104.依頼と脅し
スカーレット姫の映像広告効果は絶大だった。
停戦に向け先を見据えた現実的な主張が大半の市民に受け入れられた。
各属州、植民都市での反応も良く、姫の人気はうなぎのぼり。
さらには、映像の合間に差し込んだ企業のCM効果で各社本部本店での売り上げが爆増、銀行の融資担当者が訪れ融資額の見直しを打診してきたという。もちろん増額。営業担当者たちはうれしい悲鳴を上げ、こちらとの業務提携、相互アドバイザー契約を喜んで受け入れた。
軍部も改めて姫と要塞の兵士たちの働きを評価した。
すぐに新聞各社は話題を変更。
今回の勝利はスカーレットを推したフェルナンドだという論調だ。
軍部の情報を流していた内通者を捕まえたのがフェルナンドの部下で、その出自が元犯罪者ということも話題に取り上げられていた。
フェルナンドは凶悪犯や知能犯の更生のため、捜査協力をさせる社会貢献プログラムを生み出し、今回その成果を上げた。
ちょうど帝都を震撼させる殺人事件が度重なり、身近な恐怖心を煽る文章が紙面を占めていた。
「やらせじゃん」
新聞を読んでいるとドアが鳴った。
「ネフィー嬢、また客だぜ」
「ありがとう、イゴール君」
新聞を読み終えて、折りたたむ。
作業場の事務所に訪れた人物は技術管理局の高級官吏と、情報部の情報将校。
「あの映像記録装置製造に関して、お尋ねしたい」
おれはデスクから製造マニュアルを2部取り出し、二人に手渡した。
「これは……!」
「よろしいので?」
「実は、もう何部もおたくの別の部署の人間に差しあげてますよ」
二人は互いに無表情で顔を見合わせる。
お役所だとか情報機関だとかは縦割り構造でいけない。
「我々は機密情報管理共同戦略室の人間です」
「単刀直入に申し上げる。この技術、引き渡していただく」
「それが難しいのですが」
二人の顔が警戒の色を見せる。
「別に騙そうってわけじゃないですから。やってみせましょう」
この映像記録技術は構造自体ギアよりはるかにシンプルだ。
「……お二人共、お分かりになるかと」
二人が声を震わせる。
「なんという、製造技術……!」
「記録晶石の加工研磨、立体成型、それをこんな単純作業で……」
立体のパズルをつくって組み上げ、形にする。
魔力信号の流れを三次元的に記録し、その記録を引き出せるようにする。
問題は、膨大な記録となる上、後々編集することを考えて、記録された部分を引き出し、取り換えられるように共通規格で削り出すこと。
そして、記録晶石は魔力信号が入り込めばだめになるため、一気にやらねばならない。失敗したら書き換えもできない。
要するに、これは完全に手仕事の領域。
できるなら、ご自由に。
「これに、魔力信号を遮断するカバーをかけて……はい。上手にできました」
「ネフィー嬢、そちらを我々に供給していただくことはできませんか!?」
「言い値で買い取らせていただく!!」
「もちろんです。ただ製造数には限りがあるのでそちらで各関連部署と折り合いつけてください」
難しいだろう。
折り合いがついたころ、ネフィー・リドリムはこの世から消えているだろうけどね。
◇
日々、映像記録技術を欲する人たちが訪ねてくる。
そんな中、でっちあげプロジェクトも急激に進んでいった。
各機械製造会社の人材と技術供与のおかげだ。
新技術を織り交ぜた新規製造パーツが急ピッチでできあがっていく。
謎の機体の構造解析を目的とした、実証実験のためと銘打っている。
もちろん、一方的な協力ではない。
彼らの技術を参考、応用するうえで、こちらもアドバイザーとして仕事をした。
売り物にならない発明に活用法を見出し、煮詰まっていない理論を突き詰め、製造を断念した機械を製造した。
「軍との契約の運びとなりました。これもネフィー嬢のおかげです」
「まさか、あんな不良債権が役に立つなんて」
「子供のおもちゃだったのに……わが社は事業転換を検討していますよ」
「うちなんて、本社に内務卿から直々に連絡があり、土地開発に応用したいと正式な打診があったそうで」
「こちらこそ、皆さんとお仕事できて楽しいですよ」
だが、順調に事が運ぶ中、招かれざる客が訪れた。
「勝手に入ってもらっては困ります!!」
作業所の事務室まで、作業員の声が届いた。
「まったく、出迎えも無しか!!」
「まぁまぁ、所詮成り上がり者に礼節を期待するだけ無駄でしょう」
身なりはいいが感じの悪いおっさんが二人やって来た。
「誰?」
「これはこれは、ネフィー・リドリム嬢ですね? ご活躍は帝都まで聞こえてますよ」
「ちっ、煽てるな。私が誰か分からんとはな!!」
「御同業の方々はもちろんよくわかっているようですよ」
みんな、俯いてしまっている。
「『セントラル産業』の役員です」
クロードさんが代わりに耳打ちしてくれた。
「ちっ、なんだその紹介は?」
「ワタクシ、営業部長のフードルと申します。そして、こちらは当産業機械兵器担当取締役、ルファレスです」
「ビルポーク・ルファレスだ」
帝国でも指折りの大手機械産業だ。
その機械担当か。
ずかずかと部屋に入り、勝手に椅子に座るルファレス。
「よーし、とっとと終わらせるぞ。こっちも暇じゃないんだ」
「もちろんです。ネフィー・リドリム嬢、こちらの書類にサインを」
「はい?」
事業譲渡契約書と書かれている。
「乗っ取りだ!!!」
「自分たちでは何も生み出せないから奪うのか!!」
「それが大企業のやり方か!!!」
ルファレスが机を叩いた。
「ふざけるなよ!! 貴様ら!! 国防に関わる製造をお前らのような零細企業に任せられるわけがないだろう!!」
「そんな……」
「こっちはこの北部までわざわざ足を運んで来てやったんだ。商売人として筋を通してな。それがなんだ、貴様らは!!? まさかこの国難の時に、自社の利益を優先するわけではあるまいな!!? 恥知らず共が!!!」
再び机が揺れた。
「いやいや、当然リドリム嬢はご納得いただけますよね? 国に尽くす奉仕の心がある者ならご理解いただけるものかと」
にやりと笑うフードルとルファレス。
「あの敵機の調査も我々が引き継ぐ。レポートにまとめて今日中に提出しなさい。それと、そこの執事、熱い紅茶を」
ルファレスがたばこを咥えた。フードルが火をつけた。
おれはずっと黙って聞いていたが、方針が定まった。
机の上に置かれた契約用紙を突き返した。
「お断りします」
煙がおれの顔にあたった。
「……おいおい、意地を張るなよお嬢さん? どうせ大した成果も出してないんだろう? ここの野鍛冶に毛が生えた程度の人間たちより、わが社の優秀な技師たちがやれば調査など立ちどころに終わるんだ。一度や二度、上手く立ち回った程度で勘違いしない方がいいぞ?」
ルファレスは煙草を机に押し付けた。
見せつけるように。
「もちろん、この契約を無視すれば相応の対処をさせていただきます。彼らとは契約を打ち切らせていただきますよ?」
「そ、そんな……横暴だ!! 契約を切られたら潰れてしまう!!」
「そもそも、うちに卸している製造だって元はうちが編み出したものなんだぞ!!」
「契約違反じゃないか!!」
大型の融資を受けた直後だ。彼ら下請けは経営破綻し、路頭に迷う。結局おれは思うように動けなくなるわけだ。
資本力を有する、これが大企業のやり方か。民間は民間で大変だな。
「ちなみに、その下請けに回している事業費の総額は?」
「そんなこと聞いてどうする?」
「ざっと、まぁこれぐらいですが」
フードルの書いたメモを、おれの有能な執事が奪うようにとった。
「これは年間で?」
「なんだね、君は? もちろん、ひと月でだよ」
「うちで払いましょう、ネフィー様」
金額を見てないが、クロードさんがそう言うなら。
「そうですか。では、そういうことで」
クロードさんにお任せ。
「馬鹿め、払えるはずないだろう?」
「今回の新規事業の利回りを換算すれば、2年ほどで融資は回収できます」
「君ねぇ、その事業が継続する保証が無いと言っているんだよ? 素人が口を出すのは止め給え」
「そちらこそ、そもそもこの事業に参加するだけの実力がおありで?」
「どういう意味だ?」
ルファレスが立ち上がり、クロードさんに詰め寄る。
「おい、うちの執事から離れろ」
「執事の教育もまともにできんのか? 七大貴族の末端だからと調子に乗るなよ、この悪徳貴族が」
「そこまでおっしゃるなら、やっていただきましょうか」
「やる? 何を?」
皆がクロードさんの意図に気が付いた。
おれもだ。
「じゃあ、鹵獲した敵機を見てください。ものも見ずに契約だ、事業譲渡と言われても、納得できませんよ。そうしたらサインでも何でもしますから」
「言ったな」
事務所を出て、到着したのは外壁下に設営した仮設ドックだ。
その中に、白銀に輝く『ネメシス』が在る。
「これが、敵の新型ギア?」
「ほら、見たぞ。サインしろ」
みんなが笑う。
「見ろって、そういう意味じゃないですよ」
「製造に携わるのなら、これを今ここで調査、解析してみせて下さい。無論、精神汚染のリスクがございますが」
たじろぐ二人。
「いえ、もちろんこれは帝都に持ち帰ってですね……」
「それができないからここにこうしているんでしょう?」
風が肌を突くように冷える。
早く決断してほしい。
「解体はうちの下請けにやらせる。作業員は連れてきていない。当然だろ!!」
駄目だ。
それじゃあ、クロードさんは許してくれない。
「結局下請けにやらせるなら『セントラル産業』である必然性などございません。今までは資金力を背景に脅せば通用したのでしょうが、そんなやり方は二流だ。この国難においては能力を示さないものに重要な役回りは巡ってこない。ここは北部要塞。なおさらだ。実力を示せないものに居場所はない」
二人は周囲を取り巻く、兵士たちの視線に気が付いたようだ。
「さぁ、どう貢献できるか証明を」
ルファレスは、フードルの背中を押す。
「いえ、私は営業なので調べるなんて」
「いいからやれ!! 『セントラル産業』がこんな無頼漢共になめられてたまるかっ!!」
フードルは営業スマイルを崩しながら、手を触れようとする。全身が震えているのは寒さのせいではなさそうだ。
「はぁ、はぁ……で、できません!! 私には……」
「ええい、役立たずが!!」
ルファレスが手袋を投げ捨て、触ろうと近づく。
だが、分かっただろう。
魔法的に装甲が反応し稼働しようと、待機している。
この機械を取り巻く蠢く意思を。
「うっ、ぅうぐおおおおおお!!!!!」
装甲がパァンと音を立てた。
「うわあああ!!」
ルファレスが尻餅をついた。
イゴールめ。小石を投げたな。
腰が抜けた二人。
「か、覚悟しろよ!! このままでは終わらんぞ!!」
「あの~邪魔なんで帰ってください」
よたよたと引き返す二人。
「「「「いよっしゃああ!!」」」」
それを見送ると、みんなが雄叫びを上げクロードさんに駆け寄る。抱き着く勢いだ。
「うちの執事から離れて」
重力魔法でとっさに止めた。
本日、書籍発売となりました。
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