99.5 ヴェルフルトの機士たち
おれは掃き溜めで生まれ、屑共の中で育った。
母親はおれに関心が無く、代わる代わる男を連れ込んだ。
おれは、軍に入隊しその泥沼から抜け出した。
「イゴール、貧しい生まれながら機士になるとは、立派だな。帝国は実力主義だ。この調子で頑張り給え」
「はい、ありがとうございます!」
上官は感じのいい人だった。
最初だけは。
「なんだ、その反抗的な態度は!! 貴様、この私に意見する気か!!」
「いえ、そんなつもりは……!」
確か、意見を言っただけだったと思う。
一度だけだ。
その一度で、おれはまだ泥沼にいると思い知らされた。
貴族の上官は日々嫌がらせを繰り返した。
部隊の機士たちも上官に倣った。
訓練中、おれのギアだけが狙われた。
「どうした? この程度で音を上げるのか? スラム育ちの屑はやはり、どこまでいっても無能だな。才能が無いのだ。諦めてスラムに戻れ」
おれはキレて、上官もろとも部隊を蹴散らした。
そして要塞送りとなった。
それから10年が経ち要塞に『悪逆皇女』が来た。
何が皇族、ここにはここの流儀がある。
でかい顔はさせねぇ。
おれは服従はしねぇ。
「俺様は認めねぇ。俺様は……間違ってねぇ」
いつしかおれは、抜け出せなくなっていた。
ただ機士であるために、あらゆるものを否定して自尊心を保っていた。
「いいじゃない!! あなた!! あなたみたいなタイプが一人は部隊に欲しかったのよ!!」
手合わせした感触で分かった。
この人は違う。
身分に胡坐をかき、腰かけで機士を名乗り、その地位を守るために権力を振りかざす、奴らとは。
だが、認めたくなかった。
こいつら貴族、皇族は悪だ。
そう思いたかった。
それに、自分が間違っていたと認めるわけにはいかなかった。
一言余計なことを言ったから、身分不相応なことを言ったせいだなどと。
「皇女殿下の動きは単調でしたよ。正面から来る必要はなかった」
「そうよね。その通りよね」
おれの意地を、姫様は受け入れてくださった。
まるで対等であるかのように。
己の弱さを認めている。それは無様でも愚かでもなく、直向きで清廉だと感じた。
あの時、この方がいたら。
最初から、この方の御側に行くところまで努力してさえいれば……
「……おれにも、何か……役に立ちたい」
「隊を編成する。お前も加わりなさい」
「はっ!!」
その瞬間、自分のいる場所が泥沼では無くなった気がした。
おれはその紅い瞳の前に、直向きであろうと決めた。
◇
ボクはエリートだ。
パパは西部商業連合の議長で、ママは医者だ。
だが、ボクは商人にも医者にもならなかった。
それはたぶん、叔父さんの影響だ。
『いいか、ダーク。一番だ。一番になれる道を探せ。それは親の仕事とは関係ない。自分の力で道をこじ開けるんだ』
『なぜそんな面倒なことしなくちゃいけないのさ』
『その方がモテるぞ』
ボクは機士になった。
叔父さんの言うことは本当だった。
兵学校次席卒業では全くモテない。
そこでボクは戦場で一番になるべく、皇女殿下の部隊に志願した。
皇女殿下はボクの後輩にあたる。
卒業前にお見かけしたことがあった。
だから、彼女を選んだ。
真面目な話、レース選択をしていた彼女はボクと馬が合うと思った。
レース出身者は戦場で格下扱いされる。だが、レースで培った技術や判断力、精神力は戦場で役に立つに違いない。
それを証明してみせようと考えた。
あと、殿下とお付きのハーネット卿が美人だからだ。
これが大事だ。
モチベーション管理だ。
ここで大活躍したら、ワンチャンある。
絶対ある。
今までは無かった。ノーチャンス。
思い出すだけで腹立たしい。
二人のお邪魔野郎がいたから。
グリム・フィリオンとマクベス。
グリム・フィリオンは怪しい雰囲気の色白お姉さまや、謎のメガネ美人を侍らせ、おまけに殿下とも深い仲だった。チーム男子の敵だ。
マクベスはボクの天才エリートのイメージをかき消すほどの走りを見せた。ボクの走りが霞んでしまった。おまけにハーネット卿と恋仲だったという。
敵だ。
妬ましい。
羨ましい。
どす黒い感情がボクに力をもたらした。
ここからはボクの番だ。
運が向いてきた。
「運がいいね。最近、その魔力量の枯渇問題は解決されたんだよ。それに、そのパッシブスキルの複合発動状態でも機体が耐えられるように整備さえすれば、君は実力を発揮できるようになる」
「おお!! 頼む……いや、お願いします、ネフィーさん!!」
「いいよぉ」
要塞に着いてボクは運命の出会いをした。
彼女の青い瞳は全て見透かしているようだった。
ネフィーさん。
気さくで、ボクのことを理解してくれる素敵な人だ。
時々、ボクの話を聞いてそうで聞いていない気がする。
いつも、ギアに話しかけている。
「ここかい? ここがいいのかい? どれどれ、ぼくに全部委ねておしまいなさい……」
たまにイゴールをおちょくっている。
「てめぇ、ネフィー!! 俺様のパーツ盗んだな!!! 返しやがれ!!!」
「あれ、どうしてこのパーツがここに? まさか、一人でにぼくのところに来たのか。よーし使ってやるからね」
「寝ぼけてんのか、コラぁぁ!!」
お付きの執事がからまれるとブチ切れる。
「クロードさんから手を離さんかい、コリャァ!! 何してくれとんじゃ、コリャァ!!」
個性的で素敵だ。
ネフィーさん、きっと君のことも振り向かせてみせるよ。
この要塞でボクは一番になる。
見ていて叔父さん。
ボクは空に向かって誓った。叔父さん死んでないけど。
そう決めた矢先だった。
「あなた、ネフィーを見すぎよ」
なぜか皇女殿下に目をつけられてしまった。
来た。
これは嫉妬というやつに違いない。
モテる男はつらいな。
◇
実戦経験の無い姫君が戦場の指揮を執ると聞き、これ幸いと出征に志願した次第である。
帝都より出立の際、噂の『悪逆皇女』に御挨拶申し上げた。
「キルソン一等機士、その力借りるわよ」
「はっ、この老骨の知恵と経験がお役に立ちますれば」
「知恵と経験? 教官じゃないのよ。私の前で利口ぶる必要はない。戦場では『暴虎』の働きを期待しているのだからね」
ワシを戦力として当てにしている。
遠まわしな言い方ではなく、まっすぐ言いおった。
「……噂とは当てにならんな」
姫の姉君、ルージュ殿下に拝謁した際も同じ感想を抱いた。皇族が、いや人の上に立つ者が有する独特な空気。
この戦い、姫君のお役に立てれば僥倖。
要塞に到着して間もなく、ワシの機体を見ている小娘がおった。
「それに手を触れるな」
「触れてませんよ」
「整備士か。それに整備はいらん。ワシが自らやる」
「そうですか。わかりました」
青い目の南部人。
「ああ! なんでそんな半端に? それは新品の支給品に変えましょうよ~! ダメダメ! そんな適当にやっても意味無いですよ! あ~あ~なんですかこのラインは……もっときれいにまとめないと。ほら~ここ繋がっているようで繋がって無いですよ!」
「うるさいわい!! ごちゃごちゃと!! 何もするなと言っただろうが!!」
「いや、口出しはいいかなって」
「小娘、ワシはこの愛機と共に何十年も戦場を駆けてきた。馬鹿にするでない」
「していませんよ。こまめに整備をしているのがわかります。旧型の『オーム』、それも手動フィッティング時代のものですが、素晴らしい一品ですね。ギアにも製造上出来不出来がありますが、これは相当な上物」
「わかるか、小娘?」
「パーツの経年劣化に差がほとんどない。職人がベストな形で組み上げたため、基幹部品の消耗が少ない。特に動作機関のパーツには傷が全くない。相当な精度の切削技術で生み出されたものだ」
若いくせに見る目はあった。
我が愛機を見るなり、その辺の整備士らは『骨董品だ』『新しい機体に変えた方がいい』とすぐ宣う。
ワシは小娘の口出しを聞いてみた。
確かに、感触がグンと良くなった。
小娘に手出しをさせてみた。
ワシは昔の戦場を思い出した。
若かったころ、『暴虎』と呼ばれた全盛期の感覚を。
「褒めてやる、小娘」
「わーい」
◇
「マーヴェリック少尉、あなたの軍規違反の罪は、この戦場から帰還した後、軍部に問うこととするわ。その際、活躍に応じて恩赦を与える」
さすがは、ギルバート殿下の妹。
全然似てねぇけど、話の分かるお人だぜ。
忠義立てするには十分な道理だ。
美人だしな。
中隊長になったおれは戦闘の指揮を執り、敵を罠に嵌めて、接近戦に持ち込んだ。
雪さえなけりゃ、視界が悪かろうとおれに分がある。
『クイックターン』からの攻撃で、おれの『クラスター』の腕が伸びた。
フェルナンド皇子が作った腕部換装機構『クロウハンド』の発展系――発破式多段階伸縮機構『プレデター』。
「戻ってきたぜ!! 『スーパーマックス・マーヴェリックタイム』の始まりだ!!」
敵グロウ系ギアに対し、おれはハンドマニピュレーターの手刀だけで戦えた。それも、兵装が無い分スピードは今までより上。
「ん?」
戦闘中、おれの『全体把握』に何か引っかかった。
「おーい、まさか、東の岩山、抜けられたかもです! 殿下~!!?」
《大丈夫よ》
「いやいやいや、大丈夫って……」
おれは敵グロウ系が載っていたボードをひったくり、雪上を進んで岩山へと向かった。
「やっぱりな……」
目視はできねぇが、いるのは分かる。
だが、遠い。届かないはずだった。
《マーヴェリック少尉、離れてください》
「なに?」
要塞の防御壁から、編隊に組み込まれてねぇ機体が見えた。
「うおっ――!?」
そのギアが、一発巨大な機関砲を放つと、敵ギアが沈黙した。
「なんちゅう隠し玉だ……誰だありゃ?」
そいつは、反対側の河川方面にも射撃した。
何百メートル離れてると思ってる? しかもこの視界不良と豪風の中、当たるわけ……
《敵の迂回を阻止した。いいぞ『スカーフェイス』》
《お安い御用ですよ、ハーネット卿》
最初の戦いでおれたちは完勝した。
姫様は確かによくやった。
バラバラの要塞をまとめ、指揮し、よく戦った。
だが、この完勝。大きく貢献した人間がもう三人いる。
体制側の連中にこのマニュアル外の作戦と姫自身の出撃を認めさせた、クロードという執事。普通なら、役人連中を説得するのに苦労する。奴ら有事の際は足を引っ張るだけだからねぇ。ギアの改造とか。うるさいし。
それからブロンズ色の巨大ギアに乗った謎の砲撃主。『スカーフェイス』だろう。
この視界不良と強風で魔法を当てる遠距離機乗力の持ち主。帝国中探しても他にいないだろう。
そして何より、キルソンやイゴール、ダーク以外の使えない機士連中と使えないギアを、使い物にした技師。
あいつら、自分が本領を発揮したと勘違いしているだろうねぇ。
当人たちに気付かせない自然な調整。
動力や増幅装置の限界値で発揮されるリミッター解放機構。
超絶技巧をリンクさせる最新装備。
それに、あの攻城兵器並みの火力をギアに持たせる発想と実現する開発技術。
フェルナンド皇子以上だ。
リドリム家は有名だが、ネフィー・リドリムなんて聞いたことが無いよねぇ。
『クラスター』は南部でうまれた『サイクロプス』系の対抗馬としてトライアウトに出た機体でしょう。
南部系のネフィーは『クラスター』の専門知識は無いはずじゃない?
おれとネフィーは初めて会った。
だが、おれの戦闘スタイルや癖まで知っていた。
これで二人目だ。
いや、何人もいてたまるかよ。
なによりあの『プレデター』の発想……イゴールからパーツを盗んでまで造るバイタリティ。
『ぼくなら、さらに腕を伸ばしますけどね』
『マーヴェリック少尉の間合いは本来もっと広いのでは?』
『その方がカッコいいです』
『一つお願いがあります。あなたの機体を見せて下さい』
いいさ。
気づいていないことにしてやろう。
借りがあるからな。
本番はこれからだ。
おれは北で奴を見た。
白銀のギア『アイスマン』。
おれが昔戦った、紐付き特殊変異進化個体『第一号』に似ていたが、あれ以上の脅威だった。
部隊は壊滅。おれも一週間雪山で生死を彷徨った。
北部での反乱で、おれは奴の存在を感じた。
あの雪は奴が降らせたものだ。
だが、おれの直感で軍は動かない。
奴は再び現れる。
おれは要塞で待つことにした。
奴をこの手で始末するために。
そして、雪は再び降った。
奴はいる。
雪は止んでいない。
奴は来る。
このメンツなら勝てる。
たとえどれだけの犠牲を払おうとも、仕留めてみせる。
部隊の仇だ。