権力を信用しすぎてはいけない。
経験から、踏み込まないほうがいいとわかっている。
「あ、ネフィー様!! うちらって、ギア造ってるんすか!!?」
「「「おいおいおいおい!!!」」」
バカがバカのまま聞いちまったよ!!
「そうだよ!!」
「「「えええええ!!」」」
ギアの開発。
それも技術管理庁に報告してないだろう。
「あ……」
ネフィー嬢の顔色が悪い。
明らかに「秘密だったのに」の顔だ。
「うぅ、あの……これはですね。うぅーん」
冷や汗を流している。
言い訳を考えている。
いや、もういいから。聞かなかったことにするから!!
ネフィー嬢の後ろにいた執事が事務所に彼女を連れ込み、何やら怒っているようだった。
貴族ってああいう力関係だったっけ?
「どうしたんすか、先輩?」
「いや、仕事するだけだ」
おれたちは燃えた。
おれたちの世代の技術屋はだいだい動機が同じだ。
ギアに携わりたい。
だからおれたちは、ネフィー嬢を信じることにした。
◇
「まったく、出迎えも無しか!!」
踏み込んできたセントラル産業の重役、ビルポーク・ルファレス。
その顔には見覚えがあった。
向こうはおれのことを覚えてすらいないようだった。
嫌な予感はしていた。
こんなにうまくいくはずがない。
こちらには重大な秘密がある。
バレたら一巻の終わりだ。
「あの敵機の調査も我々が引き継ぐ。レポートにまとめて今日中に提出しなさい」
全部奪われるくらいなら自分を、自社を守る。
そうネフィー嬢に疑われたら、彼女はおれたちを切り捨てるだろう。
それが貴族の立ち回り方だ。
セントラルも全部なんて期待していない。
ふっかけて、利益をかすめ取る。それがこいつらの常とう手段だ。
「お断りします」
予想に反し、ネフィー嬢は完全に奴らを突っぱねた。
「か、覚悟しろよ!! このままでは終わらせんぞ!!」
「あの~邪魔なんで帰ってください」
「「「「「いよっしゃああ!!」」」」」
あのルファレスの無様な姿が見られて、スッとした。
それに、感動を覚えた。
「先輩、うれしそうっすね」
「あの人がおれたちを、おれたちの技術を信頼してくれたことがうれしいんだ」
実力はともかく、世間的な評判はセントラルの方がいい。
組むならあっちの方が得だっただろう。
それでも、ネフィー嬢はおれたちを選んでくれた。
実力が認められた。
もうずっと、正当な評価とは縁遠かった。
「よおおっし!! おれたちで最高のギアを造るぞ!!」
「ええ、やりましょう!!」
「おおう!!」
そして、おれたちが設計したパーツが形となり、それらを取捨選択するネフィー嬢。
脱帽だった。
彼女がおれたちを簡単に見出したのもうなずける。
ギアの専門家。
おれたちが夢憧れ、なれなかった理想の技術者がそこにはいた。
最初の試験。
おれが描いた通り、動力炉を持たないギアはおれの原動機で動いた。
特殊な塗装で白銀に輝くギア。装甲の被膜が熱放出を促し、耐熱性に優れている。
表面には一切の凹凸が無く、リベットを使わない内蔵ロック機構を搭載。機体が受ける空気抵抗を軽減する。
各部関節の衝撃吸収、静音気密設計により、動作音がほとんどしない。
動力炉を持たず、内部フレームからの感応でダイレクトに各部の小型原動機を駆動させる。
その原動機の急激な温度上昇を抑え、装甲内部の冷媒と連動する冷却システム。
超高性能透明シールド。
色別光点滅通信システム。
そこには軍が鹵獲した敵機体と、うり二つのギアがあった。
「あれ、先輩……同じもの造ってどうするんすかね? ちょっとネフィー様に」
「やめろぉぉ!!! もう聞くな!!!」
「ちょ?? 大声出さないでくださいよ」
どうするかって?
決まってる。
本物を盗む気だ。
おれたちは勘違いしていたのかもしれない。
セントラル産業を迷いなく突っぱねたのは、おれたちを信頼していたからだけじゃなかった。
取るに足らない小さなことだったんだ。
おれたちは知らない間に、何かとんでもなく大きなことに巻き込まれているんじゃ……
「ん? ネフィー様まだ何か造ってるっすよ?」
「おおう? あれは……余剰パーツか? 聞いてないぞ」
解体重機メーカーの技術者と迷うことなく、それを組み上げていくネフィー嬢。
ああ、なんか言ってたな。
それは重機だった。
ただし、ギアの腕に搭載する巨大な破砕機。
建前上、表向き、造っていたと言い訳できるだけの新発明を用意していたってことか……
「みんな見てるだけぇ? やらないのぉ? 楽しいよぉ?」
引き返せば、知らなかったとしらを切れるかもしれない。
いや、実際今の今まで知らなかったんだ。
だが、これに手を貸せば、もう言い訳はできない。
隠蔽を手助けした共犯だ。
「やったらぁあ!!」
「やったろうじゃないか!!」
「やってやりますよ!!」
「わぁ、中年のやけくそ怖いっす」
おれたちは、喜んで共犯になった。
「オームのアンカーボルト剥ぎとって射出しよう!」
「先端を鋼鉄で覆ったら、カチ割れそうだな」
「いえ、うちの高性能特殊ガラスは鋼鉄より固いんで!!」
「出力を上げられるだけ上げるぞ!!」
そうして思わぬ副産物は完成した。
《うらぁぁ!! 死ねぇぇ!!!》
ギアに搭載されたそれは、岩山を一撃で割った。
巨大な岩が滑落し、地面を、というか要塞全体を揺らした。
「ははは、こらこらイゴール君。おっかないよ」
おれたちはとんでもないものを生み出してしまった。
一発限り。
しかも止まった標的に接近しないと撃てないそれは、おそらく実戦では役に立たないだろう。
だが、おれたちは誰もが満足していた。
誰に恥じることも無く、胸を張って、堂々とおれたちが造ったと誇れるものだ。
なぜなら、それがかっこよかったからだ。