9.第三皇女
「皆、礼を尽くせ。こちらは第十一代ガイナ帝国皇帝が第三皇女、スカーレット様であらせられる」
そりゃ見覚えがあるはずだ。
赤色LEDのような燐光する眼。
ゴールデンレトリーバーのような金髪。
アニメでも登場したメインキャラ。
彼女の馬車を見るなり通りから人が消えていく。
そそくさと逃げる人々。
彼女はその傍若無人ぶりからアニメ本編でもわかりやすい帝国側の悪役として主人公フェルナンドと対立していた。
使用人を人間と思わず、気に食わなければ暴力に訴え、遊び半分で他人の関係をぶち壊す。
ついた通り名が『悪逆皇女』
「残念だわ。クライトン男爵家の御令嬢にしてウェールランド駐屯軍司令官の奥方が、こんな汚らわしい蛮人を潜り込ませようだなんて」
「皇女殿下、これは―――」
「言い訳する気?」
メアリー先生もかなりの良家の生まれなのに、皇女には逆らえない。
スカーレットは分かりやすく権威主義で、レイシスト。皇族の中でも際立って徹底している。
まるで汚物を見るかのようにハンカチで顔を覆い、眉間にしわを寄せる。
「同じ空気を吸うだけでも不愉快だから、この場で処刑してもいいのだけど」
「で、殿下! それは――」
「カルカドの英雄もいることだし、ここは大目に見てあげようかしら。わかったらさっさとそのゴミをどけて頂戴」
終わった。
受付が頑なにおれを拒んだのはスカーレットの手が回っていたんだろう。
「姫殿下、ロイエン家にクライトン家、カルカドの英雄に加えて皇帝陛下まで敵に回すおつもりですか?」
スカーレットの後ろにいる親衛隊の一人、リザ・ハーネットだ。
彼女は登場回数の割に人気だった。背の高い麗人でファンも多かった。
おれも好きだ。推しだ。
「何よ、どういうこと?」
「彼は皇帝陛下が御自ら名誉市民権を下賜された者です」
「はぁ!?」
「え?」
「なぜ君も驚く?」
「いや、はは」
あのリザに認知されてたなんて。アガる。
「ちっ……リザ、あなたもっと早く言いなさいよ」
「情報部も絡んでいるようですよ。あの蛇女がわざわざウェールランド基地まで出向いたそうですから」
蛇?
ああ、あのテスタロッサとかいう高官か。
確かに、ちょっと蛇っぽいかも。目つきと雰囲気が。
情報部というのは帝国組織の中でも異質な立ち位置。
『悪逆皇女』にとっては皇帝に悪行を伝える厄介な相手というわけだ。
「何笑ってる、蛮人が」
「……」
「姫様、試験前です。ルージュ様の期待を裏切ることになりますよ。変わるのでしょう?」
「ふん」
あのリザ・ハーネットが助けてくれるなんて。
スカーレットは周囲から向けられる不穏な視線に気がついた。
「皇室は属州民を見せしめにする気だ」
「でも名誉市民なんでしょ?」
「所詮は蛮人だ」
「そうだ、出て行けよ」
「いや、我々帝国民は法を順守する」
場が混とんとしてきた。
騒ぎが大きくなったらそれこそ試験が受けられなくなってしまう。
「姫殿下、発言をお許しください」
フリードマンが口を開いた。
「どうぞ」
「今、彼がここに居るのはウェールランド基地の総意です。我々軍人は命を預ける相手を選びます。前線に家柄や人種は関係ありません。そして自分はグリム・フィリオンを信じてます。命を預けてます。彼は自分と、多くの兵士にとって命の恩人であり戦友です」
フリードマンの言葉にスカーレットや観衆は沈黙した。
「彼に暴言を浴びせ石を投げるなら、どうぞ自分になさってください」
「私もグリム君に救われた経験がありますわ。どうか公正に試験を受ける機会をお与えください」
皇室に逆らえば全てを失うかもしれない。
そんなリスクを負ってまでも、おれを擁護してくれる二人。
胸があつくなるのを感じた。
おれはこの人たちを絶対に救う。
「あ、あの―――」
「は?」
ダメだ。
この赤色LED二灯ににらまれると言葉が出ない。
「まぁいいわ。どうせこんな蛮人に試験合格はあり得ないしね」
どうやらなんとか場を切り抜けた。
いや、これからが本番だ。