103.メディア革命
獲物の動きを予測。
弾道、角度、問題ない。
寒さに震えながら、呼吸を整え、ベストなポジションを維持し耐える。
「早く撃ちなさいよ」
狙撃には忍耐力と分析が必要。
「ねぇ、早く撃ちなさいよ」
狩猟? なんてことはない。簡単だ。
「聞こえないのかしら? 弾込め確認して、装填して、ボルトアクション確認、弾込め確認って、何回繰り返すのよ」
このボルトアクション式狙撃ライフルM81は軍正式採用になって久しい名品である。この極寒地でも問題なく動くタフさを持ち合わせる。
カシャリと鳴るこの装填機構の音色。これこそ芸術。
「弾込め何回確認しているのよ。撃ちなさいよ」
もちろんおれが照準器とライフリングをメンテしたこの銃に狙えないものなどない。
「はよ撃て」
「はい」
雪山に、パァンと音が響く。
尻もちをつくおれ。
雪が冷たい。
「わわわ」
そのまま斜面を滑る。
目の前には怒り、鼻を鳴らす大きなイノシシ。
「こんにちは」
おれは流れるように、ボルトハンドルを掴んで上に上げて引く。カシャンと小気味良い音が鳴り、空薬きょうが排出された。
いい音。
すぐさまボルトを押し込んで戻し、ガシャンとロック。
いい音。
構えて狙い、引き金を引く。
迫る大イノシシ。
あわや突進を受ける寸前、ぐらりと頭部が横に弾ける。
そのまま倒れながら、おれの横へ滑り込んだ。
「野生は文明には勝てないんだよ」
おれは立ち上がり、震える膝を抑えて悦に浸る。
「虚しいよ。勝利なんてさ」
殺してしまった。
仕方ない。
これも、おれが背負うべき業なのだ。
「ヘタクソー」
声のするほうを向くと銃を構えた姫がいた。
狩猟は何チームかにわかれ、要塞周辺の山で行われた。
戦闘と猛吹雪で山を下りてしまい、人里に被害を出していた大猪や熊。
おれは姫のグループに帯同していた。
「え? いや、一発……」
「そりゃ姫様の撃った弾だべ」
おう、さすが首席入学。
姫は軽やかに雪の中に舞い降りた。
一撃で脳天を撃ち抜いている。
おれの撃った弾は?
「かわされた? 弾がそれたか。まさかライフリングに問題が?」
「何回目よ。打つたびに確認してるでしょ」
3回目だ。
銃に異常はない。とすると別の原因か……
周囲を見渡すと弾痕が樹木にあった。
「これ、ぼくが撃った弾? ありえない……計算に合わない……まさか空間が歪んで弾が逸れたのか?」
「撃つとき、目をつぶって、反動で銃身がブレてたわよ」
「いえ、これはある種の怪奇現象。おそらく、この山には強力な磁場のようなものがあり、そこを横断するようにして魔力の流れがあるせいで物体を動かす力場が……あるいは、ここには温度の層があり、視界が蜃気楼のように歪められ―――」
振り返った。
誰も聞いてない。
狩り、つまらないな。
「いんやぁお見事でございます、姫様」
山男たちが獲物を解体する。
十分な量の肉が手に入り、下山。
「狩りすぎたべ」
「往復せなな」
「オメェンとこの倅連れてこい」
「ネフィー出番よ」
肉は村に持ち帰られた。
おれは荷降ろし時に魔法をかけるため呼ばれたようだ。
鍋で煮込まれ、みんなに振る舞われる。
疲れた体に染み渡る、久々の新鮮な肉。
村人たちもよろこんでいた。冬、保存食で食いつないでいた彼らには、ごちそうだ。
「姫様、約束を守ってくださりありがとうごぜぇます」
村人たちの笑顔。
それに姫は、得意げな顔。満足そうだ。
「ただの気分転換よ」
「戦線を離れて、わざわざ様子見に来たんですよね? 心配してましたもんね? ねぇ?」
「うるさい」
こんな姫様の姿を帝国中に見せられたら、偏向報道をなんとかできるのに。
「あ、見せればいいのか」
おれは、村人たちと笑顔で交流する姫をカメラに収めた。
これは姫をよく知るおれの役目だ。
◇
姫のためにできることは見えた。
あとは『ネメシス』の模造品を作ること。
それには、おれだけの知識では足りない。
「それで、論文を集めるってわけね……それを、私に?」
要塞への帰路、姫に相談した。
「うーん」
「だめですか?」
姫が指を当て考えを巡らす。
「そんな必要ある?」
「はい。さすがにぼく1人の知識では、あの機体の模造は難しいです」
「そうではなくて、いるでしょ? 要塞にも専門家たちが」
技術管理庁の役人たち。
秘匿技術を独自に扱う情報局。
戦地での営業を目的に、各地から未発表の機械兵器を持ち寄る技術者たち。
マリアさんがあれこれ手を尽くし足止めをしている連中だ。
「姫様、素直―」
「ダメ?」
「いえ、いいかもしれないです」
盲点だった。
隠したり、隠れたりすることに慣れ過ぎて、思いつかなかった。
発想の転換だ。
流れを変えよう。
「ありがとうございます、姫」
「後は? 私にできることならなんでもするわよ」
爛々と眼を輝かせる姫。
すさまじいバイタリティ。
頼もしい。
「では、姫様には大役を」
「何?」
「帝国のアイドルになってください」
「いいわよ。それが何かは知らないけれど」
帰って、マリアさんに意見を求めた。
テスタロッサを交えて、計画を練る。
「賭けね。でもやる価値はある」
《各方面に声をかけてみます》
プランはこうだ。
『ネメシス』を公開する。これでマリアさんの負担が軽減。
その様子をさらにメディアで公開。テスタロッサの情報工作が要らなくなる。
効果は二つだ。
①姫の風評被害を無くす
②人手と知識を確保
「けれど、情報戦略は単純ではないわよ」
「もちろん、新聞社にインタビューさせて、なんて回りくどい真似はしません」
《君の言うメディアとは、君のつくる新たなものなのだろう?》
「はい」
文字より音声。音声より映像だ。
この世界にはまだラジオもない。
だから一足飛びでテレビ放送をやる。
「一大プロジェクトですよ!!!」
視覚装置と信号増幅送信機、バイザー装置で撮影と放送を可能とし、映像記録メディアはフィルムより高画質・高音質を保てる記録晶石。精錬できるおれには無制限使い放題録画したい放題。
「ごにょごにょ」
「姫、もっとハキハキと!!」
「だって、帝国中に流れるんでしょう?」
「だからこそ、堂々と映ってください。リザさんも」
「なぜ私も!?」
「大衆の意識、視線を集め、画面をもたせるには多角的な情報=華が必要なんです!!」
「断る」
「立ってるだけでいいですぅ!!! 違う、カメラ映り意識して、もっと表情意識して!! ちょっと、メイドさん、メイク道具持ってきてくれますぅぅ!!!?」
撮影は過酷を極めた。
音声ノイズと編集の難しさ。
手探りでリテイクを繰り返す撮影。
意外にシャイな姫。
インタビューで脚本外のことを勝手に喋る機士たち。
CM撮影の効果を理解しない営業マンたち。
脚本に文句を言う役人。
「姫、本当に思っていること。想いを話してくれたらそれでいいですから」
「……わかったわ」
《勝敗は決した。もはやウィヴィラに戦う力はない。これ以上の侵攻は、誇りあるガイナ人の戦い方ではない。私は国防と産業の両面から、早期停戦とガーゴイルへの対策が急務と考える。そのためにウィヴィラと対話する用意がある。それでも、ウィヴィラが戦いを望むのなら、戦争にする必要はない。正々堂々、一騎討ちを受けて立つ。私は逃げずにこの北に留まる》
姫の言葉は、西はパルジャーノン家の治めるカロール地方、東はロイエン家のカーディナル方面、南はアズラマスダ家の統治するシュラール地方、それらの中心都市をつなぐ主要沿線にある駅舎で人々に広がった。
鉄道王、アイゼン侯の持つ列車にモニターが搭載され、繰り返し放送された。
姫への風評の流れは完全に変わった。
活動報告にまた画像と、特典SSのリンクを張りましたのでご覧ください!