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102.救いの女神

 


 要塞の外、防御壁下部に造られた仮設ドック内に『ネメシス』は眠っている。

 温度上昇が、起動につながる恐れがあるためだ。


 事実、氷漬けだった機体からソラリスを出した後トラブルがあった。


 彼女が触れた人間の体温を奪い、『ネメシス』に送っていた。機体から離れても、一度適合率が100%を超えた影響で、魔力的なリンクが途切れていなかったのだ。

 そこで要塞内の屋敷の一角に隔離し、ガーゴイルパーツの精神汚染の分野で実績のある先生を呼んで診てもらった。


 ダーク君が親戚の医師を紹介してくれた。叔父さんらしい。


『うわぁぁ、逃れられないんだ!! おれは、どこに行っても逃げられないんだぁぁ!!』

『先生、しっかりしてください!! どなたか、こちらに精神面をケアできる先生はいらっしゃいませんか!!?』


 おれが知らない間に何か怖い目にでもあったのだろうか。誰の仕業だ? おれの恩人に許さんぞ。


 先生の診立てに応じ対抗装置を彼女の頭部に装着した。


 それでようやく、落ち着いて今に至る。





「――あれは神の化身。解体などお止めなさい、天罰が下りますよ」



『ネメシス』を解体しなければ、模造品は造れない。

 まず、オーバーホールして仕組みを理解することから始める。ソラリスは反対した。



「元に戻しますから大丈夫ですよ」

「わかっていませんね。あれはギアであってギアではないのです。ウィヴィラを守護してきた祖霊の魂があの機体の中には眠っている」

「はいはい」

「人の話を適当に受け流す。直しましょう。それは悪癖ですよ」

「お説教モード、オフ!」


 甘くておいしいクッキーを取り出した。彼女はそれをじっと見て、受け取り、黙って食べ始めた。

 こうかはばつぐんだ。


「あ、迷信ではありませんから。私の『天告』(ちから)はご存じなのでしょう?」

「はいはい」


 嘘とも言い切れない。

 彼女は歴代の機士たちの思念に突き動かされ、あれほど高度な機動を可能にしていた。

 記録装置には魔力の信号が刻まれる。そのどこかに人格のような意思が宿っても不思議ではない。


「この計画が上手くいかないと、『ネメシス』は騒乱の道具として使われ、いずれにせよ破壊されるでしょう。二つに一つです。マシな方を選ぶでしょう?」

「道は二つというのはあなたの思い込みでしょう」

「はいはい」


 

 解体はいきなり難航した。



「ねじ穴がない……?」



 ボルトも、整備用のフタも見当たらない。

 本当にガーゴイルみたいだ。



「ここはおれに任せて!!」

「マクベス君」



 彼は昔の自分を取り戻した。

 元解体工の血が騒いだようだ。


「ハイパワー油圧マルチシザーヘッド搭載大型解体重機、『S9プラス』さ!」

「農耕車両メーカーが社運をかけて生み出した、解体重機の決定版Sシリーズの最新作がなぜここに!?」

「ちょうど、要塞にその会社が営業に来ていたからレンタルしてきたんだ」


 戦線が優勢とわかった途端、帝国中の兵器関連企業やら機械製造業者が売り込みに来るようになった。

 現場で採用され実績がでたら軍に正式配備の可能性もある。

 超大型契約のビックチャンスだ。


「ガーゴイルの装甲、関節パーツの脱着、切断、粉砕までこなす、パワーと繊細さを兼ね備えたSシリーズの最新作! おれの使っていたS7とは段違いのパワーだ!! これさえあれば、解体できないものなどないよ!!」


 欲しいんだな。

 マクベス、君の機体はおれが造るんだ。

 重機なんていらないだろ?



「最大圧力はそのままに、油圧流量の増加によってパワーと精密な操作を実現したんだ!!」

「なんだって~すご~い。じゃあ、見せてくれよ」

「もちろん!」



 試してみたところ、アームのシリンダーが変形し、油圧ポンプ系が弾け飛んだ。

 オイルも漏れた。


「あああ、S9プラスが!!!」

「だめだこりゃ」


『ネメシス』の全身は魔法的に高硬度を維持している。

『プレデター』でも仕留められなかったように、これを解体するにはピストンとシャフトなど、パーツの剛性、いや、解体用の重機そのものの設計から見直す必要がある。



「グリム君やろう。最高のSシリーズを完成させよう」

「違う違う。趣旨が違う」

「そんな! じゃあ、どうするんだ?」



『ネメシス』の機体特性は、熱コントロール。

 空間熱制御と機体内熱制御で攻撃と駆動を両立する。


 その攻撃と駆動さえ再現できればいい。



「巫女様の言っていた通りか」

「ん?」


 三つ目の道だ。


「まるっとでっちあげよう」



 ◇


 外観とハッチ内部からおおよそのビジュアル設計はすぐできた。

 問題はあの独特な動きを発揮する動作機関と、熱制御による攻撃。



「ということで、マリアさん。機能を代替できる技術が無いか、論文をチェックしたいんですけど」

「はぁ……」


 どうしたんだろう。

 お疲れのようだ。


「真に迫る必要はないのよ。多少違和感があってもフィッティングと調整、修繕や適合の問題にされて、それを調べるにも時間がかかる。大体でいいわ。それなりに、形になってさえいれば適当で」

「でも、それなりって結構難しんですよ。バレないのが一番でしょう?」

「グリム、私は今製造の人手確保と、管理局、情報局の役人の足止めと情報操作、それに金策で手一杯なのだけれど。見て分からない?」

「はい、すいません」


 怒られたので、こういうとき都合のいい女に連絡した。


《グリム君、私は君の仲介役じゃないんだよ?》



 彼女には鉄の友の会との連絡役をしてもらい、鋼材やパーツ成型の準備、搬送の準備などを手配してもらっている。



「じゃあ、あなたはぼくの何なんですか?」

《私が聞きたいわ。それに、世論は今目まぐるしく動いている。その情報対策もあるのよ》

「はぁ……」



 新聞などのメディアは、今回の勝利を『辛勝』とし、今後さらなる属州との交戦が激化すると懸念。

 その火付け役となったスカーレットを非難しているらしい。



《リドリム家の悪名も姫殿下の風評に影響しているのよ。わかってる?》

「風評?」

《『民衆の声を無視し、戦火を拡大。戦費と武力行使で内外を苦しめる。そこに正義はあるのか?』――今日の新聞よ》


 メディアはギア関連の利権から外れた者たちや、元貴族の商家、非ガイナ人派閥などの【改革派】を扇動。


 反戦を大義名分として、その実、最大の力を持つ皇族や七大貴族と彼らの対立構造を煽り、批判を集中させるのが狙いだろう。



「お忙しいのに、すいませんでした」




 本命にかけてみた。

 結局、最後に頼るのはあいつなんだな。



《え? 私、帝都行って論文集めてくるんですか……今?》


 疲れた声のグウェン。


「何か問題?」

《いや、グリム君がいない間に開発を進めてるの私なんですけどー!! 忙しいよー! 休みたいよー!! 早く帰って来てよー!!》

「わかったわかった。ルージュ殿下に代わって」



 ルージュ殿下がでた。


《グリム。北での活躍、聞いた。よくやった》

「恐縮です」


 殿下の声色はとても穏やかだ。



《よくスカーレットを護った。本当によくやった》

「いやいや」


 素直に褒められると照れるな。


《じゃあ、早く戻って来い!!》

「ひぃ」

《優先しろ、この私を!! 最優先だ!!! どれだけ私を待たせる気だ!! 私をここまで待たせる男は後にも先もお前だけだぞ!!? 私が皇帝になった暁には、私を待たせた唯一の男として建国史に載せることが確定しているぐらい、待たされているぞ!!?》


 コワっ。


「いえ、ウィヴィラの治安維持や、今後の作戦としてあれこれやることがあってですね……」

《知らん!!! いいのか? これ以上私を待たせると私は何をしでかすかわからんぞ? いいのか? 乗り込むぞ? そちらに行って暴れるぞ?》


 おお、悪役皇女勢ぞろいだ。

 また、あること無いこと書かれまくるぞ。


 ここはうまく説得しておこう。



「戦闘で新たな発想が生まれまして、これはルージュ殿下の専用機と親和性が非常に高いと思うんです」

《……ほう?》


 機体内熱コントロールは殿下もやっていた。

 熱魔法で動力炉内の温度を上昇させ、火魔法のインジェクターによる爆発力を高めて回転数を無理やり引き上げる手法。


 まぁ、『ネメシス』とは違うだろうし、それを活かす技術は思いついてもいない。


《なら、グリム。素直に帰って来て、こちらでそれを試せば良いのでは?》

「い、いや……鹵獲した機体に似せた機体を原始系の代わりにギルバートへ渡さなければなりません」

《ギルバートに?》


 あ、しまった……

 余計なことを……!!



《フフフ、グリム?》

「はい」

《そんなもの、必要ない! 皇帝陛下を襲うであろう奴に機体を献上するため、私を後回しにするなど――!!!》



 怖くて切ってしまった……なぜこうなった?

 どうする?

 もう引き下がれないぞ。



 おれは最後の頼みの綱、スカーレット姫に事情を話そうとした。


 作戦室がある広い屋敷(辺境伯の自宅)の大会議室に赴く。

 完全防寒着を着込んで、銃を持った屈強なおじさんたちと綿密な打ち合わせをしている。




「でもんね、このポイントからズドンと」

「じゃあ、ここから追い詰めて」

「徒歩ですよって、足元気をつけておくんなせい」

「わかったわ」



 忙しそう……


 そもそも、論文の取り寄せなんて事務仕事、姫にさせてはダメじゃないか?

 冷静になろう。

 きっと……こうなる。


『姫、コネで論文集めてちょーだい』

『論外。不敬』


 だめだ。

 さすがに、筋違いだ。


 ここは、ウィシュラあたりに頼むか……

 でも、『ウルティマ』の実験結果を要求されそうだしなぁ。アズラマスダ卿はおれが偽物だって知ってるから、マリアさん経由じゃないと動いてくれなさそうだし……

 もういっそ、マリアさんの言う通り、適当に……


 妥協するのか?



 おれが?


 ギアで……?





「うわっ、なに部屋の前で突っ立てるのよ」


 出てきた姫たち一行。


「いえ、何でもないです」

「どうしたのよ。迷子の子犬みたいな顔して」

「いえ、姫こそ、どうされたんですか?」

「狩りに行くのよ」


 なぜ今このタイミングで?


「ほら、この者たち、吹雪の中協力してくれたでしょう?」

「ああ、『眼』の方々……」



 髭もじゃのおじさんたち。ここら一帯のマタギ、猟師の皆さん。



「その見返りよ」

「見返り? ばかー! この方をどなたと心得る!! ガイナ帝国第三皇女スカーレット様であるぞ!!」


 その皇女殿下の命令の対価に猟とは、厚かまし――あれ、これは「お前が言うな」案件か?



「いいのよ。滞在が長引いて、人も兵站もここに集められている。それを返すだけよ。周辺の村の食糧事情と治安を知るいい機会だし、ここの食事にも飽きたからちょうどよかったわ」


 山男たちに囲まれて快活に笑う姫。

「新鮮な肉を手に入れるぞー」と盛り上がってらっしゃる。

 余裕が見える。



 これは、まだ新聞とか読んでないな。

 胸が痛い。


「で、どうしたのよ?」

「ちょっと、ご相談があったのですが」

「いいわよ」

「え?」

「だから、いいわよ」



 まだ事情も話していないのに。


 救いの女神だ。人目が無かったら抱き着いている。



「姫―!」

「よしよし、離れなさい」



 こんな姫の風評を害されるなどあってはならないことだ……



「まぁ、詳しいことは道中話しなさい」

「え?」



 引っ張られ、連れていかれた。

 寒い山でハンティングだ。


お待たせしました。活動報告にて、キャラデザを公開させていただいております!

また、Xやアマゾンページにはギアの全身(オームと三式グロウ)が公開されておりますのでよろしければ、チェックください!!

(HTMl?の入力やらリンクとか画像貼り付けは初めてで意味不明でした。表示されていない、リンクに飛べないなど何か不具合等ありましたら教えてください!!)

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― 新着の感想 ―
情報操作してる偏向新聞は、フェルナンドの息がかかった者半分、それ以外の利権絡みでの反対勢力半分ってとこかな。 ガーゴイルとの大戦争という、人類存亡の大きな危機を前に安穏と権力闘争してるんだから無知は罪…
まぁ内緒話にはいいですわな
割と結構シリアスで危機的な状況のはずなのに終始ギャグコメディ風で明るい雰囲気なのいいね。おなじみの医者も来たし敵だったソラリスもお菓子で懐柔してるしw いろんな女が居るけどやっぱ姫なんだよなぁ!姫様…
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