101.転換期
『ネメシス』の強襲には驚かされたが、何とか勝利した。
危なかった。
内容は辛勝だ。
しかし、得たものも大きい。
いや、多いと言うべきか。
「ネフィー嬢、礼を言うぞ」
部隊全員生存。
負傷者は出たが、死者は出なかった。
機士たちからお礼を言われたが、イゴールから言われるとは思わなかった。
「氷魔法の直撃を受けた時、これが最後だと悟った。だが、ギアは動いた。貴族仕様でもああはならんはずだ。俺様のグロウに何かしただろ」
「はは、何にも。君がタフなだけだよ」
「はっ、そうかよ」
複雑な構造体であるギアにおける故障リスクを減らすには、パーツ点数を減らす効率化と、パーツの精度の向上、そして、素材の最適化のいずれかが必要だ。
おれは何もしていない。
ただ、入念に整備し、兵装や関節可動域、出力調整などを最適化し、機士と機体の適合率を上げただけだ。
その結果、彼らは戦闘中に大きく機乗力を上昇させた。
だから生き残った。
この成長こそ、大きな戦果だ。
スカーレット本人も、その部隊も大きく成長を遂げ、大きな派閥へと変貌した。
それに、この戦いの中、フェルナンドは大きなミスを犯した。
「では、あの敵機は帝国内に持ち込ませるため?」
「はい」
戦いの後、おれはスカーレット姫、マリアさんに、奴の狙いを伝えた。
すなわち、『ネメシス』を合法的に帝都に搬入させ、手に入れることだ。
「なるほど、ウィヴィラの機体を帝都まで秘密裏に運ぶことはほぼ不可能……」
「そうです。鹵獲した敵機。この所有権は誰のものか」
「当然、私よね?」
「……普通ならばそうね。けれど、あなたは『臨時軍団統括』という立場。解任されれば、この機体は総司令のフェルナンドのものになる」
「そんな、横暴な!」
「それが、そうとも言えません」
戦闘中、おれは『ネメシス』のスペックを何度も『状態検知』で測った。
想定外の連続だった。
稼働時間の延長。
チャフにより、高熱源体による大規模魔法を封じられ、彼女は命を費やしチャフの効果が切れるのを待った。
適合率は100%を超えていた。
すなわち、一体化。
取り込まれたというべきか。
原始系ギアは原作やゲームであそこまで追い詰められたことが無く、【限界駆動時間】というものが設定されていた。あれは限界の先が機士の死を意味していたのだと、戦闘中気づいた。
たかが要塞に攻め入るのになぜあそこまでしたのか。
彼女曰く、『アリアドネ』の情報を引き出すか、要塞に致命的なダメージを与えるか、どちらかが必要だと念を押されていたかららしい。
あの時、『アリアドネ』は特殊対装甲ストリングスという切り札をまだ見せていなかった。
いずれにせよ、シナリオは決まっていた。
『ネメシス』を損傷の少ない状態で帝都内に運び込ませるには、氷漬けにする必要がある。
そのことを知っていたフェルナンドは、あらかじめ、氷魔法のサポートを用意していた。
「あの遠隔氷魔法、ギルバートですよ」
スカーレット姫は「してやられた」という表情だ。
従機士とはいえ、戦闘に関与している。いや、決定打といえる。
寄越せと言われたら、突っぱねるのは難しい。
「そもそも、なんであの機体、氷が弱点なのよ」
「ああ……熱交換比率にムラがあるので」
『ネメシス』の動力源はその吸熱で得た熱エネルギーを機体内動作機関へ放熱することで得ていたと考えられる。
ゆえに機体駆動のための放熱制御をどうしても優先する。
絶対的な制限だ。
高熱源体による攻撃時はこの熱制御の負担が増す。
「放熱、つまり熱消費の限界を超えさせれば機体は動けなくなる。そこで氷魔法です」
「なら、氷魔法で相殺すれば」
「イゴールの攻撃が当たったでしょう? 氷魔法が使えないタイミングがあったんです」
これはマーヴェリックの功績だ。
原始系ギアを接近戦であそこまで追い詰めた。
そのおかげで、機動による熱消費は過剰になり、吸熱を繰り返したが、装甲の蓄熱容量もオーバー。だから『プレデター』での攻撃で装甲が破裂し、周辺外気と反応して爆発したのだろう。
機体内の温度上昇を抑えるにも処理が必要となる。機体内冷却の要求過多だ。
よって吸熱による氷魔法の制御が一時的にストップした。これも機体制御優位に働いたためだろう。
要するに魔法制御の過剰運用。
それこそ、機体も機士も限界を超えていたのだ。
「良く気付くものね」
「いえ、実際紙一重でした。あの高熱源体による攻撃があと少し長引いていたら、ぼくらは死んでましたから」
「それで、どうするのよ。まんまと明け渡せって言うの?」
そこが、悩みどころで、こうして相談しているわけですね。
「グリム、あの機体はギア、よね?」
マリアさんが当たり前のことを確認する。
「あ、はい。そりゃ、ギアの原点みたいなものですから。ギアの中のギアですね」
「あなた、そこまで機体の構造を理解しているというのなら……」
「いえ、理解しているとは言えません。熱エネルギーをどうやって運動エネルギーに変換しているとか、蓄熱機構とかじっくり見てみないことには……」
「ならじっくり見たら?」
「まぁ、構造ぐらいはわかるかもしれませんが」
でもそんな暇はない。熱交換比率の弱点も、機士と戦闘スタイル次第で変わっていく。
原始系に限界稼働時間以外の明確な弱点などないのだ。
「ひと月、それで造れない?」
「いや、無理ですね」
「形になればいいのよ」
マリアさんが何をしようとしているのか、わかってきたぞ。でも無理だ。
「いやいや、形にするにしても設計してパーツを新造するんですよ。お金、パーツ成型、運送、すごい手間暇と人手が要りますよ?」
「いるでしょう? あなたのお友達が」
ぼやっと、みんなの顔が浮かぶ。たぶんできそう。できちゃいそうだ。やってくれそうだし。
「でも……そもそも、そのひと月も引き渡さないなんてできないんじゃ」
マリアさんが笑う。
「あれは未知の機体。それに、とても危険よね? ウィヴィラは機体に細工して、ガーゴイルの器官機の一部をそのまま流用している」
「なるほど……」
「ちょっと、二人で何を話しているのよ?」
「ぼくは、あれが何なのか、見当もつかない」
「そうでしょう? 未知で、危険で、ギアなのかも怪しいわよね」
「あ……」
そう。
すっとぼけである。
あれはなんだかわからない。現場レベルでは見当もつかない。
でも帝国内に入れるのは危険だ。それが自然だ。
なんなら、ガーゴイルと報告してもいい。実際、グロウ系はガーゴイルの器官機を流用し、その信号を増幅させる事で、急速にガーゴイルもどきへと変貌させるリミッター外しが搭載させていた。
それは『ウルティマ』の信号相殺で阻止できたが。黙っておこう。
「確かに、言い訳、いえ、言い分はそろってますね」
やはりこの人はすごいな。
帝国内に、ガーゴイルを入れるなんてできない。
そうでないと、証明するには、それなりに確証を得るための時間が必要だ。
「これで、できるでしょう。技術で、フェルナンドを欺くことが」
「はい、できます」
この戦いの勝利で、大きくリードできた。
そろそろ、奴のしっぽが掴めそうだ。
戦果は他にもある。
『超重力爆撃砲』――ファウストの運用実験、それを吹雪の誰も目につかないときにできた。
『ウルティマ』のおかげで、真の切り札を温存したまま原始系を倒せた。
そして、原始系の構造解析でさらに優位に立てる。
もう一つある。
フェルナンドの筋書きにはなかったイレギュラー。
おれは要塞の貸切った屋敷の部屋を一人、訪れた。
「その後、どうですか?」
部屋のベッドに、青い髪と、怪しい紫色の眼をした女性が横たわっていた。
「あなた様も『眼』を持っているのなら、わかりますでしょう? 最悪の気分です」
「また、一晩話しましょうか? 都合の悪い真実について」
「結構です。身の危険を感じます」
「別にあなたに興味は無いですよ。ソラリスさん」
『ネメシス』に乗っていた、ウィヴィラの巫女。
原作でフェルナンドを支える、ヒロイン。
彼女を密かに助けた。回復型スキルのスキルコンボと信号相殺で。
理由は彼女が生き証人であること。
それに、ウィヴィラを救うためには、このさき、彼女が必要だ。
だから説得した。原作で彼女をよく知っているから信用できるというほど甘くはない。
だが、彼女もおれが必要だ。
ウィヴィラを救うために。
「本当にあなた様には、フェルナンド様を倒し、ウィヴィラの民を救うだけの力があるのでしょうか?」
「あなたにならわかるでしょう? 天の声が聞こえる巫女様なら」
「分からないから聞いているのですよ。あなたは光の騎士でも、天の使いでもありません……何者なのですか、あなたは?」
「世界を救う誰かのために、技術を生み出す……ただの技師ですよ」